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2章

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「あ、リエーフくん!」
「ちわー」

夜野田は合宿中音駒の手伝いをしているから、だいぶ音駒の人達に馴染んできている。それはわかっているのに、さっきまで俺の隣を歩いていた夜野田が灰羽に駆け寄ったのを見て嫌だと思ってしまった。
自分の気持ちをはっきり自覚してから、こういう醜い感情ばかり感じてしまう。自分がこんなにも幼稚な人間だったとは思わなかった。

「夜久さんが捜してたよ」
「み、見なかったことにいてください……!」
「え?」

夜久さんが灰羽を捜しているのはレシーブの練習をさせるためだ。けれど灰羽としてはレシーブの練習より木兎さん達とミニゲームをやりたいんだろう。

「練習見てくれるんじゃないかな?」
「お、俺は、スパイク練習がしたい!です!」
「えー……」
「お願いします見逃してください!」
「だーめ」
「エッ!?」

優しい夜野田だったら見逃してくれると思ったんだろうけど、それは見当違いだ。夜野田は変に体育会系な思考があるから、基本的に先輩の言うことは絶対って思っている。この場合灰羽の味方をすることはない。

「連行します!」
「えええ!」
「あははっ」

まただ。灰羽の両腕を掴んで引っ張る夜野田を見て、またモヤモヤする。嫌だ、見たくないな。

「おやー?」

灰羽と仲良さそうにする夜野田を見たくなくて自主練に戻ると、ニヤニヤした黒尾さんと木兎さんが出迎えた。

「ちょっとお宅の赤葦くんってば……」
「おっ、わかっちゃう!?」

多分、黒尾さんが俺の気持ちの変化に気付いたんだろう。目ざとい人だ。

「あらそう!やっぱ?ですよねー!」
「……そうですね」
「おおー!」

今更隠し通す気はない。先輩達にバレてから少し吹っ切れたのかもしれない。

「……俺ってそんなにわかりやすいですか?」

とは言ってもパッと見ですぐにバレる程表情には出ていないと思う。油断したところを見られた木葉さんはともかく、木兎さんや夜野田の友人の青梅には特別わかりやすい態度は見せてないはずだ。

「いや?むしろもっと表情に出した方がいいと思う」
「……」
「些細な変化に気付いてくれる人が周りにたくさんいて良かったな」
「!」

うまく誤魔化されたような気もするけど黒尾さんの言葉には納得できた。家族以外で、決して表情豊かではない俺の変化に気付いてくれる人が傍にいるということは幸せなことなのかもしれない。

「まあ……一番変化に気付いて欲しい人には伝わってないんですけどね。」
「アッ、なんかごめん」


***(黒尾視点)


赤葦が夜野田ちゃんへの恋心を自覚した。基本的にポーカーフェイスで何考えてるかわからない奴だけど、夜野田ちゃんとリエーフが仲良さそうにする様子を見る目には確かに嫉妬の色が見えた。
梟谷の連中はもうほとんどみんな知ってる様子だった。生暖かい目で見守っているらしい。

「スガさんこれ美味しいですよ!」
「お、いいねー」

一方で夜野田ちゃんはというと……赤葦の気持ちに全然気付いてないよなあ。気付いてたら不用意にスガくんと仲良さそうにはしないだろう。
辛いものが好き同士のふたりは合宿中一緒にご飯を食べるのが暗黙の了解になっていた。お互いに自宅から辛い調味料を持ってきているようで、食事の度に色んな料理にかけまくっている。

「食べます?」
「え……」

そもそも夜野田ちゃんって年頃の女子にしては男女の概念が希薄な気がする。スガくんに対して自分が使ってたスプーンを平気で差し出しちゃうんだもんなあ。それ"あーん"だよ。バカップルがやるやつだよ。スガくんも動揺しちゃってるじゃん。

「先輩に失礼だろ」
「そっか……ごめんなさい」
「あ、いや、失礼とかじゃないんだけどね」
「これどうぞ」
「ありがとー」

後ろを通りかかった赤葦が夜野田ちゃんに注意し、新しいスプーンをスガくんに渡して間接キスを阻止した。健気だねぇ。


***(赤葦視点)


「赤葦は苦労しそうだなぁ」
「……そうですね、苦労してます」

昼飯を食べ終えて歯を磨いていると黒尾さんが隣に並んできた。多分、さっき菅原さんと夜野田の間接キスを阻止したところを見られていたんだろう。

「仲良くなりすぎて攻めあぐねてんだろ?」
「……」

図星すぎて何も言い返せない。俺が気持ちを自覚したところで夜野田の態度は変わらないわけだし、今更何をすれば恋愛っぽい感じになれるのかもわからないっていうのが現状だった。

「黒尾さんならどうしますか?」
「んー……いっそのことハグくらいしちゃえば?」
「……」
「確かに…… 夜野田はそれくらいしなきゃわかんなさそうだよなー」
「いや待て、ハグでも怪しいかもよ?」
「否定できねーな」

わらわらと集まってきた先輩達は他人事だと思って好き勝手言ってくる。しかしまったくもってその通りだと思うからやっぱり何も言い返せなかった。仮に思いきって抱きしめたとしても、夜野田は友情のハグだと勘違いしそうだ。

「まあ、セクハラにならない程度にスキンシップ意識してみたら?」
「……そうですね」

それでもやらないよりはマシだろう。この現状を打破するためにはとりあえずいろいろ試してみよう。先輩達のアドバイスはありがたく受け入れることにした。


***


「忘れ物チェックOKです!」

今回の合宿も無事に終了した。
黒尾さんのアドバイスを受けてから、何度かスキンシップをしようとはしたけど結局できなかった。そういう気持ちで夜野田に近づくと途端に緊張して心臓が煩くなった。比較的自分の感情をコントロールすることには長けてると思ってたのに、こんなんじゃヘタレと笑われても仕方ない。

「赤葦!」

他校のマネージャーと挨拶をする夜野田をぼんやり見ていたら、菅原さんが小走りで俺の方に来た。

「俺も応援してるから!」
「……ありがとうございます」

そして爽やかな笑顔でそんなことを言われた。何を応援されてるのかは聞かなくてもわかる。木兎さんが言ったのか自然と気付いたのかはわからないけど、俺の恋心はこの合宿中にすごい勢いで知れ渡ってしまったような気がする。

「赤葦くんそれ重くない?持とうか?」
「……それはこっちの台詞」
「あ……ありがとう!」

一番気付いて欲しい人には全然届いてないみたいだけど。


***


「混んでるねえ」
「週末だからね」

基本的に合宿の帰りは現地解散になる。各々最寄りの駅に向かって、段々と集団がバラけていった。俺と夜野田は同じ電車だ。木兎さんとか木葉さんも同じはずだけどいつの間にか姿がなくなっていた。多分気を効かせてくれたんだろう。

「夜野田、こっち」
「ありがとう」

駅のホームにいた人の多くが俺たちと同じ電車に乗り込んで、最初に車内に入った俺たちはどんどん押し込まれてしまった。流れで逸れそうになった夜野田を引っ張って、なんとか一番奥のスペースで落ち着いた。

「!」
「わっ」

安置かと思いきや、乗り込んでくる人は未だ止まらず更に密着した体勢になってしまった。夜野田の顔が俺の胸元にぶつかった。壁に手をついて押しつぶさないようにはしてるけど……これはやばい。

「ごめん、汗臭いかも」
「え? ううん、いい匂いするよ」

必死にいろんなものを抑えている俺に夜野田は容赦なく追い討ちをかけてきた。夜野田こそいい匂いがする。シャンプーの香りだろうか。好きな人に嗅覚をくすぐられるのは本当にやばい。

「あ、そういえばさ……わふっ」

こんな状態で尚平然と世間話をしようとする夜野田に軽く腹が立って、わざと顔を胸で押しつぶした。おそらく3つ先の駅で大部分が降りて密度も緩和されるだろう。それまでにこの酷い顔をなんとかしなきゃな。



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