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その四文字が言えないから、だから



 
「お疲れのようだね三ツ谷くん」
「……おー」

月曜日の昼休みが終わる頃、みんなが次の授業のために化学室へ移動していく中で、机に伏したまま動かない三ツ谷の肩を軽く揺する。私が前の鈴木くんの椅子に腰を降ろすと、三ツ谷の眠たそうな瞳に見上げられた。おでこに服の皺がついてる。かわいい。

「寝言でプイキュアの歌詞言ってたよ」
「え、マジ?」
「ウソだよ」
「コノヤロー」

この野郎、と言われても全然怖くない。ヤンキーのくせしてこんなに優しく笑うなんて反則だ。大好きな笑顔にこっちまで口元が緩んでしまう。

「あれ、誰もいねぇ」
「次化学室だもん」

気が付けばクラスメイト達はみんな化学室に向かったらしく、教室には私と三ツ谷だけ。時計を見ると授業開始まであと二分を切っていた。

「……もう間に合わなねーな」
「ね」

なんてね、本当は確信犯。私がただのお人好しなクラスメイトだったら十分前には起こしていたし、わざわざ前に座って雑談なんか始めない。好きな人と教室にふたりきり、なんて女子ならみんな憧れるシチュエーションじゃん?

「一緒にサボってくれんの?」
「私と三ツ谷の仲だからね」
「はは、どんな仲だよ」
「ズッ友」
「……」

ただ、少女漫画のようになれないのはこの可愛くない性格のせい。三ツ谷とずっと友達だなんてまっぴらごめんなのにどの口が言うか。私の「ズッ友」発言に対して、三ツ谷は笑うことも突っ込むこともせずにじっと私の目を見てきた。尋問してくるような視線にすぐ耐えられなくなって「今度プリクラ撮りに行こ」と言うと「やだよ」と即答されて安心した。断られて安心するなんて変なの。

「今私以外誰もいないからさ」
「うん」
「何でも話せちゃうね」
「……何でも?」
「よわよわな三ツ谷でいいってこと」
「……そーいうことね」

三ツ谷はヤンキーだけど理由もなく授業をサボるような人じゃない。授業態度はそこそこ真面目、部活動にも熱心、そして先生や友達とも上手くコミュニケーションをとって学校生活をおおいに楽しんでるように見える。
そんな三ツ谷が今はスイッチをオフにしてるみたいだから、とことん肩の力を抜いてほしいと思う。純粋に弱音を吐いていいよって伝えたかったのに、一瞬変な雰囲気になって焦った。

「昨日の夜中マナが全ッ然寝なくてさー」
「そっかそっか」
「英語の宿題全然できてねーし」
「教えてあげるよ」
「助かる」
「今やる?」
「いや……眠い」
「じゃあ三ツ谷のことは私が寝かしつけてあげようね」

再び机に頬をくっつけた三ツ谷の頭をぽんぽんと撫でる。初めて触れた三ツ谷の頭はワックスでチクチクしていた。歳の離れた妹のお世話を甲斐甲斐しくするお兄ちゃんも、しっかり色気づいてるんだなぁと思ったらなんだか可愛くて頭を撫でる手が止められない。

「落ちそう」

意味ありげな視線で見上げられてそんなことを言われた。「落ちる」ってどういう意味よ。曖昧な言い方が引っかかったけど私も聞かなかったし三ツ谷も説明はしなかった。

「落ちていいよ」

そういうことなら受け取り方はこちらの自由だ。私の返事を三ツ谷がどういう意味で受け取ったかはわからない。気持ちよさそうに目を細めたかと思うと、頭を撫でていた私の手を捕まえて握ったまま目を閉じた。

「……ウソだよ」

三ツ谷の不規則な寝息を確認してから、重ねられた手をそっとどけた。三ツ谷が触れていた手の甲がなんだかムズムズする一方で、手のひらの方はワックスでベタベタだ。その匂いを忘れないようにぎゅっと握って吸い込んだ。


***


小学六年生くらいには平然とウソをつけるようになっていた。
とは言っても「ウソつき」と罵られたことはない。「目玉焼きには醤油かソースか」と聞かれて、本当は塩なんだけどめんどくさいから醤油と答えるみたいな、ほんの些細なこと。あとはこの前三ツ谷に言ったような笑って許してもらえる程度の可愛いウソ。

「私、卒業したらカナダに行くんだ」
「……は?」

だから今回の私の言葉がウソなのか本当なのか、三ツ谷はすぐには判別がつかなかったみたいだ。面白いくらいに目を丸くする顔はいつもより幼く見える。
夕方のチャイムが鳴った。公園で遊んでいた子供たちが疎らに帰っていくのを横目で見ながら、またひとつ好きな人の新しい表情を見つけられたことを喜んだ。

「ふふ、ウソみたいだよね」
「マジ?」
「マジ。親の仕事の関係なんだけどさ、私もやりたいことあるし異論はなしって感じ」

自分でもウソみたいな話だと思うけど今言ったことは紛れもない事実だ。父親の海外転勤が決まって家族会議が行われた結果、みんなで向こうで生活することになった。荷造りは大方終わっているし、二週間後の今頃には飛行機に乗っている。

「いつから決まってた?」
「……確定したのは中二の夏くらいかな」
「だからか……」

卒業まであと一週間というギリギリのタイミングで伝えた私を咎めるわけでもなく、三ツ谷は何かに納得したような反応を見せた。何が、とは聞けなかった。私が隠し通すと決めた核心を突かれそうだったから。

「日本には戻ってこねーの?」
「どうだろ。大学も向こうだろうし」

だから、こうやってふたりで放課後に寄り道できるのもあと少し。いや、今日が最後かもしれない。寂しいなあ、せっかく仲良くなれたのに。
異論がないっていうのは本当だけど、何でこのタイミングで……とは思った。せめてあと三年くらい遅かったら、三ツ谷と私の関係も何かが変わっていたかもしれない。

「三ツ谷が攫ってくれたらいいのに」

思わず溢れてしまった本心にハッとして口を噤む。

「わかった」
「!」

すぐにいつものように「ウソだよ」とおどけてみせようとしたけど、三ツ谷の力強い言葉と真剣な瞳に気圧されて言葉が出てこなかった。
「わかった」って、そんなわけないじゃん。私達は中学生。お金もなければ知識もない。親の海外転勤なんてどうにかできるわけがない。

「オレは卒業したらデザイン事務所入って、十代のうちにでっけー賞とって、独立してやってくつもり」
「……うん。がんばれ」

そして語られたのは三ツ谷の夢。今まで夢について語り合うなんてことしてなくても、手芸部は三ツ谷にとってただの部活動で収まらないことはなんとなくわかってた。

「貰った仕事コツコツこなしていって、いずれは海外ブランドから仕事もらったり世界的なモデルとコラボしたりさ」
「うん」

三ツ谷が飛び込んでいくのはきっと私なんかよりずっと厳しい世界なんだろう。世界で活躍できるデザイナーなんてほんのひと握り。でも、三ツ谷なら本当に実現しちゃいそうだと思った。

「その時でもいい?攫うの」
「!」

今のうちにサイン貰っとこうかな、なんて考えていたら一瞬何を言われたかわからなくなってしまった。そういえばそうだった。私の「攫ってくれたらいいのに」という絵空事に「わかった」と即答されたんだった。つまり世界的なデザイナーになって私を迎えに来てくれるってこと?そんなドラマや漫画じゃあるまいし。なんて、いつもの調子でからかおうとしたのに三ツ谷の目が本気だと真摯に伝えてきて、その言葉は飲み込むことになった。

「何年待たせるつもりなの」
「わかんね。それまでオレのこと忘れんなよ」

爽やかな顔してかなり欲の強いことを言ってくれる。私はずっと三ツ谷のことを忘れずに、いつになるかもわからない迎えを待っていろってこと?
……望むところだ。

「忘れないように、何かちょうだい」
「!」

形に残るものが欲しいわけじゃない。
くい、と三ツ谷のカーディガンの裾を引っ張ると、三ツ谷は少し腰をかがめて私が欲しかったものを唇にくれた。何でわかるんだろうと微かに口角を上げながら、私はこの3秒間を一生忘れないんだろうなと思った。


***


「パパはママのどこがすき?」

あれから12年経った今、3歳の娘にそんなことを聞かれた。色恋沙汰に興味を持つお年頃になったのかと、娘の成長を嬉しく思うと同時に質問の内容にドキッとした。
友達から恋人、夫婦、そして親となった今、昔みたいに愛の言葉を囁き合うことはすっかりなくなった。気持ちが冷めたとかじゃなくて、言葉で繋ぎ止める必要性がないからだと私は思っているんだけど、実際のところどうなんだろう。不安を悟られないように娘と一緒に隆を見つめると、隆は迷うことなく答えた。

「ウソをつけないところかな」
「!」

優しいところでもなく賢いところでもなく、散々ウソをついてきた私にそれを言うかと不思議に思った。納得できないでいる私を見て優しく微笑んだ隆の姿が十二年前のあの時と重なる。あの3秒間を鮮明に思い出して、久しぶりにドキドキと心臓が騒いだ。

「パパはウソつきだけどね」
「なんだとー?」
「迎えに来てくれなかったし?」
「ウッ……」

世界的なデザイナーになって迎えに来るっていうのは結果的に実現できなかった。私の方が思ったより早く帰国することになったからしょうがないんだけど。

「パパ、うそは、めっ!!」
「はーーい、ごめんなさい」

ぺちん、と小さな手におでこを叩かれてへらへらと笑いながら謝る隆を見て、今この瞬間、我が家のリビングが世界で一番平和な空間なんじゃないかと思った。
あの時本心を吐き出してなかったら、いつもの四文字で誤魔化していたら、この空間は存在しなかったのかもしれない。そう思うとゾッとする。それと同時にこの人に愛してもらえたことこそが私の人生最大の幸福なのだと改めて実感した。

「パパにバレンタインのチョコあげた?練習のやつ」
「まだ!あげるー!」
「エッ、待って本命いるの!?」

きっと隆が世界的なデザイナーになるまであと少し。私も頑張って三ツ谷家を世界一幸せな家庭にしなくちゃ。



Title:確かに恋だった
( 2022.3.1 )

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