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3章

12


 
『ごめん、その日バイトで行けない』

先日偶然会った宮くんから都内でやる試合のチケットを貰って、早速京治くんを誘ったら断られてしまった。もちろんバイトで都合が合わないのは仕方がないんだけど、最近京治くんはバイトを入れすぎなのではと心配してしまう。明らかに最近はバイトを理由にデートの時間が減ったり、連絡をとる頻度が減ったりしている気がする。
この事を菊乃ちゃんに相談したら「浮気かもね〜」と言われてしまった。もちろん京治くんに限ってそんなことないって信じている。会った時もいつもと変わらない優しい京治くんだし、長年一緒にいて些細な変化には気付ける自信もある。それでも不安を拭いきれなくて、一人になる度に考え込んでしまう。嫌だな……こんな、京治くんを疑うようなこと考えたくないのに。それにこのチケットどうしよう。

「……余ってんなら貰うけど」
「!」

学食で2枚のチケットを手に項垂れていると、後ろからヒョイと1枚取り上げられた。振り向くと佐久早くんがいて、手に取ったチケットをじっくり眺めていた。

「あ、うん、どうぞ!」

同じ学部の友達はバレー興味ないし、雪絵さんもかおりさんも最近忙しそうだし、捨てることになってしまうよりは佐久早くんに使ってもらった方がチケットも報われるし宮くんも喜ぶだろう。
佐久早くんはこの前の大会でも大活躍だった。きっと卒業後はプロのチームに所属することになるんだろう。

「……一応赤葦に言っとけよ」
「え?」
「変な感じに思われたらめんどくさいだろ」
「あ……うん」
「本当にわかってんの?絶対だからな」

佐久早くんはこれでもかというくらい念を押してきた。その理由はちゃんとわかっている。私と佐久早くんにもちろんそんな心配は必要ないってことは大前提だけど、言葉があるのとないのとでは感じ方が違うはずだ。言っておくことに越したことはない。気付かせてくれた佐久早くんに感謝だ。

「現地集合でいい?」
(何で一緒に観る前提なんだよ)


***


『うん、いいと思う』

佐久早くんにチケットをあげたことを報告した時、京治くんの返答は思いの外あっさりしていて拍子抜けというか、なんというか。少しモヤモヤした気持ちのまま今日という日を迎えてしまった。
佐久早くんが集合場所に指定したのは入り口とは少し離れた銅像の前で、待たせてはいけないと10分前に到着したのに既にそこには佐久早くんの姿があった。

「おい、ちゃんと言っただろうな」
「うん……言ったんだけど、なんか、思いのほかあっさりしてて……」
「何て言った?」
「え? 佐久早くんにチケットあげるって」
(一緒に行くって言ってねえのかよ)

多少は待たせてしまっただろうに、特にその件について文句を言われることはなく真っ先に確認されたのは京治くんへの報告の件だった。佐久早くんって意外とこういうこと気にしてくれるタイプなんだな。

「や、やっぱ変かなあ……?」
「……知らねえ。お前らめんどくさい」
「え!?」

男の人の意見を聞きたいと思ったのに急に突き放されてしまった。佐久早くんの方から聞いてくれたのに。


***(赤葦視点)


「!」

バイト終わりに梢から電話がかかってきて、長時間の労働の疲れが吹っ飛んだ気がした。我ながら単純だ。

「どうし……」
『自分の彼女の面倒くらい自分で見てくんない』
「え……!?」

浮ついた気持ちで通話ボタンを押すと聞こえてきたのは男の低い声で、鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。何で梢の携帯を知らない男が使っているんだ。お前は誰だ。たくさん聞かなきゃいけないことはあったのに、俺が混乱してる間に「地図送る」と一方的に切られてしまった。程なくして梢とのトーク画面に地図の写真だけがポンと送られてきた。場所は梢の大学近くの公園。ここからそう遠くない。どうか何事もないようにと願いながら自転車を走らせた。


***


「!」
「……」

公園で待っていたのは佐久早だった。同じ大学だということは梢から聞いていた。一応顔見知りであったことに少しだけ安心したけど、梢の姿が見当たらない。

「アイツ酒飲んで酔っ払って、多分今吐いてる」
「!」
「ウーロン茶とウーロンハイ間違えたらしい」

佐久早の視線の先にはトイレがあった。そういえば今日はサークルの飲み会に行ってくると言っていた。どのくらい飲んだのかはわからないけど、梢のアルコールデビューは苦い経験になってしまったようだ。

「京治くん……!」
「梢……大丈夫?」
「うん。は、吐いてないから……!」
「え、あ、うん」

トイレから出てきた梢は顔色が悪く、俺を見るなり何故か吐いてないと必死に弁明してきた。いや、この場合吐いてしまった方が楽になるのでは。

「佐久早くん嘘言わないでよ」
「うるせぇ」
「お水ありがとう」
「お前が飲んだやつはもういらない」
「あっハイ、新しいの買ってくるね……」

トイレに入ったのは水で口をゆすぐためだったんだろう。飲みかけのペットボトルを佐久早に返そうとしたらきっぱり断られて、梢は自販機に向かっていった。
思ったより大丈夫そうで安心はしたけど……こんなに佐久早と打ち解けているとは思わなかった。佐久早は愛想が良いタイプではない。潔癖症であまり人に近づかないという噂も聞いたことがある。そんな佐久早が梢に対しては多少気を許してるように思えるのは気のせいだろうか。梢を助けてくれたことには素直に感謝する。でも、佐久早はどういうつもりで名前に接しているのかがどうしても気になってしまった。

「……他の男の菌がついた女に手ェ出す趣味はねぇよ」
「……そう」

探るような視線を向けたら無機質な真っ黒の瞳で見返された。俺の憂慮を否定しているようだけど、その言い方だともし俺と付き合っていなかったら佐久早にとって梢はそういう対象になりえたってことだろうかと深読みしてしまう。いや、ここで追及するのはナンセンスだ。

「佐久早くん、お水買ってきたよ」
「……それ軟水じゃん。俺硬水しか飲まないからいらない」
「えええそんなのわかんないよ」
「明日昼飯奢ってくれればいい」
「うん、わかった」

理不尽とも思えるワガママも梢は素直に受け止めた。梢のズレた感覚は大学でも健在で、それが佐久早の自分勝手な性格と何故かうまく噛み合ってるように見える。ふたりのやりとりを見てモヤモヤとした気持ちが膨らむけど、梢を助けてもらった引け目から口を挟めなかった。
昼飯を奢ってもらう約束をすると佐久早はマスクを取って走っていった。ロードワークの途中だったらしい。

「京治くん、来てくれてありがとう」
「……うん。本当に大丈夫?」
「うん。あの、本当に吐いてないからね」

俺に吐いたと思われたくないのか、梢はやけに強調してきた。よくわからないけど乙女心ってやつだろうか。そんなの関係ないのに。

「!」
「……吐いてたとしても、したから」
「な……!」

こんなことで俺が梢に幻滅するわけがない。言葉で伝えると変態っぽくなってしまうと思って行動で示した。口元を押さえて恥ずかしそうにする梢が可愛くて仕方がない。

「乗って」
「あ、うん!」

もっともっとキスしたいとは思うけど体調が心配だ。今日はこのまままっすぐ送ろう。梢を自転車の後ろに乗せて、ふと高校の時のことを思い出した。

「ふふ、そっちじゃないってば」
「!」

あの時と同じように控えめに脇腹を掴まれたから、俺も同じように腕を腹の前に引っ張った。梢の柔らかくて温かい身体が俺の背中に密着する。

「好きだよ」
「!」

聞こえなくてもいいと思ってぼそっと呟いたけど多分聞こえたんだろう。梢は腕に力を込めてぎゅうっと抱き着いてきた。
最近の俺は少しバイトに打ち込みすぎていたかもしれない。いくら金があったって梢がいなきゃ意味ないのに。この温もりを手放す気なんてない。もっともっと、梢との時間を大切にしようと思った。


***(佐久早視点)


「佐久早くん、昨日は大変ご迷惑をおかけしました……!」
「うん」

2限の授業が終わったタイミングでアイツに深々と頭を下げられた。否定はしない。実際迷惑だったし。
コイツのことは高校の時から知っている。梟谷のバレー部のマネージャーで、俺とは乗る電車が同じだった。運悪く俺がコイツの落としたパスケースを拾ってしまったことがきっかけで知り合った。

「何食べる?」
「スタミナC定食大盛り」
「うん!」

あの時もそうだったけど、コイツは律儀だからお礼とかそういうのはきちんとする。多分そうしなきゃ気が済まない性格なんだと思う。遠慮してもどうせ食い下がるだろうから容赦なくリクエストすると満足げに頷いた。損な性格してんな、と他人事のように思った。

「……行くぞ」
「うん」

ふたりで飯食うことに抵抗はねぇのかよ。こんなことになってるのは、昨日酒でフラフラしてんのをたまたま見つけて成り行きで面倒をみることになったからだ。
コイツは元梟谷のセッター、赤葦と付き合っている。呼び出した赤葦は俺のことを警戒していた。他の男の菌がついた女に手ェ出す趣味はないってのは紛れもない俺の本心だ。でも、焦る赤葦を見て優越感を感じたのは事実だし、コイツと一緒にいる空間は嫌いじゃないと思う。俺はコイツをどうしたいんだろう。好き?いや、それはない。

「な、なに?」
「何でお前なんかに彼氏いるんだろうと思った」
「うッ……私には勿体ない程素敵な人だと思ってます……」
「惚気とかうざいからやめて」
「ごめん!」

他の男が唾つけた女に手を出そうとは思わないし、横恋慕しようとも思わない。めんどくさいのはごめんだ。ただ、コイツが困ってる時に近くにいられない赤葦に対して多少の憤りは感じた。それから、コイツが悲しむ顔は見たくないと思った。

「梢は何食う?」
「! な、名前……」
「名字忘れた」
「え、と、どうしようかな」

わかりやすく動揺する梢はなんだか笑えた。もし機会があったら赤葦の前でも呼んでやろう。



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