×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

千冬にアレを着せられた



 
女には絶対に負けられない勝負の時がある。

ひとつ。気になる男の子と同じ飲み会に参加する時。この時、いかに意中のカレの隣を陣取るかが大切だ。最初から前のめりになって狙う必要はない。どうせみんな酔っ払ってきたらあっちこっちに移動するのだから。中盤までは準備段階。どうでもいい男子達の話を適当に流しながら、顔がほんのり赤くなる程度にアルコールを摂取するという作業の時間。そしてカレがトイレに立った絶好のチャンスを逃さず、自分も席を立つ。トイレに行くなりカレの近くにいた友達に話しかけるなりして、カレが戻ってきた時自然に会話ができる状況を作るのだ。こうして私は大学3年の夏、気になっていた同じ学部の男の子……松野千冬くんと連絡先を交換することができた。

ふたつ。飲み会でいい感じになった男の子との初デートの時。楽しみだからって早く来すぎる必要はない。十分前にスタンバってた千冬を遠目で堪能した後、待ち合わせ時間の5分前に小走りで駆け寄った。お花のピアスと水色のフレアスカートをしっかり揺らしながら「ごめんね」と眉を下げると「今来たとこだよ」と笑顔でお決まりのセリフを言ってくれた。デート中は無邪気に楽しんでる姿を見せて、お昼ご飯は奢ってくれるとわかっても財布を出すことを忘れずに。そして帰り道、今日のデートがいかに楽しかったかを熱弁する。ついでに次回のデートもとりつけて、3回目のデートで千冬から告白をしてくれた。もちろん私は満面の笑みで頷き、夏休みが終わる頃、私と千冬は恋人になった。

そしてみっつ……彼氏の家に初めてお泊まりする時である。まさしく今日が千冬の家にお泊まりする決戦の日。親に邪魔されることなく一晩中イチャつけるのは一人暮らしの大学生の特権だ。しかし同時に、ここで晒してしまった醜態は今後のお付き合いに大きな影響を与える危険性がある。せっかく好きな人と恋人になれたんだ、幻滅されてなるものか。
バイトを定時であがって一旦家に帰りシャワーを浴びる。千冬の家でもシャワーは浴びるけど諸々の処理は家でしておくのが乙女のたしなみだ。

「!」

お風呂から出てスマホを手に取ったところで丁度千冬からの新着メッセージが届いて、顔がニヤけるのを抑えられなかった。

『パジャマは持ってこなくていいから』

いったい何を着せられるのかと思うと胸が踊った。お約束的には彼シャツ?もしくは千冬の趣味で何か用意しているかもしれない。それが例えメイド服であろうとセーラー服であろうと、可愛く着こなして千冬の期待に応えたい所存だ。いつも優しい千冬が理性をなくした時、いったいどんな姿を見せてくれるんだろう。
きっとこれは千冬の宣戦布告だ。この勝負、絶対に負けられない。大好きな人に捧げるのは最高の私でありたい。仕上げにこの日のために買った少しお高いトリートメントで香り付けをして、私は戦地へと向かった。


***


初めて訪れた千冬の部屋は綺麗に片付いていたけど、クローゼットの隙間から服の端がはみ出ていたりベッドの下に漫画が何冊か散らばってたりしていた。私が来るからと急いで片付けたのかと思うと可愛くて仕方ない。
晩ご飯に宅配ピザを食べて、食後にマルオカートのドリフトを教えてもらっていたら時間はあっという間で、先にシャワーを浴びるように促された。いよいよだ。

「着替えここに置いとくなー」
「うん!」

浴室の外から声をかけられて大きめの声で返事をする。反響した自分の声を聞いて、もうワントーン高めの声を出せば良かったとほんの少しだけ後悔した。いつものちょっとした猫被りができないくらいに私は緊張しているようだ。
この4時間弱でかいた汗も念入りに洗い流して、一度深呼吸をしてから浴室のドアを開けた。

「……」

そして絶句した。
洗濯機の上に置かれていたのは水色のTシャツ。広げてみると独特な絵柄のネコと目が合って、真っ裸のまま呆然と立ち尽くすことになった。
何かの間違いじゃないかと、疑うというより懇願した。イケてるかイケてないかで言えばイケてない。いや、一周まわってオシャレなのか……?ネコと睨めっこすればする程わからなくなってきた。
これを着るくらいなら下着姿のまま出た方がいいのでは?数分悩んだけど、もし千冬お気に入りのTシャツだった場合、着なかった理由を説明できない。ダサいから着たくなかった、なんて言えないし。私は観念して水色のTシャツに袖を通した。下はおそらく中学か高校のジャージだ。上もジャージにしてくれればよかったのに。素肌にジャージという性癖にはまだ共感できるけど、コレはいったいどんな性癖?私の胸元で立体的になったネコは不気味に笑うだけで何も教えてくれなかった。

「すげー似合ってる!可愛い!!」
「アリガト……」

リビングに戻ると千冬が目を輝かせて絶賛してくれるものだから、頬が引き攣るのを精一杯誤魔化して笑うことしかできなかった。

「千冬、こういうのが好きなの……?」
「それ高校の時にオレが作ったんだ」
「エッ……あ、クラT?」

まさかの手作り発言に恐れ慄いたが、高校で作る文化祭のクラスTシャツだと思ったら納得した。

「ううん」

違った。

「自分が作った服を人に着てもらうのってすげー嬉しいな」
「そ、そっかぁ……」

クラT以外に服を作る理由とは……?気になったけど聞けなかった。こんな嬉しそうにされたらヘタなこと言えない。初めてのお泊まりで千冬に嫌われたくないもん。

「それが好きな人だったら尚更」
「!」

Tシャツのことばかり考えていたら、熱を持った千冬の視線に気付くのが遅れてしまった。つつつ、とネコ越しに胸を撫でられて、これからすることを改めて意識させられた。身体の芯が一気に熱くなる。

「脱がすのちょー楽しみ」

胸元のネコにキスをした千冬はとても扇情的に私を見上げてきた。瞬間、自分が何を着ていようがどうでもよくなる。
千冬がシャワーから出てくるまでのあと少しだけ、ここにいることを許そう。私より先にキスされたネコに少しの嫉妬を込めて、心の中で呟いた。



( 2023.3.13 )

prev top