一日目@

 ある朝、目が覚めると俺は巨大な虫になっていた――。


 ――ということはなかったのだが、女にはなっていた。
 一体どうしてこうなった。




――――




 まず、状況を整理しようと思う。
 俺は左右田和一という名前で、性別は男だ。
 超高校級のメカニックとして希望ヶ峰学園に入学し、入学初日に突然南国の島へ連れてこられ、修学旅行――という名の労働と交流――を満喫している、極々平凡な人間である。
 現在は修学旅行生活、四日目。あと四十六日残っている――修学旅行期間は何と五十日間もある――計算になる。つまり、まだ一週間も経っていない。


 ――よし、基本的な情報に問題はないな。次は昨日の出来事を振り返ろう。
 昨日は学級目標クリアのため、必要な素材を集めるべく、朝食後に軍事施設へ行ってナイフなどを採集。
 採集時間終了後、ソニアさん――超高校級の王女――を誘って一緒にダイナーで昼食を取り、そのまま映画館へ行ってホラー映画を観、はしゃぐソニアさんを見つめることで映画を観ないように努め、その後に偶然出会った田中――超高校級の飼育委員――と合流。
 ソニアさんが遊園地に行こうと言ったので行き、ジェットコースターに乗せられて死にかけたり、お化け屋敷で恐怖のあまりに田中を押し倒したりしつつも、三人仲良くわいわい騒ぎながら夕食の時間まで遊んだ。
 それから夕食を取り、俺は自分のコテージに籠もって、機械を解体しては組み直す作業に没頭していた――筈だ。
 寝た記憶がないのと、ベッドで寝ていなかったところから判断するに、俺は作業中に寝てしまったのだろう。ここが南国でなければ、俺は風邪を引いていたかも知れない。


 ――いや、今は風邪なんてどうでも良い。それよりも重大で深刻な問題が発生しているのだから。
 自分の胸を見る。目に痛い黄の蛍光色をしたつなぎ服が、はちきれそうになっている。
 つなぎ服越しに触ってみる。柔らかい。指を減り込ませれば減り込ませる程、指が豊満な肉塊に埋まっていく。
 チャックを腹部辺りまで下ろしてみる。窮屈なつなぎ服から解放された肉塊は、更に大きさを増したように感じる。
 肌着越しに触ってみる。布一枚なくなった分、先程よりも柔らかい。ブラジャーなどというものを着用している筈もないので、この肌着を脱げば――生の胸が此処に存在することになる。
 ああ、これはきっと夢だ――と現実逃避をしようにも、起きた時に抓った頬がまだ痛い。
 夢ではない、これは現実なのだ。
 股間がすかすかする感覚も、胸が異常に重い感覚も、身体が妙に軽く感じるのも――現実、なのだ。

「あ、ああ――」

 声を出してみる。いつも聞いている自分の声よりも甲高いそれは、まさに女性の声そのもので――。

「どうしよう」

 ――俺は頭を抱え、床に蹲った。




――――




「おい、左右田。もう朝食の時間だぞ、まだ寝てるのか?」

 こんこんとコテージの扉が叩かれる音がして、その後すぐに声が掛けられた。声の主は判った、日向だ。
 日向創。俺が現在、修学旅行メンバーの中で一番信用している男だ。才能は現在不明だが、俺の勘ではカウンセラーかそれ系の類だと睨んでいる。
 何れは俺のトラウマについて話し、その上でソウルフレンドになりたいなあ――と思っている男だ。

「おい、左右田? 大丈夫か? もしかして病気か?」

 返事がないことに不安を覚えたのだろう。日向はさっきより強く扉を叩き、中に居る俺に呼び掛けている。
 どうしよう。とりあえず、返事くらいはすべきか。

「ひ、日向」
「――ああ、良かった。大丈夫か? 何か声が変だぞ。風邪か?」

 今ほど日向の勘の良さが忌々しいと思ったことはない。
 頑張って低めの声を出したのに、何故気付くのだ。扉越しなのに。

「動けるか? 飯は食わないと駄目だから――ああ、花村に言って粥を作って貰おう。あと罪木に診て貰わないとな。鍵、開けられるか? とりあえず中に入れてくれ」

 今ほど日向の優しさと愛が忌々しいと思ったことはない。
 風邪かよ、じゃあ今日の採集は休みな。自己管理くらいしろよ――とでも言って、放っておいてくれれば良いのに。
 ああ、何故彼は、これほどまでに人間の良く出来た男なのだろうか。開けたくないのに、開けないと罪悪感に押し潰されてしまう。
 でも、開けたくない。こんな姿、見せたくない。

「あ、いや、大丈夫だから。寝てりゃあ治るって」
「それは違うぞ! ちゃんと食べなきゃ駄目だし、薬だって飲んだ方が良い」

 ――ああもう、しつこい! 察せよ! 変なところが鈍いなこいつは!
 女になったという理不尽な事態に叩き落とされた憤りと、察して欲しいことを察してくれないソウルフレンド予定の男に対する苛立ちが――俺の身体を暴走させてしまった。
 勢い良く床から立ち上がり、床を踏み抜かんとする程の強さで扉まで歩き、そして――。

「――っだあああっ! 放っておいてくれよ! 察しが悪いぞ、この鈍感!」

 ――扉を殴るように開け放ってしまった。

「――え、左右田? あれ、その、胸は――」
「あっ――」

 しまった――と思った時には、何もかもが遅かった。




――――




「――つまり、朝起きたら女になっていたと」
「ああ」

 日向に強制連行された俺は、レストラン――朝食時のため全員集合済み――にて、皆からの視線を浴びながら事情を説明した。

「こんなことって、現実に起こり得るものなのか?」
「ですが、実際に起こっていますし」

 日向が首を傾げながら呟き、その発言にソニアさんが困惑した様子で返答した。

「おいゲロブタ。これは何の病気なのよ」
「ふ、ふゆぅぅっ。こ、こんな病気、私、知りませんっ」
「ちっ、使えないなあクソビッチは」
「ご、ごめんなさいぃぃっ」

 西園寺――超高校級の日本舞踏家――が罪木――超高校級の保健委員――を罵る。罵られた罪木は、無知でごめんなさい――と、泣きながら俺に頭を下げた。
 いや、別に俺は怒ってないのだけれど。
 大体、これは本当に病気か?
 ホルモンの異常がどうので男の身体が女性化する、というのは何処かで耳にしたことはあるが――これはあまりにも異常だ。一日でこんなに変化する訳がない。
 一日でこんなに胸がでかくなり、股間がすかすかになるなんて――人体改造でもしなければ、起こり得ないだろう。
 ――人体改造?
 いや、いやまさかそんな――。

「――と、とにかく、ウサミ呼ぼうよ。彼奴なら何か知ってんじゃないの?」

 比較的冷静さを保っていた小泉――超高校級の写真家――が、尤もな意見を言った。
 確かにそうだ。謎の技術でこの南国へ連れてきたのは他でもない、あの兎型の縫いぐるみ――ウサミなのだから。この奇病について、何か知っているかも知れない。
 少なくとも、此処に居る全員よりは何かしらの情報を多く所持している筈だ。
 何といっても、自分のことを「先生」などとほざいているのだから。所持していなければ困る。生徒以下だなんて話にならない。

「うん、そうだね。ウサミ、呼ぼっか。ウサミ、ちょっと来て」
「はーい、何か御用でちゅか?」

 非常事態にも拘わらずマイペースを保っていた七海――超高校級のゲーマー――がウサミを呼び出した。相変わらず、何処からどうやって出現しているのか解らない。

「御用も御用、大変なんだよ! 左右田君が、僕好みの美味しそうな身体になっちゃって!」
「おい」

 さり気なく悍ましい発言をかました花村――超高校級の料理人――を睨み付け、俺はウサミへ視線を向ける。

「また一から説明すんの面倒臭えから端的に言う。俺、女になっちまったんだけど」
「――ふえっ?」

 ウサミが小首を傾げ、俺をまじまじと見つめる。頭の先から足の先まで、全身を確認し終えた――と同時に、ウサミはほええっと絶叫した。

「な、何でちゅか! 何でこんなことになってるんでちゅか?」
「それはこっちが聞きてえんだよ。何だよお前、先生を名乗ってる癖に何も判んねえのかよ」
「はわわわ、ごめんなちゃい」

 ――ああ、何てことだ。先生擬きは生徒以下だった。役立たずめ。

「と、とにかく、あちしは原因を調べてきまちゅ! すみまちぇんが左右田君、それまで――その、頑張ってくだちゃい!」

 何を頑張るんだよ――と言う前に、ウサミはマジカルステッキなる不可思議アイテムを振り、一瞬にして姿を消した。
 おい。逃げたぞあの兎、脱兎の如く。兎だけに――なんて。
 ああ、くだらない。

「えっと、左右田君。ウサミが何とかしてくれるまで――このままだよね」

 七海が少しだけ、気拙そうに話し掛けてきた。こいつもこんな表情するんだなあ。

「ああ、このままだな」
「うん、それでね――左右田君は今、女の子だよね」
「そうだな」
「あのねあのね、女の子ってことは、その――」

 服装とか生活の仕方とか、色々変えなきゃいけないよね――と、七海は言った。
 えっ、何で?

「え、いや、何で? 別に性別変わったくらいで、そんな大したこと――」
「その発想はピンボケだよ!」

 ないだろ――と言い掛けた瞬間、小泉が反論してきた。

「性別が変わったくらい? 甘い甘いよ甘すぎる! その無駄に大きな胸をそのままにしておくつもり? まさかパンツも? そんなの、絶対許さないからね!」

 おい、おいおい。何で小泉に許す許さないを決められなきゃいけないんだ。

「ちょっと待てよ、何で――」
「そ、そうですよ左右田さん! お、女の子の身体はデリケートですし。その、も、もしかしたら――アレもあるかも、知れない、ですし」

 アレって何だよ。弐大のアレかよ。何でこんなに必死なんだ女子達よ。俺の問題だろうに。

「いや、アレとかソレじゃあ判んねえし。大体、俺の身体なんだから別にどうでも――」
「良くないっすよ和一ちゃん! こんなにナイスなボディをどうでも良いだなんて! おっぱい揉ませて欲しいっす!」

 俺の発言を遮った澪田――超高校級の軽音楽部――は、むっきゃあああという奇声を発しながら、俺の胸を鷲掴みしてきた。

「うわっ、ちょっ!」
「うはーっ! 素晴らしいおっぱいっす!」
「お、おい! 止めろって! ちょっ、日向、助け――」

 何とか助けて貰おうと、俺は日向へ視線を投げかけた。が、日向は顔を真っ赤にしながら、澪田の手――正確には澪田に揉まれている俺の胸――を凝視していた。
 そして俺は気付いた。気付いてしまった。男全員が、揉まれている俺の胸を見ていることに。
 ある者は堂々と凝視し、ある者は遠慮がちにちらちらと見、ある者は見てない振りをして横目で見ていた。
 ――ああ、そうだった。男という存在は、こういうものだったな――。

「――お前ら、俺の胸を見てんじゃねえよ!」

 レストラン全体に、俺の甲高い怒声が響き渡った。




――――

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