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04



 
あの日「ヤキモチなんかじゃない」というツンデレのテンプレワードを戴いたわけだけど、まだまだ付き合える程一虎くんの好感度は上がっていないと弁えている。何より一虎くんの心が恋をしようとする気持ちを閉じ込めてしまっているような気がする。
そんな一虎くんに少しでも私のことを意識してもらえるように、今日も私はペットショップに寄るのだ。

「あれ、千冬は?」
「今日休み。場地は出先から直帰」
「ふ、ふーん」

しまった、口実にしている千冬との雑談ができないうえに場地くんもいないなんて。今までは全然気にしなかったけど好きだと自覚した今、一虎くんとお店にふたりきりは緊張する。

「ごめん私邪魔だよね、帰るよ」
「は? 手伝ってけよ」

あまりあからさまにアプローチしても引かれるだろうし、そもそも私は自分からぐいぐいいけるタイプではない。そそくさと帰ろうとしたら一虎くんに引き留められて締め作業を手伝わされた。いやまあ、好きな人とふたりきりの空間は嬉しいけれども。月末処理とか手伝ったこともあるけれども。
従業員じゃないのに、なんて小言を言いつつも満更ではない私がいた。一円にもならない業務をこなした後には、好きな人が家まで送ってくれるというご褒美イベントが待っているからプライスレスである。

「最近聞いてこねーけど何もねーの?」
「あ、うん、ないかな」

19時にお店を閉めて帰路につくのは19時半。千冬がいたら気軽にご飯に誘えたのになあと思いながら、お腹が音を立てないように気を張った。今までは私の恋愛相談で話題は絶えなかったけど、一虎くんに恋をしている今話題はめっきり減ってしまった。何も聞かないのはあなたのことを好きになっちゃったからだよ……なんてセリフも、私が絶世の美女だったら自信を持って言えたかもしれない。

「……連絡とかもとってねーの?」
「え、うん」

やけに探ってくることに違和感を感じた。どうして私が他の男の人と連絡をとってるかが気になるんだろう。それって、一虎くんも私のこと好きなのではとか、勘繰っちゃうんだけど。
チラリと一虎くんの横顔を盗み見る。照れるわけでもなくおどけるわけでもなく、真剣な表情で前を見据えていた。長い睫毛にスラッとした鼻筋。整った造形に見惚れる私を、タートルネックから垣間見えた黒い刺青が調子に乗るなと牽制してきた。

「ちゃんと戸締まりしろよ」
「うん」

その後も特に会話が盛り上がることもなくマンションまで送り届けてくれた。一虎くんはポケットに手を入れたまま、私がエントランスの内ドアを閉めるまで佇んでいた。
部屋に入ってカーテンを閉めるついでに外を覗いてみる。一虎くんは近くの電柱に寄りかかってスマホを弄っていた。時間があるんだったらあがってけばいいのに。電話してみようかと思ったところで一虎くんと窓越しに目が合って、「寝ろ」と言われたのがわかった。そんなやりとりにさえきゅんとして、「おやすみ」とだけ連絡を入れてカーテンを閉めた。


***


その3日後、一虎くんとデートすることになった。いきなりの急展開にまだ夢見心地だ。私から誘ったわけじゃない。会話の流れで今度ひとりで映画を観に行くって言ったら「オレも行く」と言われて、こうやってふたりで歩いている。
やっぱり両想いなんじゃないのかなと、浮かれる気持ちを抑えられない。そんな私の浮ついた気持ちはわかりやすく見た目に現れている。気合を入れて清楚めのワンピースを着てネイルもしてみたのに、特に触れてはもらえなかった。それどころかデート中の一虎くんは心ここに在らずって感じで、映画もガン寝していた。

「ちょっとトイレ行ってくる」
「おー」

楽しくなさそうなのに、どうして一緒に来てくれたんだろう。ちょっと一虎くんがわからなくなってきた。


***(一虎視点)


最初に異変を感じたのは月曜日。ひとりで店の締め作業を任された日だった。外から店内をじっと見つめる男がひとり。日中ショーウィンドウの中の犬や猫に視線を向ける通行人は多いけど、閉店間近、空になったそこをじっと見ている男の姿は異様だった。悟られないように少し観察してみれば、その視線が名前を追っていることに気がついた。
ひとりで帰ろうとした名前に締め作業を手伝わせて念のため送っていったら、その男は後をつけてきやがった。名前は気付いていない。おそらくどこかで引っ掛けたストーカー野郎だろう。
その後、いつもの何でもない会話の中で今度ひとりで映画に行くと聞いて、千冬に事情を説明して同行するために休みを貰った。平日の夕方。少しずつ学校帰りの学生や仕事終わりの社会人などが増えてきた。今のところそれらしい姿はない。取り越し苦労ならそれでいいんだ。
映画を見終わった後、トイレに行くと言った名前がなかなか戻ってこない。特に混んでいないトイレに10分もかかるのはウンコだとしても長すぎる。不安と苛立ちが積もっていく中、名前から電話がかかってきた。

「一虎くんごめん、偶然友達に会ってご飯行くことになったから、ここで解散で」
「……そっか」

その言い訳は無理がありすぎると逆に呆れてしまった。そういうことならその友達とやらを連れて直接言えばいいし、晩飯適当に食ってくかと話していた矢先にその約束を断るようなことは名前はしないはずだ。

「大丈夫なんだな?」
「……うん」

声が震えてんだよアホ女。


***(夢主視点)


「やっとふたりきりになれたね……」

トイレから出たところで私の進路を遮ったのは、1回デートして一虎くんにやめろと言われた公務員の男の人だった。2回目のデートは丁重にお断りして、それから連絡はとっていなかった。なんとなくヤバい雰囲気を感じ取って後ずさると腕を強く掴まれて、一虎くんに電話して帰らせるようにと脅された。

「名前ちゃんと行きたいところがあるんだ」

怪しくにっこりと笑った男性は、私に大きめのストールと帽子を被せてきた。これじゃあ一虎くんの視界に入ったとしても、パッと見で私だとはわからない。
私が招いたトラブルに一虎くんを巻き込みたくないのに、心のどこかでは助けを求めていた。怖い。この辺では大きめのショッピングモール。人はそれなりにいるけれど、「助けてください」と叫んだところで瞬時に動いてくれる人は果たしているだろうか。買い物を楽しんでいる学生や親子に危害が及んでしまうかもしれない。そう思うと声が出せなかった。

「す、すみませ……!」

男性に手を引かれるまま俯いて歩いていたら人と肩がぶつかってしまった。反射的に謝ると「走れ」と耳元で囁かれた。大好きな人の声とピアスの鈴の音が鼓膜を揺らした瞬間、視覚で確認するよりも先に足を動かした。
夢中で走ってしばらくして振り返ると、男性は一虎くんの足元に倒れていた。


***


あの後、すぐに警備員の人が駆けつけてくれて男性は警察に連れていかれ、私と一虎くんは2時間ほどの聴取を受けてひとまず帰宅となった。ただ好きな人と映画を観に来ただけなのに、すごく疲れた。気合を入れて履いた高めのヒールはもはや足枷でしかない。早く家のベッドに寝転がりたい。

「……ごめん」
「謝んなくていいから」

あんなことがあったにも関わらず、隣を歩く一虎くんはいつもと変わらない。そんな一虎くんの様子にまた救われた気がした。
事情聴取の時、私を襲った男性がストーカー行為をしていたと一虎くんが証言していた。男性が私のあとをつけていたことを一虎くんが事細かに説明するのを聞いて、あの日家まで送ってくれたのも、今日一緒に映画に行くと言ったのも私を護るためだったんだと遅ればせながら理解した。一虎くんの言動の真意を知って、舞い上がっていた自分を恥ずかしく思う反面、一虎くんを好きだと思う気持ちは膨らんでいく一方だった。

「あの時何で私だってわかったの?」

夜風に当たってだいぶ落ち着いてきて、気になっていた疑問をぶつけた。あの時私は帽子とストールを被せられていた。俯いていたから顔もよく見えなかったと思う。なのに何で一虎くんは私だって確信を持てたんだろう。

「……爪」
「!」

普段私はあまり凝ったネイルはしない。でも今回は一虎くんとのデートが楽しみすぎて、久しぶりにお店でちゃんとやってもらった。仕事中に黒と黄色で彩られた爪を見てはニヤニヤとしてしまって、お局のおばちゃんに「彼氏できた?」と勘繰られる程だった。
今日一日一切ネイルには触れられなかったから、やっぱり男の人は気付かないものなんだと思っていたのに。ちゃんと見ててくれたんだ。

「好き」
「……は!?」

気付いたら一虎くんへの気持ちは溢れて私の口からこぼれていた。



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