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好きな子にハングリーと勘違いされてるソウヤ



 
「ハングリーくん、チョコレート食べる?」
「あ、うん、ありがとう」

ソウヤのことを「ハングリーくん」と呼んでチョコレートを差し出したのは、今年初めて同じクラスになった女子生徒だった。
ソウヤが掌の上のチョコレートを受け取ると彼女は嬉しそうににっこりと微笑んだ。その笑顔に連動するかのようにソウヤの頬が赤らむ。ソウヤが貰ったばかりのチョコレートをすぐに口に含んだのは、いつも強張っている頬の筋肉が緩むのを誤魔化すためだ。

「美味しい」
「ね!お母さんが職場の人から貰ったんだけどね、美味しかったからハングリーくんにも食べてほしくて」
「!」

教室の一角がほわほわした優しい雰囲気で満たされた。
しかしここでひとつ見逃すことのできない間違いがある。ソウヤのあだ名は「ハングリー」ではなく「アングリー」だ。どういうわけか彼女は間違えて認識してしまっているらしい。更にはソウヤのことをその名の通りいつもお腹を空かせている食いしん坊だと勘違いまでしている。彼女が毎日のようにソウヤにお菓子をあげるのはこの誤解が根底にあるからだ。

「あ、お兄さん来たよ」

違うクラスのナホヤがズカズカと教室に入ってきたのをソウヤより先に彼女が見つけた。

「誰?カノ「クラスメイト!友達だよ!」

彼女、という単語はソウヤによって遮られてしまった。珍しく語気を荒げる弟を見てナホヤの口角がどんどん上がっていく。教科書を借りに来ただけだったが、弟が女子生徒と親しげに話す様子を見てすっかり興味関心が彼女に向いたようだ。ナホヤが彼女のことをジロジロと不躾に見始めて、ソウヤは気が気じゃなかった。

「ハングリーくんにはお世話になってまして……」
「ハングリー?コイツは……」
「!!」

ソウヤを「ハングリー」と呼んだのを聞いて間違いを訂正しようとしたナホヤの口を、焦ったソウヤが咄嗟に塞いだ。その行動でナホヤは全てを察した。「ふーん」と意味深な笑顔を浮かべて、それ以上何も言わず教科書だけ借りて去っていった。

「お兄さんニコニコして優しそうな人だね」
「……うん」

ニコニコなんて可愛らしい擬音をつけるような笑顔じゃないし、ニコニコして優しくて可愛いのは名字さんの方だ……そう思ったけど口に出すことはできなかった。


***


翌日、ソウヤは朝から異変を感じていた。
いつものように「おはよう」と声をかけると、彼女は挨拶だけ返して早々に自分の席についてしまった。休み時間や昼休みに何度か目が合ってもよそよそしく逸らされてしまうし、何より今日はまだお菓子を貰ってない。

「名字さん……!」
「!」

何か気に障るようなことをしてしまったのかとたまらなく不安になったソウヤは、放課後教室を出て行こうとする彼女を引き留めた。

「ごめん、オレ……え、ど、どうしたの!?」
「ご、ごめんなさい……!!」

理由はわからないまま謝ろうとすると、振り返った彼女が涙目だったものだから尚更わけがわからなくなった。逆に深々と頭を下げられて、ソウヤの手が行き場なく空でわたわたと動いた。

「私、ずっと勘違いしてて……アングリーくん……」
「!」

彼女がか細い声で振り絞ったのはソウヤの正しいあだ名だった。どこかでソウヤのあだ名がアングリーであることを知ったらしい。同じクラスになって1ヶ月が経つ。そもそも隠し通せるはずがなかったのだ。

「名前間違えるとか最低だよね……本当にごめん」
「そんなことないよ!!」

間違えられてること自体ソウヤは全然気にしていない。訂正せずに「ハングリー」であり続けたのは紛れもなくソウヤ本人だ。

「だったらオレの方が最低だよ」
「アングリーくんは優しいよ」
「間違いを訂正しなかったのは、名字さんからのお菓子が欲しかったから……だし……」

ソウヤが訂正しなかったのは、「ハングリー」でなければ彼女からお菓子をもらえなかったから。しかしそれは文字通りの空腹が理由ではない。

「……というか、名字さんに声をかけてもらえるのが嬉しくて……」
「!」

彼女との接点ができるのなら何でも良かったのだ。その事実を告げたソウヤの顔は言い逃れができないくらいに赤く染まっていた。
ここまで言われたら余程の鈍感でなければ察するものがある。同じくらいに頬を染めた彼女はおずおずとバッグの中から小さなラッピング袋を取り出した。

「あの、今日はクッキーを焼いてきたんだけど……」
「食べる!!」

彼女にとっても「ハングリーくん」はただの口実に過ぎなかった。ソウヤのために焼いたクッキーは市販の物のように綺麗でも甘くもなかったが、美味しいと食べてくれるソウヤのおかげで彼女の時間も想いも全てが報われた気がした。


ナホヤが次にふたりを見かけた時、彼女はソウヤのことをあだ名ではなく名前で呼ぶようになっていた。



( 2022.3.1 )

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