一虎は休みの日、必ず私の家に泊まりに来る。今日もお酒とつまみを片手に21時くらいにやってきた。私は明日仕事なのになあと思うけど、そんなことを言ってたら2人の時間はなかなか取れない。 テーブルの上にはチューハイ数本とポテチとチョコレートが散らばっている。缶チューハイを3本空けた一虎は、スペースはたくさんあるはずなのにわざわざ私の背後に座り私の体を足で挟んだ。耳元を抜ける呼吸は酒臭い。 「ポテチ食いたい」 「えー自分で食べてよ」 「やだ」 こうやってやけにベタベタしてくるのは酔っ払っている証拠だ。ポテチなんて手を伸ばせば取れる距離にあるのに食べさせてほしいなんてでっかい子供みたい。甘えられて悪い気はしないけど私の多少アルコールがまわってるせいか、ちょっと意地悪をしたくなってしまった。 「そこ口じゃねえし!」 「見えないんだもん」 「くっそ」 「あはは」 わざと口を外してポテチでほっぺたをつつくと、怒った一虎は私の手を掴んで自ら口へ運んだ。ほら、自分で食べられるじゃん。 「うわ、舐めないでよ」 「オレは手についた塩を舐める派」 「人の手についたのは舐めないでほしい派」 「色気ねぇーー」 「今更でしょ」 一虎はポテチを食べるだけに留まらず私の指まで舐めてきた。いじらしい反応を期待したみたいだけど、残念ながらその期待には応えられない。色気のない私は舐められた指を一虎のズボンで拭いた。 「名前酔っ払わないのむかつく」 「ごめんねー」 私はそこそこお酒に強い方だし一虎も別に弱くはない。決定的な違いは自分の限界を理解して飲んでいるかどうかだ。 酔っ払った一虎は変なところにいちゃもんをつけてきて、更に首筋にキスマークまでつけてきた。やめろと言っても聞かないし放っておく。反応がなければいまに飽きるだろう。エッチするなら異論はないがお風呂に入ってからがいい。 「オレさあ……」 「んー?」 「……」 顔を首筋に埋めたまま止まったかと思うと徐に口を開いた。これはちゃんと聞いてあげなきゃいけないやつだとトーンでわかる。 「名前を幸せにできるかなー……」 「!」 少しの沈黙の後絞り出された声はか細かった。 唐突な話だなあと思うけど酔っ払いにそんな理論は通用しない。何でそんなことを心配してるのかと推察すると愛おしくてたまらなくなる。 あなたはこういう時しか本心を出さないから、私は酔わないようにしてるんだよ。一生伝えることもないセリフを頭の中で呟いた。 「一虎がそばにいて、チョコレートがあれば私は幸せだよ」 「……やっすい女」 一虎は私を幸せにできる資質を誰よりも持ち合わせてるってこと、何でわかんないかなあ。ほんとバカ。この酔いっぷりだときっと明日になったらこのやりとりは忘れてるんだろう。 もう少し時を重ねて、自分に自信が持てた時は胸を張って「幸せにする」と言ってほしい。そうしたら私はめいっぱいの笑顔で頷いて同じ言葉を伝えよう。 安い女だなんて言わせない。何故なら羽宮一虎はめちゃくちゃいい男で、チョコレートはゴディパしか許さないんだから。 ( 2022.12 ) prev top next |