「そんじゃ、オレ帰るから」 「帰っちゃうの……?」 深夜0時、私の部屋。立ち上がった堅の服の裾を掴んで引き留めた。渾身の上目遣いで見上げてみても堅の表情は変わらない。それでもこの手は放したくなかった。 堅への片想いを募らせて3年くらいになる。出会った時は飲めなかったアルコールをこうやって一緒に飲める仲にはなったものの、実のところ私達の関係は何も変わっていない。 見込みのない恋だと割り切ろうと思ったこともあった。でも、どうしても諦められなかった。堅の特別な女の子になりたい。あの優しい笑顔で抱きしめてほしい。 私は堅が口を開く前に立ち上がって抱きついた。 「やめとけって。後悔すんぞ」 「しない」 「絶対する。酔いすぎだ」 「酔ってない」 良識のあるお説教なんて今は聞きたくない。中途半端に優しくするんだったら突き飛ばしてくれた方がマシなのに。堅は突き飛ばすわけでも私の背中に腕をまわすわけでもなくただただ冷静に佇んでいた。 「今日の下着も口紅も、堅のために選んだの」 「……」 「堅に触れてもらわないと、意味がないの」 さり気なく引いた堅の腰をぐっと抱き寄せて胸を押し付ける。今日を境に二度と会ってくれなくなったとしても、絶対に決着をつけるって決めたんだ。 「はあ……」 「!」 私の全力の拘束は堅が溜息をつくのと同時にあっけなく解かれてしまった。一瞬感じた男性の強い力にドキっとしたのも束の間、肩に担がれてベッドまで移動させられた。ギシッと音が鳴るくらいに乱雑に降ろされて期待と心拍数が高まる。堅に抱かれるなら同情でも何でも良かった。 「寝るまでそばにいてやるから」 しかし私に覆い被さったのは堅の身体ではなく今日干したばかりの布団だった。干した布団の匂いは好きだけど、今は堅の香水の匂いが名残惜しい。ベッド脇に座る堅を横目で睨んだら眉を下げて笑われた。その顔好き。悔しい。 「ばか。いくじなし。どーてー」 「童貞じゃねーし」 「むかつく」 「はいはい」 全部、私が初めてだったらよかったのに。もっと早くに出会ってたら堅は私のものになったんだろうかと、不毛なタラレバに思いを馳せた。 「ずっと、堅だけ……好き、なのに……」 まるで子供を寝かしつけるかのように優しく、堅の大きな掌が私の頭を何度も往復する。その温もりと一定のリズムが心地よくて目を細めていたら私の意識は簡単に夢の中へと落ちていった。 「今度シラフで会ったら、オレも伝えたいことあるから」 夢の中の堅がそんなことを言ったような気がした。思わせぶりな言葉なんか要らないから咬みつくくらいのキスをちょうだいよ、ばか。 *** 翌朝、いつも通り鳴ったスマホのアラームで目を覚ますとテーブルの上にはポカリとパンが置かれていた。とても何か食べられる気分じゃないはずなのに、私の胃は正直にぐぅと音をたてる。 堅への気持ちも飲み込んだら消化してくれるかな。ありえないことを思いながら炭水化物を口に詰め込んだ。 prev top next |