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1章

01


 
私が入部した梟谷学園男子バレー部は全国に名を轟かせる強豪校である。特に今年は木兎さんというエースを中心にバランスの良いチームになったと監督がよく言っている。この前のインターハイでは惜しくもベスト4だった。次に目指すのは春高優勝。私は実際にコートに入って勝利に貢献できるわけではないけれど、マネージャーとしてみんなをサポートすることに誇りを持って日々過ごしている。最近はシワがつきにくい洗濯の干し方を研究するのがマイブームだ。

「梢ちゃん洗濯ネット知らない?」
「あ!洗濯機のところに置きっ放しでした……取ってきます!」
「いいよいいよ、どうせ向こう行くし」
「そんな!先輩を動かすわけにはいきません!」
「梢ちゃんて体育会系のノリだよね〜」

マネージャーは私の他に2年生の先輩が2人いる。雪絵さんとかおりさん。春にビクビクと体育館を訪れた私を快く迎え入れてくれた、とても優しい先輩たちだ。

「あッ……!」
「あー……」

そんな先輩たちを動かす訳にはいかないと、急いで洗剤を取ってこようとしたら持っていたビブスを落として、更には踏んずけて泥だらけにしてしまった。

「私ら今から洗濯機使うからついでに洗うよ」
「貸して貸して〜」
「えええそんな!」

マネージャー業もチームプレイ。部員数が多い男子バレー部では1日に何回も洗濯機をまわすことになる。1回目は私がまわして、干してる間に先輩達が2回目をまわすというルーティンになっている。自分のミスで先輩達の手間を増やしてしまうことがとても申し訳ない。

「おーい赤葦が突き指したー!」
「!」
「じゃあ梢ちゃんは赤葦の手当てよろしく〜」
「は、はい!」

私がビブスを渡すのを渋っていると木兎さんの大きな声が聞こえてきた。その声に気をとられている隙に、ビブスはかおりさんに奪われてしまった。別の仕事を任せることで私が気にしないようにしてくれるという先輩たちの優しさが胸に染みる。ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。

「私やります!」
「頼むよー。俺がやってやるって言ったのに断るんだもんよー。俺が下手くそみたいじゃんか!なー!?」
「わ、私も赤葦くんの満足のいくテーピングが出来るかどうか……!」
「そこは心配してないから大丈夫」
「あ、赤葦くん!」

私が体育館まで小走りで向かうと木兎さんが拗ねたように唇を尖らせていて、その後ろから赤葦くんがぬっと出てきた。

「自分でやろうとしたけどやっぱダメだ。お願いしていい?」
「うん」

赤葦くんは私と同じクラスの男の子で、同い年とは思えない程落ち着いている。最近エースである木兎さんによくトスを上げてるからプレーヤーとしてもすごい人なんだと思う。そんな赤葦くんに頼られるのは満更でもなかった。

「夜野田はテーピングうまいなー!」
「そ、そんなことないです。ここちょっとズレちゃいました」
「マジメか!!」

テーピングを巻く手先を赤葦くんと、何故か木兎さんにもじいっと見られて緊張してしまった。いつもよりヘタクソになってしまった気がする。「やり直し」とか言われたらどうしよう。

「ど、どうかな?」
「大丈夫。前に木兎さんにやってもらった時はギブスかってくらいグルグル巻きにされたから」
「え……あはは、そうなんだ」
「たくさん巻いたら早く治りそうじゃん!!」

分厚くテーピングを巻かれた赤葦くんの指を想像して笑ってしまった。たくさん巻けば早く治りそうなんて、木兎さんらしい考え方だと思う。

「だからもっと自信持っていいよ、夜野田」
「そーだそーだ、夜野田はすごい!」
「!」

クスッと笑えるそのエピソードが私を励ますためのものだったことに気付いてハッとする。赤葦くんは優しい人だ。木兎さんも。二人のおかげでマネージャーとして少し自信を持てたかもしれない。

「あ、夜野田今日ヒマ?」
「部活の後ですか?予定は無いです」
「ちょっと自主練付き合って!」
「はい!」
「……」

木兎さんの自主練に付き合えるなんて光栄だ。私は二つ返事で頷いた。赤葦くんの何か言いたげな視線が少し気になったけど、聞く前に休憩時間が終わってしまった。


***


「つ、疲れた……」
「お疲れ」

木兎さんに「ちょっと自主練付き合って」って言われて付き合ったら全然「ちょっと」じゃなかった。
全体練習が終わってすぐ自主練に入り、施錠時間ギリギリまで木兎さんの「もう一本」が途絶えることはなかった。私はボールを赤葦くんに投げるだけだったのにもう腕がパンパンだ。さっきまで息が上がっていた赤葦くんはもう落ち着いていて、肩で息をする私にタオルを手渡してくれた。

「今度は逃げていいよ。際限ないから」
「うん……でも、たまには手伝おうかな」

さすがに毎日は厳しいけどたまには練習のお手伝いもしていきたいと思う。中学の時と比べて運動不足は否めないし、少しでも木兎さんの練習に貢献できるんだったら嬉しい。

「ボール出しも奥が深いね」
「え?」
「最初の方全然赤葦くんのとこぴったりに上げられなかったでしょ?」
「ああ……後半は上達してたね」
「赤葦くんが満足するボール出しできるように頑張ります!」
「下手なら下手で練習になるからいいよ」
「えーひどい」

ボールを出すという単純な動作にもなかなかコツがいることがわかった。まっすぐ投げたつもりでも右に逸れたり左に逸れたり赤葦くんのところまで届かなかったりと、最初の方は余計に赤葦くんの運動量を増やしてしまっていた。
セッターのところドンピシャに上げたレシーブを「Aパス」というように、いつか私もそんな送球ができたらいいなと思った。

「夜野田は中学の時もマネージャーだったの?」
「ううん、中学の時はテニス部だったんだ」
「へえ……何でバレー部のマネージャーに?」
「本当情けないんだけど、テニスあまり上手くなくて。高校では違うスポーツやろうと思ってたんだけど……入学前の春高で木兎さんを見て、もっと見たいなあって思ったんだ」

私は元々バレーをやっていたり特別興味があったりしたわけじゃない。中学最後の冬休みに友達の付き添いで高校バレーを観に行った時、木兎さんのプレーに目を奪われた。あんなに楽しそうに、全力で、本能でスポーツをする木兎さんはすごい人だと思った。
そして梟谷に入学した後、部活に迷っていた私にかおりさんが声をかけてくれて、勧誘してもらえたことが嬉しくて入部した。バレーに真剣に取り組んでるみんなからしたらふざけた理由に思えてしまうかもしれない。

「不純な動機だよね、ごめん」
「俺もそんな感じだよ」
「え?」
「俺も中学の時はそんな熱心にやってたわけじゃないよ」
「うそだぁ」
「本当だって。木兎さんみたいなスター選手は俺みたいなのも本気にさせてくれるから……うん、すごいよね」
「あ、それわかる!木兎さん見てると頑張らなきゃって思えるんだよね。……ってごめん、私なんかと一緒にしちゃって……!」

赤葦くんは共感してくれたけど、私と赤葦くんを一緒にしてはいけない。出来ないからと諦めてしまった私と、ひとつのことをずっと続けてきた赤葦くんとでは根性が違う。

「さっきも言ったけど、夜野田はもっと自信持っていいと思うよ」
「え……」
「テーピングもできるし、洗濯もできるし、スコアもつけられるし」
「それって普通のことなのでは……」
「そうかもね。でも夜野田が普通のことをしてくれるおかげで俺達は助かってるわけだし」
「赤葦くん……!」

特別褒められるようなところがないような私でも、少しは役に立っていると伝えてくれる赤葦くんは優しい人だ。そう言ってもらえると大したことしてなくても意味があるんだって思えて嬉しい。

「抜けてるのは否定しないけど」
「赤葦くん……」

ほんの少しだけ意地悪なところもある。上げて落とされたような気がするけど、私が抜けてるのは事実だから赤葦くんは何も間違ったことは言っていない。落ち込むなんてお門違いだ。

「私も赤葦くんみたいにしっかりしたいなあ」
「しなくていいんじゃない?夜野田みたいに場を和ませることは俺には出来ないし」

場を和ませた記憶なんてないけれど、赤葦くんの優しい言葉がありがたい。いい同級生に恵まれて本当に良かった。

「赤葦くんがいてくれてよかったなぁ」
「……照れるからそういうこと言わないで」
「全然照れた顔してないよ赤葦くん」



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