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3章

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「へー、梢ちゃん彼氏いるんだ〜。かっこいい?」
「うん、私はかっこいいって思ってるよ」
「写真ないの?見せて見せて〜」
「えっと……」

箱根旅行のお土産を同じ学部の友達に渡したら彼氏についての追求が始まった。高校の時はみんな知っていたから、京治くんのことを知らない人に京治くんを彼氏として紹介するのってなんだか新鮮だ。
旅行の時の写真を見せると菊乃ちゃんは「かっこいいじゃん!」と盛り上がって必要以上に京治くんの顔を拡大させてくるから恥ずかしかった。

「ふふ、梢ちゃんって真面目そうに見えてやることはやってんだ?」
「えっ」

ニヤニヤとそんなことを言われてドキっとした。菊乃ちゃんの言う「やること」の意味がわからないわけではない。こういう話ってみんな友達としてるのかな。

「おい」
「!?」

反応に困ってたら後ろから声をかけられて、振り向くと佐久早くんが立っていた。今の会話を聞かれていたんだとしたら恥ずかしい。表情を窺っても目と眉毛だけでは判別できなかった。

「これ返す」
「あ、うん」

佐久早くんは一昨日私が貸したノートを返しに来てくれたみたいだ。佐久早くんとはいくつか同じ授業をとっている。部活の遠征や大会の時は公休になるけど課題はそれなりにこなさなきゃいけないらしい。週末までのレポートを書くにはプリントだけじゃ足りないと思ってノートを貸した。

「佐久早くんおまんじゅう食べる?」
「……食う」

要件を済ませた佐久早くんはおまんじゅうだけ受け取って行ってしまった。

「梢ちゃん、佐久早くんと友達なの?」
「うん」
「へー、なんか意外」
「あ、いや、友達と思ってるのは私だけかも」
「そんなことある??」

つい友達と答えてしまったけど佐久早くんは別に私のことを友達とは思ってないかもしれないと思い直した。
佐久早くんと知り合ったのは高校の時、私が落としたパスケースを拾ってくれたのがきっかけだった。それから痴漢から助けてくれたこともあった。その時から迷惑をかけてばかりだから手のかかるめんどくさい奴くらい思われてるかもしれない。

「佐久早くんってちょっと近寄りがたい感じだよね」

確かに佐久早くんは社交的な性格ではない。誰に対しても気さくに振る舞えて友達も多い菊乃ちゃんでも近寄りがたいと感じるくらい、話しかけにくい雰囲気は出てると思う。でも話しかけても別に無視されるわけじゃないしすごく優しいことを私は知っている。きっと言葉が足りなくて誤解されやすいんだろうな。

「でも、すごく優しいよ。私佐久早くんには何回も助けられてて」
「へー」
「2回パスケース拾ってもらったんだ」
「ちょっと待って2回も落としたの?」
「あ、うん、恥ずかしながら」
「梢ちゃんってしっかりしてそうに見えてちょっと抜けてるね」
「そんなこと……あると思います」
「あはは!」

佐久早くんをフォローしようとしたら私のアホさを露呈してしまった。


***(赤葦視点)


「楽しみだなー!」
「うん」

今日は梢と一緒に天皇杯の試合を観に来た。木兎さんの大学がファイナルラウンドに進出し、今日はプロチームのシュヴァイデンアドラーズと対戦するらしい。
木兎さんの晴れ舞台を前に梢のテンションは昨日から高めだ。俺も尊敬するエースがプロ相手に活躍する姿を見られるのは嬉しい。木兎さんのことだから緊張することはない。ひとつ心配なことがあるとすればモチベーションだけど……この大舞台を考えればいらない心配だろう。


***


試合はアドラーズが勝ったものの、木兎さんの調子はとても良かった。久しぶりに見た木兎さんはまた大きくなった気がする。プロの世界を意識して、きっとレベルの高いトレーニングをしてるだろうし食事にも気をつけて身体を作っているんだろう。

「あれ……梢?」
「! 福ちゃん!?」

何だこのデジャヴ。梢のことを親しげに呼んだのは鴎台の昼神によく似た人物だった。同い年にしては大人っぽいから本人ではないはずだ。

「大きくなったなー。今いくつ?高校生だっけ?」
「大学生だよ。福ちゃんアドラーズだったんだね」
「うん。今怪我でベンチ外されてんだけどね」

多分、昼神のお兄さんだと思う。となると梢とは従兄弟ということになる。一応遠目からふたりの様子を観察して、些細な仕草も見逃さないように目を光らせた。心配することはないんだろうけど、念のためにそうしないと自分の気が済まなかった。

「誰?」
「いとこだよ。ほら、鴎台のさ……昼神くんのお兄ちゃん」

話が終わった後にすかさず聞いた。梢は従兄弟としか言わなかったけど、なんとなくそれだけじゃないのではないかと思った。従兄弟で年上の優しげなお兄さんなんて、兄弟のいない梢にとってはとても魅力的に映っただろう。
こんなことを考えてしまう自分が嫌になる。例えそうだとしても今梢と付き合ってるのは俺なんだから、胸を張って堂々としていればいいのに。本当にかっこ悪い。


***


「実はね、私小学生の時福ちゃんのこと好きだったんだ」
「!」

帰り道、脈絡もなく梢が話し始めた。別に質問したわけでもないのに、その内容は俺がずっと気になっていたことだった。

「でもその時福ちゃんは高校生ですごく大人で、全然相手にされてなくて。私ひとりっ子だから優しいお兄ちゃんが羨ましかったんだと思う」

ひとつのモヤモヤが解消されてスッキリはしたけど、梢が何の理由もなくこんなことを言ってくるのは絶対おかしい。普通聞かれない限り自分の初恋の話なんてしないと思う。まるで俺が知りたがっているとわかっていたかのような口ぶりだ。

「……妬いたのバレてた?」
「京治くん、モヤモヤ顔してたから……」
「エッ、待って何そのモヤモヤ顔って」
「ふふ、秘密ー」

もしかしてと思って聞いてみると案の定だった。梢の言う「モヤモヤ顔」がいったいどんなものかは自分ではわからない。人よりポーカーフェイスには自信があるしそんな顔に出てたつもりはないのにな。梢にはいくら表面を取り繕おうとしても無駄みたいだ。これから先、俺は梢に隠し事はできないのかもしれないけどそれも悪くないと思った。些細な変化に気付いてくれる人が傍にいるというのは幸せなことだ。前に黒尾さんに言われたことを思い出した。



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