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06



 
保育実習が始まったと思ったら気付けば季節は秋になっていた。クーラーのリモコンは定位置に戻り、窓から入ってくる風が気持ちいい。こんな日はベッドでごろごろするに限る。
三ツ谷くんと連絡先を交換して何かが始まる予感にざわざわしたのも今となっては懐かしい。その時貰った入浴剤は綺麗なままベッドのサイドテーブルの上に置いてある。
約束通り妹ちゃんの写真は送ってもらった。すごく可愛かった。その後も毎日ではないにしろ連絡はとっていたけどお互い連絡はマメな方ではなくて、夜の返事が寝落ちして翌朝になってしまうことはよくあった。前の話題が終わってからどのくらい経ったんだろう。トーク画面を確認してみたら1週間前だった。最長記録を更新してしまった。
三ツ谷くんと付き合いたいだなんてそんな烏滸がましいこと思ってないけど、このまま繋がりが消えてしまうのは嫌だと思う。


「!」


ホームに戻ってSNSを開こうとしたところで三ツ谷くんからの新着メッセージの通知が画面上部に現れた。丁度このタイミングでの連絡に胸が躍るのと同時に、あと数秒ズレてたら会話中でもないのに即既読がついちゃってたのかと思うと心臓がバクバクした。
すぐに既読つけて返事したら三ツ谷くんの連絡を待ち望んでいたみたいで気持ち悪いかな。いや待ち望んでたのはもう、否定できないんだけど。返事をするのはもう少し時間をあけてからにしようと枕元にスマホを置いたものの、1分も経たないうちに我慢できなくなってしまった。


『久しぶり。実習忙しい?』


簡潔な文章でさえも脳内で三ツ谷くんの声で再生されると特別なもののように思えるから不思議だ。舞い上がる気持ちを悟られないように、同じ感じのテンションで今週が実習の山場だと打つ。絵文字は迷いに迷って可愛すぎない笑顔のやつを、語尾にひとつだけ。


「!」


5分かけて打った私のメッセージがトーク画面に反映されると、すぐに既読がついて見間違いかと思った。その白い文字を凝視していると三ツ谷くんから『実習終わったら打ち上げしない?』と次のメッセージが来て、今度は私がすぐに既読をつけてしまうことになった。どうしよう、既読がついたからには早く返事をしなきゃいけないのに、内容が内容なだけに軽率に返事ができない。


「っ、は、はい……」
『久しぶり。電話の方が早いと思って。今いい?』
「うん」


私があたふたと画面と睨めっこしていると、突然通話画面に変わって反射的に青いボタンを押してしまった。スマホ越しに聞こえる三ツ谷くんの声は実際の声とはちょっと違うように聞こえてまた新鮮だった。


『で、どう?来週の土曜日とか空いてる?』
「うん、空いてるよ」
『じゃあ飲み行こうよ。今日クライアントから美味そうな店教えてもらってさ、名字さんと行きたいって思ったんだよね』


メッセージだったら何て返事をしようかとかどの絵文字を使おうかとか考えられるのに、電話での会話となったらそうもいかない。更に予定が空いてると言ってしまった手前、お誘いを断るのにはとてつもなく勇気が要る。それに私と行きたいだなんて誘い文句はずるすぎる。


「私はウーロンハイがあればどこでもいいよ」
『はは、それどこでもあるじゃん!』


経験値の少ない私はいとも簡単に三ツ谷くんのテクニックに引っかかった。
三ツ谷くんはいったいどういうつもりなんだろう。三ツ谷くんみたいにかっこいい人、好きになりたくないのに。なっちゃいけないのに。






















三ツ谷くんとの約束の方に意識が持っていかれたおかげで実習の山場は難なく乗り越えられて、あっという間に約束の日になった。
三ツ谷くんが予約してくれたお店はなんだかとてもオシャレで料理もお酒も美味しかった。私も誰かに教えてあげたいなあと思ったけど特に誰かの顔が思い浮かぶわけでもなかった。改めて私と行きたいと思ってくれた三ツ谷くんの真意を考えてしまって、振り払うようにウーロンハイを流し込んだ。
三ツ谷くんを好きになってはいけないという固い意志で臨んだ私だったが、2人きりの飲み会はやっぱり楽しかった。好きとか恋愛感情は抜きにして、三ツ谷くんとだいぶ打ち解けることが出来て嬉しく思う。好きにならなくていい。こんな感じでたまに連絡をとって、飲んで、近況を報告したり愚痴を聞いてもらったりする仲でいいじゃん。
19時から始まった食事は21時前に切り上げて、酔い過ぎず楽しい気分のうちに帰ることになった。当たり前のように家まで送ってくれるのは三ツ谷くんが優しい人だから。


「そういえばぺーと安田さん、いい感じらしいよ」
「そうなんだ」


そういえば4人で飲んだ翌日に今度食事に行くことになったよと報告を貰って以降話を聞いていなかった。もう半年くらい経つのにまだ付き合ってないんだ。でもいい感じなら何より。林くんってば元ヤンのくせして結構プラトニックなお付き合いをするタイプなのかな。と、また元ヤンに偏見を持ったことを考えてしまって反省した。
三ツ谷くんは、どうなんだろう。中学の頃から三ツ谷くんをかっこいいと言ってる女子はたくさんいたし、今隣を歩く三ツ谷くんを盗み見て絶対モテるだろうと確信した。きっと今までに何回も告白を受けてきたし、お付き合いだってしてきたはずだ。


「と、あぶねーな」
「!」


今更ながら三ツ谷くんの顔面に見惚れて歩いていたら人にぶつかりそうになってしまった。間一髪で避けてフラついた私を三ツ谷くんが手を引いて支えてくれた。


「あ、ありがと」
「……うん」


三ツ谷くんに掴まれた右手を引いたら三ツ谷くんの手も一緒についてきた。戸惑いながらもう大丈夫ですの意味を込めてお礼を言うと、三ツ谷くんは頷きながらも手を放そうとはしない。そして何を思ったのか、腕を掴んでいた手で私の掌を握ってきた。一気に心拍数が跳ね上がった私を見つめる瞳は真剣で、さっきまでの楽しい雰囲気がガラっと変わったのが嫌でもわかった。


「……オレと名字さんはどうだろうな」
「な、にが……」
「いい感じ?」
「!」


衝撃が強すぎてさっきまでの会話の内容が吹っ飛んでいたけど思い出さない方が良かった。三ツ谷くんの質問に対して、私は熟考するのを放棄して全力で首を横に振った。


「ハハ、ひでー!」
「手、放して……」
「んー……あとちょっとだから我慢してよ」


私のオーバーリアクションを笑う一方で、三ツ谷くんの手はしっかりと私の指を絡めて放さない。理不尽な理由に何故か言いくるめられて私はそれ以上文句が言えなかった。
名字家御用達のスーパーから家までの5分間をこんなにも長く感じたのは人生で初めてだった。




 

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