一日目A

 



 男共を怒鳴り付け、さっさと朝食を済ませた俺は――現在、採集場所である電気屋に居る。目的は勿論、素材集めだ。
 こんな事態になったのだし、今日くらいは採集を休め――と日向が言ってくれたのだが、バレてしまった以上、何もせずぼうっとしているのは苦痛なだけなので、俺はその申し出を断り、こうしていつも通り採集に参加しているのである。
 動いていれば気分も紛れるし、それに今日の採集場所は電気屋。解体し放題という、メカニックである俺にとっては天国な場所だ。

「左右田さん、これも解体してくれないかな」

 そう言いながら電子レンジを持ってきたのは、同じ場所に割り当てられた狛枝――超高校級の幸運――だった。
 因みにあの時――澪田に胸を揉まれた時――こいつは、俺の胸を堂々と凝視していた。

「了解。つうか『さん』付けすんなよ。今まで『君』付けだったじゃねえか」
「えっ、だって今は女の子でしょ? なら『さん』付けにしなきゃいけないかあ、と」
「変な気遣いすんな。身体は女かも知んねえけど、中身は男なんだよ」
「そっか、そうだよね。ごめんね、僕みたいなゴミクズが変な気を遣ってしまったばかりに、君に不快な思いをさせてしまって」
「ああもう、うっせえなあ。自虐は止めろっつうの」

 さっさと機械持って来い――と言いながら、俺は狛枝の抱えている電子レンジを受け取った――のだが。

「うわっ!」

 重い。何だこれ、重たい。とても重たい。電子レンジって、こんなに重たかったか?

「だ、大丈夫? 何だか手がぷるぷるしているけど」
「大丈夫じゃ、ないかも」

 そう弱音を吐いた俺の手から、狛枝は慌てて電子レンジを取り上げた。
 後少し遅ければ、俺は電子レンジを落としていたかも知れない。
 これは、もしかして――。

「えっ、と。左右田君、もしかして――いや、もしかしなくてもさ」

 ――筋力、弱くなった? と、俺の考えを代弁するかのように、狛枝は言った。




――――




「早く男に戻りたい」

 採集を終えた俺はレストランの端にある椅子に座り、倒れ伏すようにテーブルへ上半身を預けた。

「どうした、何かあったのか? まさか狛枝に何かされたのか?」

 俺の落ち込んだ様子に気付いたのか、日向が傍にやってきた。ああ、やっぱりこいつは優しい。

「いや、狛枝は何もしてねえよ。寧ろ助けてくれた」
「助け? 何かあったのか?」
「いや、その――重たい物を持ってくれたりとか、集めた素材を俺より多く持って帰ってくれたり、とか」
「えっ――」

 日向は目を丸くし、妙に上擦った声を上げた。そして、ああ――と何かを理解したような声を出し、俺に言った。

「女になって、筋力が落ちたのか」
「そうみたいなんだよ」

 はあ――と溜め息を吐きながら、つなぎ服の袖を捲り上げる。
 果してそこには――男だった時よりも細くなってしまった、哀れな腕が生えていた。

「傷跡とかはそのままなのに、筋肉だけがなくなっちまっててよ。もう俺、どうしたら良いのかと」
「そんなに落ち込むなよ」
「落ち込むっつうの。機械弄りには筋力が要るんだよ。なのにこんな、こんな貧弱になっちまうなんて――最悪だ!」

 俺は頭を抱えて叫んだ。

「女になったこと事態には大して取り乱してなかったのに、機械弄りに支障が出るとなったら取り乱すんだな」
「当たり前だろ、俺はメカニックだぞ。機械弄りが人生であり、命なんだよ」

 そんな大袈裟な――と日向は笑っているが、俺にとっては死活問題だ。この分だと、体力も落ちているだろう。何てことだ、徹夜で機械を解体して組み直す作業が出来なくなるではないか。
 もしこのまま男に戻れず、修学旅行が終わってしまったら――想像するだけでぞっとする。
 こんな身体では――山に打ち捨てられたバイクや電化製品を担ぐことも、お持ち帰りすることも出来ないではないか!
 金のかからない自然に優しい――俺の密かな生き甲斐なのに!

「ううっ、早く戻りてえよ」
「大丈夫だって。きっとウサミが戻してくれるさ」

 あんなんでも、一応先生なんだからさ――と言って日向は笑った。何の根拠も保証もないが、日向の笑顔を見ていると、少しだけ安心することが出来た。
 流石日向というべきか。太陽のように明るく、心を照らしてくれるのだから。

「ありがとうな、日向」
「えっ――」

 ふ、と微笑みながら礼を述べると――何故か日向は顔を赤らめ、俺から目を逸らした。
 おい、何だその反応は。

「何だよその反応は」
「えっ、いや、その――」

 語尾を濁し、しどろもどろになり始めた日向は、ごめん! とだけ言って、俺の傍から逃げ出した。
 何だったんだ、今のは。訳が判らない。
 ――まあ良いか。
 とりあえず、落ち込んでいても仕方ない。腹も減ったし、ダイナーにでも言って昼食を――。

「そ、左右田さん!」

 取るか――と椅子から立ち上がった瞬間、後ろから声が掛けられた。
 振り返るとそこには、罪木と小泉と――おまけに何と、ソニアさんが立っていた。

「え、何か用か?」

 とりあえず、声を掛けてきた罪木に話し掛けてみる。

「あ、あのですね。やっぱり心配なので、身体を、その、調べさせて欲しいなあ。なんて、えへへ」

 ――調べる?

「調べるって、何処を」
「何処、と言いますか、その――」

 全身を――と言って、罪木はにっこりと微笑んだ。

「――や、やだ」

 得体の知れぬ恐怖が全身に、指の一本々々にまで絡み付くように這い摺り回った。
 拙い。よく判らないが、本能が警鐘を鳴らしている。拙い、逃げなければ。逃げなければ――殺られる。
 だがしかし、現実は非情である。俺が逃げの体勢を取る前に、腕を掴まれた。

「逃がさないわよ」
「逃がしませんよ」

 小泉に右腕を、ソニアさんに左腕を掴まれたのだ。

「や、やだ。嫌だ! 死にたくない、死にたくない!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! 誰も取って食いやしないわよ」
「そうですよう、ただちょっと、身体の隅から隅まで、調べるだけですから。えへへ」
「さあ、左右田さん! 温和しくお縄に頂戴するのです!」

 ――ああ。これが男の身であったなら、少しは幸せな気持ちにもなれたのかも知れない。
 だが今は女だ。それに俺は、ハーレム願望などない。
 ましてや、他人に身体を隅から隅まで調べられることに快感を覚えるような変態でもない。俺は骨格が好きな一般的性癖を持った男だ。
 故にこの現状は、苦痛そのものな訳で――。

「い、嫌だあああっ! 俺は無実だ! 無実なんだあああっ!」
「処刑される訳じゃないんだから、そんなに騒がないでよ!」
「ふゆううっ、すみません、でもですね、これは左右田さんのためにするんですよう」
「そうですよ! 温和しくなさい!」
「嫌だあああっ!」

 この世には、神も仏も居ないんだな。
 ずるずると三人に引き摺られながら、俺はこの世の理不尽さを嘆いた。




――――




 地獄のような羞恥プレイを堪え切った俺は、何とか――這々の体だが――自分のコテージに戻ってくることが出来た。
 大量の紙袋を床に投げ捨て、倒れ込むようにしてベッドへ寝転がる。


 あれから俺は、罪木のコテージに連れて行かれ、いきなり全裸にされた挙句、本当に身体の隅から隅まで調べられた。股まで開かさられて、もう正直死にたかった。
 幸いなことに、俺の全裸を見たのは罪木だけ――小泉やソニアさんは外で待機していた――なのだが、それでも精神的ダメージは計り知れないものである。
 暴かれたくないものを暴かれる苦痛は、自決すら考えさせる程に辛いものなのだ。
 おまけに、知りたくもなかった事実が判明した。
 ホルモンがどうのというレベルでなく、俺の身体は完全に女のそれになっているらしい。
 しかも――その、女のソレが付いていて、もしかしたら、アレが来るかも知れない――らしい。死にたい。
 それから罪木は、半ば放心状態に陥っていた俺に服を着せ、小泉とソニアさんを引き連れて、ロケットパンチマーケットへ俺を連行した。
 そして始まった、第二の苦行。女性用下着やら服やら――あとアレ用のアレ――を勝手に選ばれて、大量の紙袋を渡された後――漸く俺は、地獄から解放されたのだった。


 ふと、紙袋を見る。
 これ可愛いじゃん、とか。左右田さんのお胸にぴったしかんかんですわ、とか。これも良いですねえへへ、とか。そんな感じで選ばれた下着と服と、アレのアレが詰まった紙袋。
 俺、つなぎ服しか着ないんだけど――なんて言える筈もなく、服まで突っ込まれた紙袋だ。
 下着やアレは、まあ必要だろう。それに関しては諦める。
 だがしかし、服は要らないだろう。
 確かにつなぎ服は胸が少し苦しいが、着れないことはないのだ。なのに、こんな女物の服を渡されても――正直困る。
 俺には女装趣味なんてない。身体は女になってしまったが、中身は男なのだ。女物の服を着るのに抵抗がある。
 しかも――態となのか判らないが、明らかに女物ですと言わんばかりの、可愛らしい服ばかりを渡されてしまった。いっそ清々しい程の、悪意すら感じる。
 ――うん、服は放置しておこう。
 何か言われたら、その時はその時だ。下着をちゃんとしていれば、多分大丈夫だろう。
 服に関してまで、他人にとやかく言われる筋合いはないのだから。


 少し、寝よう。
 夕食まで、まだ時間がある。疲れた、俺は酷く疲れたのだ。
 今日という一日だけで、こんなに疲れるなんて――いや、体力云々だけではないか。精神的疲労の方が大きい。
 女になるわ、筋力は落ちるわ、身体を暴かれるわ、女物の服を渡されるわ――そりゃあ、精神的に参りもするだろう。
 ああもう、余計なことを考えるのは止めよう。寝る。寝るったら寝るのだ。
 俺は自分の身体を抱き締めるように丸まり、瞼を閉じた。




――――

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