「私達そろそろ結婚するべきだと思う」 この言葉を三ツ谷に伝えるのは何回目になるだろう。会う度に言ってる気がする。唐揚げにレモンを絞りながら「はいはい」と受け流す三ツ谷の反応もいつも通り。もはやこれは私たちの挨拶のようなものになっていた。 別に本気で三ツ谷と結婚したいというか、結婚してもらえるなんて思ってるわけじゃない。ただ、三ツ谷は結婚する相手としてはこれ以上ないスペックを備えてるとは本気で思ってる。仕事もできるし家事もできるし女心もわかってるし優しいし顔が良いし妹ちゃんは可愛いし……と、理由を挙げたらキリがない。こんな優良物件がフリーの状態で私なんかと居酒屋の個室にいるのが信じられない。絶世の美女とオシャレなバーでオシャレなカクテルを飲んでいても何も不自然じゃないのに。 「あれ、私梅きゅうり頼んだっけ?」 「いつも食ってるから適当に頼んどいた」 「はあ……三ツ谷本当結婚してほしいわ」 私の好みのつまみまで理解してくれてるなんて、もう愛でしかないんですけど。アルコールの入った頭は三ツ谷実は私のこと好きなんじゃないのといいように錯覚してしまう。考えるだけは自由だ。 「結婚はまあいいんだけどさ……」 「エッいいの!?」 初めて私の戯言が話題に昇格した。三ツ谷さらっとすごいこと言ってるの気付いてるのかな。こんな私を嫁に貰ってくれるって正気?女の私から見ても私とは結婚したいと思わないのに。 「オレはそこに至るまでの過程も楽しみたいんですけど」 「へっ、え!?」 ジョッキに添えていた左手をとられてぎゅっと握られた。私の指の間に三ツ谷の指が挟まってる。親指を優しく撫でる手つきがいやらしくて、なんだか変な気分になっちゃいそうだ。 「……意味通じてる?」 失礼な、お酒は飲んでいても会話はちゃんと成立するもん。結婚までの過程とは恋人としての期間のことで、そこを楽しみたいってことはつまり私と付き合いたいって言ってるように受け取っちゃうんだけど、この解釈は果たして合っているんだろうか。 「いやいや、冗談でしょ?」 「本気だよ」 「ちゃんと絶世の美女と比べた?」 「はは、うん比べた」 「絶対嘘じゃん」 笑いながら適当に答えられてムッとした。ちゃんと比べてから言ってよ、じゃないと後悔するのは三ツ谷の方なんだから。出かかった文句も、真剣な表情でじっとり見つめられたら喉に詰まって飲み込むことになってしまった。 「み、見ないで」 「何で?」 「ドキドキするから」 「嬉しい」 何で嬉しいのバカなんじゃないの。居た堪れなくて握られた左手をもぞもぞと動かしたら逃がさないと言わんばかりに更に強い力で掴まれた。絡み合った指が更に密着する。瞬間、個室の外から聞こえる中年男性の笑い声もオーダーを通す店員さんの声も気にならないくらい、私の五感は三ツ谷に支配されてしまった。 「こういうのを積み重ねてからの結婚じゃね?」 容赦なく追い討ちをかけてくる三ツ谷のせいで心臓が煩い。あまり飲んでないのにいつもよりアルコールがまわってる気がする。くらくら、する。 「心臓が持たないので、結婚からお願いします」 「何でそうなるんだよバカ」 prev top next |