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02



 
「名前にありがとうって伝えてって言われたんだけど何かあったんすか?」
「……」

千冬に聞かれて昨日のことかとすぐにわかった。
名前と出会ったのは2日前。なんとなくバイクを走らせてなんとなく立ち寄った海でタックルをかまされた。字面だけ見るとヤバいけど、波の中に佇むオレを見て自殺するんだと勘違いしたらしい。まあ、そう思われても仕方ない状況だったとは自分でも思う。それにしてもタックルはやりすぎだと思うけど。ついでに自分の悲惨な恋愛事情まで暴露された。今思い返しても笑える。
その翌日、閉店30分前に押しかけてきた千冬の知人がオレにタックルをかましてきた女と同一人物で、こんなことがあるのかと驚いた。名前と呼ばれたその女は千冬の大学の先輩で、今は地方銀行で働いているらしい。成り行きで一緒に飲みに行ったらまあそこそこ楽しくて、居酒屋を出る頃にはお互いによそよそしさはなくなっていた。仲良くなったって言うよりかは気を遣うような相手じゃないってわかったからだ。
名前が街コンで彼氏あわよくば未来の旦那ゲットするって意気込んでた翌日……つまり昨日、夜の街で男と並んで歩く名前を見つけた。いい男が見つかったのなら何も言うことはないが、パッと見た感じ見過ごせるような雰囲気ではなかった。明らかに男の方は名前の身体目当てだってのがひしひしと伝わってきた。
しばらく観察していると案の定強引に誘われてるのがわかった。名前が千冬の友人である限り見過ごすことはできない。簡単に追い払うことはできたけど、むかつくのはオレが割って入る少し前に名前が抵抗を緩めたことだ。何絆されそうになってんだよ。こんな男に抱かれて後悔しないわけねぇじゃん。

「あいつ昔からあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「こう……チョロいというか……」
「あー……」

千冬の質問には答えず質問で返した。千冬はオレの言いたいことがなんとなくわかったようで、名前の恋愛遍歴を簡潔に教えてくれた。チャラ男に浮気男に金目当て……見事なラインナップだった。

「なんつーか、あいつは人間根っからの悪はいないって考えてて……」

つまり昨日の夜も今までも、ろくでもない男を信じて付き合ってきたってわけか。自暴自棄になってたわけじゃなくて本当にわからなかっただけだったのか。

「……アホじゃん」
「アホなんすよ」

思っていた以上のアホさ加減に呆れた。極端な話、よく今まで生きてこれたと思う。相手が冗談通じないヤバい奴だったら今頃どうなってたかわかんねーぞ。

「千冬ー、客ー」
「あの、今日は一虎くんに……」
「一虎?」

そんな話をしていたら得意先の外回りから帰ってきた場地が名前を連れてきた。店の前をウロウロしていたらしい。場地は昨日休みだったからオレと名前に面識があることを知らない。千冬ではなくオレに用があると聞いて目を丸くした。

「昨日は本当にありがとうございました」
「別に……」
「それで、あの……」

名前は改めてお礼を伝えると、頬をほんのり染めてもじもじし始めた。まさか、と嫌な予感がした。自分の顔の良さは自覚している。そして名前はきっと惚れやすい。もし昨日の一件がきっかけで好意を持たれてしまったんだとしたら面倒くさい。

「今度この人とデートしようと思うんだけどどう思う?」
「は?」

名前から見せられたのは男とのトーク画面だった。オレが心配したようなことにはならないようだけど、これはこれで面倒くさいと思った。


***

 
「この人は?けっこういい感じだと思うんだけど」
「ダメ。女に暴力振るいそう」

名前と知り合って1ヶ月が経つ頃、オレはいつの間にか名前が気になった男が大丈夫な奴かジャッジする役目になっていた。名前は閉店の数分前にやってきては男とのトーク画面を見せてきてコイツはどうかと聞いてくる。まあ、相談されること自体は別にいいんだけど、何でこの女はこうもダメ男ばかりを引いてくるんだろうかと心底不思議に思う。

「一虎くん私に恋人できてほしくないの?」
「マジでろくな男いないの何なの?名前呪われてんの?」

この短期間で名前が聞いてきた男は3人。一人目は会社の他支店から転勤してきた後輩。「絶対私のこと好きなんだよね」と自慢げに言っていた。確かに文面にはハートマークが乱用されてるし、何なら「好き」とか「可愛い」とかすげー言ってたけど、典型的なタラシ男でしかない。絶対名前の他にも同じことを言ってる女がいると忠告してやった。
二人目はマッチングアプリで出会った32歳の男。「モノを運ぶだけの簡単なバイトあるんだけどどう?」と勧誘していた。多分やばい事に足突っ込んでる。
そして今回、三人目は前回の街コンで知り合った別の男。話を聞く限りきちんとしていてちゃんとした職にもついてるけど、なんとなく文面が高圧的に感じた。女はこうあるべきだ、みたいな思い込みがチラホラ見えて、付き合ったら面倒臭そうだし最悪暴力を振るう可能性もあると思った。

「ていうか一虎くんよくダメな人わかるね」
「そりゃあ……」
「一虎くんがろくな男じゃないからっすよね」
「……うるせー」

千冬がからかうように言ってきたことは事実だから否定できない。実際世間から「ろくでもない」と言われるような奴らとつるんでいたし、オレ自身も最低な人間だと自覚している。

「ふーん……かっこいいのに勿体ないね」

千冬はオレのことを名前に話したんだろうか。いや、話していたらこうやって相談してきたりなんかしないか。いくら名前がアホのお人好しでもオレの過去を知ったら軽蔑して離れていくに決まってる。

「お、マイキー」

BGMを消した店内に来店の鈴が鳴った。マイキーの姿を見るのは久しぶりだ。

「あれ、お客さん?」
「コイツのことは気にしなくていいっすよ」
「あ、はいお構いなく〜」
「場地迎えに来ただけだから。連れてっていい?」
「どうぞ。あと締めるだけなんで」
「悪いね」

今日はパーちんの家で飲み会をするって場地が言ってた。お前も来るかと誘ってくれたけどまだ一緒に酒を楽しむことはできないと思って断った。

「わりーな。一虎と千冬も来るかぁ?」
「オレはちょっと用あるんですみません」
「オレも……いいよ」

改めて誘ってくれた場地の優しさが胸をチクリとつつく。
兄貴を殺して場地を刺したオレをマイキーは許してくれた。場地も今まで通りに振る舞ってくれている。他の奴らも普通に話しかけてくれるけど、どうしても以前のように接することはできなかった。

「ねえ、今の人誰?」
「……教えねぇ」
「何で!」

場地を連れていったマイキーの背中を見送った後、名前に聞かれた。マイキーはいい奴だ。腕っぷしの強さだけじゃなくて生き方とか考え方とかオレを許してくれた器の大きさとか、かっこいいと思うし尊敬もしている。
マイキーのことを知ったら名前なんて簡単に落ちるだろう。だから教えなかった。マイキーはいい奴だしかっこいいけど、好きになっても待ってるのは険しい道だと思う。どの口が言うんだって感じだけど、ストッパー役として名前が苦しむような恋はしてほしくないと思った……ただそれだけだ。



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