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一虎と朝ちゅん



 
恋人にフられた。
いや、正確には直接フられたわけじゃない。会社の飲み会帰りに女とホテルへ入っていくのを目撃してしまった。
百歩譲って相手の女がキャバクラのお姉さんだったらまだ許せた。でも現実は無慈悲だ。何で、よりによってユウコなの。大学からの友人として紹介して、一緒にバーベキューしたりカラオケに行ったりもしていた。いったいいつから関係を持っていたのか、そんな気持ちで私の惚気を聞いていたのか……腹が立つより怖いと思った。
二次会には参加せずさっさと帰って撮り溜めしたドラマを見ようと思っていたのに、とてもそんな気分にはなれず一人慣れないバーに入り度数の高いアルコールを流し込んだ。

「……邪魔なんだけど」
「タケシ……?」
「違う」

どうやってここまで来たのかも憶えていない。気付いたら知らないアパートの玄関先に座っていて、知らないお兄さんに声をかけられていた。

「帰る場所が無いの」

彼の存在があちこちに散らばってる家になんか帰りたくない。とにかく今は何かに縋りたかった。ぼんやりとした視界に映るお兄さんは無機質な瞳で私を見下ろしていた。


***


「お兄さんかっこいいね」
「水飲んだら帰れよ」

お兄さんはこんな怪しい女を家の中に入れてコップ一杯の水を与えてくれた。明るい照明の下で改めて見るとかなりかっこいい人だと遅れて気付く。冷たい水と美形のおかげでだいぶ気持ちも落ち着いてきた。

「帰りたくないって言ったら抱いてくれますか」
「……無理」

今頃友人と熱い夜を過ごしているであろう彼への当てつけをしたかったのか、ただ単にかっこいいお兄さんに惹かれたのかはわからない。人生で初めてこんな大胆なお誘いをしたのにあっけなく撃沈してしまった。そりゃそうだよな、涙で化粧が落ちた顔を想像して自嘲する。

「……自暴自棄になるには早ぇんじゃね」
「え?」
「話くらい聞いてやるよ」

自分のコップを片手に私の隣に腰を下ろしたお兄さんに、軽率に恋に落ちそうになった。


***


「申し訳ありませんでした!!」

翌朝。すっかり正気を取り戻した私は事態の深刻さを理解して、寝ぼけ眼のイケメンに人生初の土下座をした。
見ず知らずのお兄さんの家に一泊してしまった。いかがわしい事実は無かったにしても自分の顔面偏差値も弁えずに誘ってしまった恥ずかしい過去は取り消せない。こんなヤバい女の身の上話に付き合ってくれるなんて優しすぎないか。敬意の念を込めて見上げたら「女の土下座は見てらんないからやめろ」とドン引きされた。あ、はい。

「もうヤケ酒すんなよ」
「はい……」

洗面所で最低限の身だしなみだけ整えさせてもらって玄関先まで見送ってもらった。
どうせだったらもっとマシな出会い方をしたかったな。普通に出会ったところでこんなイケメンとどうこうなる未来なんて想像できないけど。

「酒飲みたくなったら連絡して」
「え?」

連絡先なんて知らない。きょとんとお兄さんを見上げたら手の甲をトントンと叩いていて、自分の手を見てみたらマジックでアルファベットの羅列が書かれていた。

「!」

ハッと視線を戻した時にはもう扉は閉まっていた。何なのずるい。
恋人の浮気現場を目撃した翌日、私は名前も知らないお兄さんに恋をした。




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