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03



 
最近名前が相談してこなくなった。連絡はほぼ毎日取り合ってるけどどうでもいい内容ばかりだし、店に来る頻度も減ってきた。たまに来たかと思えば千冬と雑談だけして帰っていってしまう。

「あいつマイキーに惚れたのかな……」
「……さあ」

考えられる理由とすれば相談する必要がなくなった……つまり彼氏ができたってのがひとつ。でも彼氏ができたんだったらオレに報告がないのはおかしい。一応いろいろ世話を焼いてやったわけだから一言くらいあっていいはずだ。
もうひとつはオレには相談しにくい人物に恋をしてしまった……つまりマイキーに惚れてしまったんじゃないかという可能性。この前マイキーが店に来た時やけに興味を持っていたし、名前の惚れっぽい性格を考えればありえないことじゃない。

「あ、外にいますよ」
「!」

千冬に言われて店のショーウィンドウ越しに外を見ると、マイキーと名前が立ち話してるのが目に入った。穏やかな表情のマイキーと、口元に手をあてて上品に笑う名前。いったい何の話をしているんだ。オレの前では大口開けて笑うくせに、何猫被ってんだよ。ていうか、この前会ったばっかなのにもうふたりで談笑できる仲になってんの?は?

「!」

ふたりの様子をガン見していると、ふとマイキーとガラス越しに目が合った。反射的に逸らしたくなるのをグッと堪えて視線を返す。すると微かに口角を上げたマイキーが腰を曲げて、名前に耳打ちをした。瞬間、名前の顔がぶわっと赤くなる。
嫌だ、見たくない。耐えられなくてガラスに背を向けて、特に乱れてもいない棚の陳列を整えることに集中した。

「お邪魔しまーす!いやー、なんか今日暑いね!」
「……暑くねーし」

1分も経たないうちに店の入り口のチャイムが鳴った。赤い顔を手でパタパタと扇ぐ名前にツッコミを入れる。名前の顔が火照ってるのはきっと気温のせいじゃない。そもそも今日はそんなに暑くねぇし。
オレのツッコミは都合が悪かったのか、名前は何を言い返すわけでもなくいつものように千冬と雑談を始めた。内容は大学の同窓会に行くか行かないか。千冬が仕事で行けないと答えると名前も「じゃあやめようかな」と言ったのが聞こえて内心よしと頷いた。同窓会なんて行ったらまたろくでもない男を引っ掛けてくるに違いない。これ以上オレの気苦労を増やさないでほしい。

「一虎くん今日早番ですよね、ついでに名前送ってやってください」
「……おー」
「えっ、いやー悪いね、あはは……」

9月も後半。日が落ちるのもだいぶ早くなってきた。暗いとは言っても門限のある子どもじゃあるまいし、18時代に社会人の女性を送る必要性があるのか。その辺の常識的なものは青春時代を年少で過ごしたオレにはよくわからないけど、オレは千冬の提案を断らなかったし名前も遠慮しなかった。

「……」
「……」

今までみたいに名前が色恋沙汰の相談をしてこない今、何を話せばいいのかわからなくて変な沈黙が続いた。いつもは気にならない、コンビニ前で屯する中高生カップルが視界に入って鬱陶しく思った。
青い歩行者信号が点滅を始める。小走りすれば間に合うのに、名前は立ち止まって神妙な面持ちで口を開いた。

「一虎くん、あのさ……」
「マイキーはやめとけ」

気付いたら名前の言葉を遮っていた。丸くなった瞳が隣からオレを見上げてくる。
もちろん名前にちゃんとした彼氏ができるように協力してやりたいっていう気持ちに嘘はない。マイキーがちゃんとしてない奴だと言ってるわけでもない。ただ、マイキーが名前のことを好きになるとはどうしても思えなかった。報われない恋に落ち込む姿は見たくないし応援もしたくない。それに……マイキーが背負ってきたものを名前が知った時、変な気を遣わせたくない。決してオレの自分勝手な都合じゃなくて、名前のことを思ってこその意見だ。

「私マイキーくんのこと好きじゃないよ?」
「……え?」

予想外の返答に気を取られて信号が変わったことに気付けなかった。名前に「青になったよ」と促されてようやく一歩を踏み出す。

「ちょっと前にね、助けてもらったんだー」

混乱するオレに対して名前は間延びした声で話し始めた。なんでもオレと出会う少し前に、DV男と揉めてるところを通りすがりのマイキーに助けてもらったらしい。今日店の前で話していたのはその件のお礼で、マイキーは覚えていなかったんだと名前は説明した。
それを聞いても安心できなかった。そんなことがあったのなら尚更、惚れやすい名前はマイキーを好きになってんじゃねーの?

「顔赤くしてたくせに」
「それは……ていうか、一虎くんもしかして……や、やきもち……?」
「……は?」

ヤキモチ?んなわけねーじゃん。そんな否定の言葉がすぐに出てこなかったのは、確かに自分の言動を振り返ってみてそう捉えられても仕方ないと思ってしまったからだ。何だよ、「安心できなかった」って。名前がマイキーに惚れてなかったら安心するってことかよ。意味わかんねぇ。名前のそわそわと見上げてくる視線がとてつもなくウザい。

「ちげーよバーーーカ!」

大通りであるにも関わらず、オレは大きめの声で否定した。


***(夢主視点)


男の人に「バーカ」と吐き捨てるように言われたのはいつぶりだろう。馬鹿といっても本気で貶されたわけじゃなくて、小学生が好きな子に対して素直になれなくて言っちゃうような、可愛らしい暴言だった。
必死の形相で否定した一虎くんを思い出してはニヤけてしまう。今日の私は口元がゆるゆるだ。さっきウーロン茶をうまく飲めず溢してしまったのもきっとそのせいに違いない。

「ごめん千冬」
「ん?」

翌日、私はどうしてもこの昂った気持ちを聞いてほしくて、休日を満喫していた千冬を近くのファーストフード店に呼び出した。

「私、一虎くんのこと好きになっちゃった」
「……何で謝んだよ」

最初に謝ったのは、一虎くんと知り合って間もない頃に千冬に「念のため言っとくけど、一虎くんはやめといた方がいいよ」と言われていたから。お前なんかが一虎くんレベルのイケメンと付き合えるわけがないっていう忠告かと思ったら違くて、その理由……一虎くんが過去にしたことを簡単に教えてもらって納得した。
中学生の時に場地くんを刺して、20歳まで少年院に入っていた……事実だけ聞くと関わってはいけないヤバい人だとほとんどの人が判断すると思う。私もその話を聞いてすぐはビクビクしていたけど、実際に私の目に映る一虎くんは普通の男の人だった。
いつも友達に適当に流される私の話を全部聞いてくれる、優しい人。多少めんどくさそうな感じはするけれど。そして一虎くんがしてくれるアドバイスは確かに的を射ていたし、私のことを考えてくれてるんだと伝わってきた。そんな人が犬や猫のお世話を一生懸命してる姿を見て、惚れるなっていう方が無理だと思う。もちろん顔面の良さも相まって、2週間くらい前に明確に一虎くんのことが好きだと自覚した。

「名前がちゃんと見て決めたなら文句ねーよ」

忠告を破ることになってしまった私に千冬は優しく笑ってくれた。きっと千冬も、過去に人を傷つけた一虎くんのことを一緒くたに『悪い奴』だとは見なしていないはず。場地くんも、マイキーくんだって同じだと思う。
私がこの目で見た一虎くんは、誰が何と言おうと周りの人に愛される魅力がある、素敵な男性だ。



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