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千冬と朝ちゅん



 
「おはよ」
「……!?」

まどろむ意識の中で近くする想い人の優しい表情と声色は、一瞬夢の続きを見ているのかと錯覚させた。
昨日のことはよく憶えている。高校の時から想い続けている先輩と偶然街で会って一緒に飲みに行くことになったんだ。友達に頼まれて参加した合コンが最悪だったと、名前さんは愚痴とお酒が止まらなかった。「もうやめた方がいい」と何度も忠告したが聞く耳を持たず、泥酔した名前さんをオレの家で介抱することになった。
そして翌朝、目を覚ますと名前さんがオレの隣で横になっていたというわけだ。

「昨日は大変ご迷惑をおかけしました」
「ちょ、名前さん!?」

名前さんはゆっくり上体を起こすと正座して頭を下げてきた。名前さんも昨日のことは憶えているみたいだ。
一応弁明しておくと、決して手は出していない。少なからず下心があったことは認めるけど、昨夜の名前さんはとにかく辛そうで手が出せるような状態じゃなかった。水を飲ませたり背中をさすったりと、文字通り「介抱」に徹していたからいやらしいことは一切していないと断言できる。ジーンズのウエストから垣間見える下着から何度目を逸らしたことか。
でも何でベッドに寝かせたはずの名前さんが床で寝たオレの隣にいたんだろうか。あの優しい表情で寝顔を見られていたのかと思うと恥ずかしかった。

「お礼をしたいんだけど何がいいかな?何でもいいよ」
「マ、マジすか……」

何でもいいと言われて無意識に喉が鳴った。こういう時、よく漫画では「キスでもしてもらおうかな」みたいに迫る展開があるけどそれは漫画だから許されるものだと理解しているし、名前さんはオレが手玉に取れるような人じゃないことも知っている。

「じゃあ、日曜日映画とかどうですか?」
「……」

いくつか出てきた欲望に譲歩を重ねつつも、オレなりに攻めた要求をしたつもりだった。名前さんの返事はない。照れるとか、そういう反応もなくじいっと見つめられる。その視線が何を訴えているのかはオレにはわからない。デートがしたいってのは行き過ぎた要求だったんだろうか。

「キスは、いらない?」
「!?」

他の案を探すオレに名前さんがとんでもないことを言ってきた。変わらずオレを捉えて離さない視線に冗談の色は見えない。甘い雰囲気を醸し出すその小さな唇に吸い込まれそうになるのを必死に我慢して、前のめりになった名前さんの肩を丁寧に押し返した。

「キスは……付き合ってから……!」

好きな人とのキスはちゃんと順序を踏んでしたいし、告白だってオレからちゃんとしたい。僅差でオレの理性と男としてのプライドが勝ったものの、絞り出した声からはキスの見礼を断ち切れてないのがバレバレだった。

「わかった。日曜日楽しみにしてるね」

オレの隠れた要求までもを汲み取ってくれた名前さんはそれ以上何も言わずに頷いた。

日曜日、オレと名前さんの関係が変わる。思ってもみなかった急展開に心臓がこれでもかというくらい騒いだ。

「あー……」

名前さんを見送った後、オレはベッドに顔を埋めてしばらく動けなかった。




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