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2章

12


 
「好きです。付き合ってください!」
「ごめん」

昼休みがあと少しで終わる頃、無性にいちご牛乳が飲みたくて1階の自販機に行ったら告白現場を盗み見ることになってしまった。しかも告白されたのは赤葦くん。告白したのは4組の斉藤さんだ。可愛いと評判の斉藤さんをこんなにあっさりフッてしまっていいんだろうか。

「好きな人がいるから」
「そうだよね……わかってた。どうしても伝えたかったの。時間作ってくれてありがとう」

初めて告白現場に遭遇してただでさえドキドキしていたのに、赤葦くんの「好きな人がいる」という言葉を聞いて心臓の音がどんどん速くなっていった。好きな人がいるなんて聞いたことない。こんな形で聞きたくなかった。私はショックでしばらくその場から動けなかった。


***


「梢最近ため息多いけど恋煩い?」
「え!?」

全然ため息をついていた自覚はなかったけど、桃子ちゃんが言うんだったらそうなんだろう。理由はわかっている。昨日赤葦くんの告白現場を見てしまって、赤葦くんに好きな人がいることを知ってしまったからだ。
私と赤葦くんはよく付き合ってると勘違いされてきた。少し前に距離を取らなきゃと思っても結局できなくて、赤葦くんに好きな人ができるまでは一緒にいさせてもらうってことで落ち着いたんだった。でもいざその時が来てみたら全然覚悟なんてできていないことに気付かされた。

「実はさ、赤葦くんが告白されてるのを見てしまって……」
「おお。断ってたでしょ?」
「うん。でも、好きな人がいるって……」
「それで何でテンション低いの?」
「……赤葦くんに好きな人がいるなんて全然わからなかった」

言ってくれなかったのもショックだけど、何より赤葦くんとたくさんの時間を過ごしてきて気付けなかった自分がふがいない。もしかしたら知らない間に赤葦くんを困らせてしまっていた可能性もある。

「つまり、赤葦を他の女に取られるのが嫌ってことね」
「えっ」
「え?」

友人として好きな人が出来たことを教えてもらえなかったこと、そして気付けなかったことがショックなんだ。取られるも何も赤葦くんを縛る権利は私にはないわけだし。

「じゃあ逆に聞くけど、本人から直接好きな人が出来たって聞いたらどう思うの?」
「……!」

そう思っていたのに、桃子ちゃんの質問に対して反射的に出てきた答えに自分自身が戸惑った。
嫌だ。間接的に聞くか直接的に聞くかという点は問題ではなかった。私は赤葦くんに好きな人がいるという事実にショックを受けていたんだ。

「……梢よ」
「はい」
「今のあんたにぴったりの少女漫画があるから読みなさい。昼休みに」
「昼休みに!?」
「うん、私のスマホに入ってるから」

赤葦くんの仲の良い友人でありたいという、ずっと信じてきた気持ちが覆されるかもしれない。桃子ちゃんオススメの少女漫画を読んだらはっきりと答えを出せるんだろうか。そう思うと、少し読むのが怖いと思ってしまった。


***


桃子ちゃんが見せてくれた少女漫画はさくっと読めるページ数で、昼休みのうちに読み切ることができた。ストーリーは鈍感な幼馴染のことが好きな男の子が苦労するってもので、共感する部分や今の自分と似たような場面がいくつかあってすごくドキドキした。
読み終わった時、私なりの答えは出た。赤葦くんに好きな人がいると聞いてショックだったのは、単純に赤葦くんに彼女ができるのが嫌だったからだ。でもそれは友人としての感情を超えてしまっている気がする。桃子ちゃんが言っていた「答え」は本当にこれで合ってるんだろうか。

「夜野田帰る?」
「うん」
「俺ももう終わるから待ってて」

2年生に進級してから、部活がある日は必ず赤葦くんが家まで送ってくれるようになった。最初は先輩たちとみんなでぞろぞろと帰っていたけど、いつの間にかふたりだけになっていた。何で今までの私はこの状況を疑問に思わなかったんだろう。
それでもやっぱり、私はこうやって赤葦くんと一緒に帰れることが嬉しいと思う。昼間に嬉しいことや面白いことがあったら、部活で赤葦くんに伝えなきゃって思う。今日も赤葦くんに話したいことがいっぱいあったはずなのに、赤葦くんの隣に立つとなんだかドキドキして思うように出てこなかった。赤葦くんはいつもよりテンポの悪い私の言葉に相槌を打って聞いてくれて、笑ってくれている。……この顔好きだなあ。

「くしゅん!」
「風邪?」
「ううん、寒くなってきたね」
「うん」

私はけっこう前から赤葦くんのことが大好きだったんだなぁ。今更気付くなんて遅すぎる。赤葦くんには他に大事な女の子がいるのに。それでも赤葦くんの隣を譲りたくないなんて、ワガママな自分が嫌になる。

「私末端冷え性なんだー」
「俺、あったかいと思うよ」
「え……」
「ほら」
「!」

赤葦くんに手を握られて思わず立ち止まった。軽くパニックに陥った頭の片隅で、今日読んだ少女漫画に同じようなシーンがあったことを思い出していた。確かに赤葦くんの手は温かかったけど、すぐに自分の体温も追いついたような気がした。

「ダ、ダメだよ赤葦くん」
「何で?」
「何でって……」
「したいと思ったからしたんだけど…… 夜野田は嫌だった?」
「嫌じゃ……ない」
「じゃあいいじゃん」

一度私が振り解いた手を再び握られた。嫌かどうか聞かれたら嫌だなんて答えられないのに。赤葦くんはずるい。結局言いくるめられて手を繋いだまま歩くことになってしまった。これは友達として普通のことなんだろうか。

「……」
「……」

赤葦くんのバカ。こうなったら赤葦くんの口から直接「好きな人がいる」って聞くまで離れてあげないんだから。


***


11月も終わりに近づきそろそろ12月がやってくる。相変わらず赤葦くんから好きな人がいると打ち明けられることはなく、私たちは今まで通りの日々を過ごしていた。来たる12月5日、今年も赤葦くんの誕生日プレゼントは用意するつもりでいる。

「赤葦くん、何か欲しいものある?」
「……もしかして誕生日プレゼント?」
「あ、うん」

今年は部室での誕生日サプライズは1年生だけということになっている。今更こそこそ準備してもサプライズにはならないし、どうせなら赤葦くんが望むものをあげたい。聞いてみると赤葦くんは口元に手を当ててじっくり考え出した。

「じゃあ、当日の放課後どこか行こうよ」
「え……」
「いい?」
「うん、いいけど……」

身構えて答えを待っていると、具体的な物が出てこなくて拍子抜けしてしまった。その日は平日でちょうど部活がない。

「ありがとう。夜野田と一緒に行きたいとこ探しとく」
「……うん。」

放課後にどこかに一緒に行くって、それってデートなのでは。家族や好きな子を差し置いて、誕生日を一緒に過ごすのが私でいいんだろうか。

「夜野田はどこか行きたいとこある?」
「赤葦くんの誕生日なんだから赤葦くんの行きたいところ、どこでもいいよ」
「……」

赤葦くんの誕生日に私の意見を優先させる必要はない。それを伝えたらまた赤葦くんは黙って何かを考え始めた。そんなに悩まれるとこちらも身構えてしまう。

「……どこでも?」
「あ、いや、どこでもはちょっと、言いすぎた……かも」 
「はは、なんだ残念」
「!」

去年先輩たちと"赤葦くんの表情筋を動かすのは誰だ選手権"を開催したわけだけど、第二回は行われていない。それは最近の赤葦くんがいろんな表情を見せてくれているからだと思う。こんな感じの口を開けての笑顔はなかなかレアなのだ。いつもより幼く見えてちょっと可愛い。

「楽しみにしてる」
「わ、私も」

放課後に赤葦くんとふたりで出かけるのはテスト終わりのアイスの時以来だ。楽しみなのはもちろんだけど、同じくらい緊張もする。果たして私は前回と同じような振る舞いができるだろうか。



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