「ねえ」 「……」 「一虎くーん」 「……」 一虎に抱きしめられてそろそろ1時間が経つ。 私の家で晩ご飯を食べて、食器を片付けようと立ち上がったところ引っ張られて脚の間に挟まれた。イチャイチャしたいのかなと思ったけどそれ以上は何もなく、ただただくっついてるだけだった。後ろから抱きしめられてるから一虎の表情はわからない。 「ねえ一虎」 「……」 一緒に観ていたバラエティ番組も終わってニュースになってしまった。せめて何か言ってくれないかなぁ。 怒ってるわけではないと思う。時折り腕に力が入ったり頭をぐりぐり押し付けられたりという行動からは甘えたい気持ちや不安な気持ちが読み取れる。 「私は何があっても一虎から離れたりしないよ」 具体的に何を思ってるかはわからないけど、不安があるんだったら解消してあげたい。私にできることは一緒にいることくらいだ。 「……一生?」 「え?」 「一生そばにいてくれんの」 やっと口を開いたかと思えばぶっきらぼうな声。聞いてるわりには答えは肯定しか許さない、と言わんばかりにきつく抱きしめてきた。 「もしかしてプロポーズ?」 「……うん」 なるほど、今日一日様子がおかしかったのはプロポーズをしたかったからだったのかぁ。1時間の無言タイムにも納得した。私達も付き合ってもう2年。いい歳だし然るべきタイミングだったのかもしれない。 結婚と言ってもそう簡単な話じゃない。特に一虎の生い立ちを考えると、プロポーズを切り出すのにどれだけの勇気が必要だっただろうかと心中を察する。そして決断してくれたことを心から嬉しく思う。 「頷いたら離す」 「ふふ、一択じゃん」 首を横に振ったら私はずっとこのまま動けないらしい。それもいいかななんて思ったのは秘密だ。 「一生そばにいるよ」 「……結婚してくれるってこと?」 「そういうことでしょ?」 「……ん」 もちろん断る理由はない。ようやく安心してくれたのか、腕の力が少しだけ緩くなった。背中に一虎の額の熱がじんわりと伝わってくる。 「泣いてるの?」 「泣いてねぇ」 私のTシャツが濡れてるかは流石にわからない。でも、なんとなく泣いてる気がした。 「ねえ、一回放して」 「何で」 「私も抱きしめたいの」 今一虎がどんな顔をしてるのかを知りたい。腕の拘束が解かれた隙に180度向きを変えて一虎と向き合った。 「……見んなよ」 ほら、やっぱり泣いてた。 「全部見せて」 「!」 「夫婦になるんだから」 逃げようとする一虎の頬を両手で挟んで無理矢理私の方を向かせる。情けない顔でもいい。全部見せてほしい。夫婦になるってそういうことでしょ? 「オレ、名前を幸せにしたい」 「うん。もっともっと幸せにしてね」 抱き締めて赤みを帯びた目尻にキスをしたら拗ねた表情で唇に噛みついてきた。 ( 2022.12 ) prev top next |