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01



 
親からも友人からも男を見る目がないとずっと言われ続けてきた。
初めて彼氏ができたのは高校2年生の時。誰彼構わず告白するような人で、30人目の私で告白成功、そして1ヵ月で「やっぱ好きじゃない」と言われた。2人目の彼氏は大学のサークルの先輩。私は付き合ってると思ってたのにただの遊びだったらしく「彼女面するな」と言われた。社会人になって合コンで知り合った人と付き合った時はなんか怪しい壺を買わされそうになった。そして一昨日別れた街コンで出会った人には勝手にカードを使われていた。職場の銀行窓口でご年配に振り込め詐欺の注意喚起をしてるくせに笑える。

「……」

心の中で自嘲しても表面では全然笑えなかった。例え世間でクズと呼ばれるような男だったとしても確かに好きだったんだもん。優しくしてくれて、楽しかった思い出だってあるんだもん。笑い話として話せるようになるにはまだ時間が足りない。
嫌なことや辛いことがあった時、私は海を見ることにしている。視界に収まりきらない広大な海は人間のちっぽけな存在感を知らしめてくれる。決して静かではない波の音はやがてざわざわと落ち着かない心音と同調しているかのように聴こえてくる。慰めとか、そんな優しいものじゃないけど、夜の海は私の時間を少しだけ早めてくれる気がするのだ。

「……!」

砂浜に座って波打ち際に落としていた視線をふと上げてみたら、波の中に人の脚が見えた。その脚はどんどん海の中へ向かっていく。え、うそ、これやばいのでは……?

「だ、だめですーーー!!」
「!?」

私はとにかく無我夢中で走って海に佇むその人にタックルをかました。ふたりして波の中に倒れてビシャビシャになってしまったけど命に関わる深さじゃない。

「ダメですっ、自殺なんて!」
「は……」
「何があったかは知りませんけど、私なんて彼氏に勝手にカード使われてたり二股かけられたりしてました! でも人生楽しいです!!」

薄暗くて顔はよく見えないけど雰囲気で美人さんだとわかった。もしかして私みたいに恋愛関係で傷心してしまったんだろうか。少しでも励ましになればと思って自分の身の上話を叫んだ。こんなことがあった私でも時間が経てばまた新しい恋愛をしたいと思ったし、くだらないことで笑える日々を過ごせている。何があったかは知らないけど自殺だけは絶対にしちゃダメだ。

「フッ……あははは!」
「えっ」
「自殺じゃねーし」
「!?」

自殺じゃなかったうえに男の人だった。


***


「千冬ぅぅぅ」
「どーしたまた振られたか」
「そうだけどもうそれはもうどうでもいいの!」
「あっそ」

翌日、この気まずさと恥ずかしさがぐちゃぐちゃに混ざったワーッとした気持ちを千冬にぶちまけた。

「つーか店閉めた後にしろよ」
「あと30分じゃん。お客さんいないの確認して来たよ」

千冬は同じ大学の同じゼミの後輩で、今は都内でペットショップを経営している。タメ口なのは私のナメられやすさというかフレンドリーさの賜物である。
ペケJショップはちょうど職場から家までの帰り道にあるから仕事終わりに寄りやすい。一応お客さんには配慮したし、なんだったら締め作業手伝うからとにかく話を聞いてほしかった。

「昨日さ、海辺に人がいて自殺すると勘違いしてタックルかましちゃった……」
「うわ……」
「しかも女の人だと思ったら男の人だった……」
「うわあ……」

昨日の出来事を簡潔に話したらドン引きされた。素直な反応をしてくれて全然構わない。別にアドバイスは求めてるわけじゃないし聞いてほしいだけだから。ただこのもどかしい気持ちを誰かに話すことで発散したいだけだから。

「女だと思われてたのかよ」
「!?」

千冬のデスクの近くの椅子に座って話していたら視界の端にモップが映った。聞き覚えのある声だと思って視線を上げていくと、長い髪を後ろでひとつにまとめた顔立ちの良い男性が私を見下ろしていた。はっきり顔は見えてなかったけど、雰囲気で昨日タックルをかましてしまったその人だとわかった。

「え、一虎くんだったんすか?」
「千冬の彼女?」
「何故ここに!?」

お店のエプロンをしてるからここの従業員ということになる。場地くんは知ってるけどこんなイケメン雇ってるなんて聞いてない。
三者三様にはてなマークを浮かべてカオスな空間が出来上がったため、とりあえずこの後3人で飲みに行くことになった。


***
 

「あーー……」

朝起きたら頭がグラグラして再びベッドに倒れ込んだ。二日酔いだ。昨日はいつもよりお酒が進んでしまった自覚がある。千冬に話を聞いてもらいたくてペケJショップに押しかけたら海でタックルしてしまった人がいたんだもん、仕方ない。
名前は一虎くん。同い年だった。最初こそ今まで関わってこなかったタイプの美形にドギマギしていたけど、お口がなかなか悪かったり食べ方綺麗じゃなかったりで親近感が湧いて、一晩でフランクに話せる程度には仲良くなれた。ていうか彼は多分敬語使えないタイプだと思う。
酔っ払ってだらしない姿を見せてしまった気もするけどそれはお互い様だろう。一虎くんもハイボールぶちまけてたし帰る頃には千冬にウザ絡みしていた。

「起きるかー……」

再びうとうとしてきた頃、8時にセットしたスマホのアラームが鳴った。二度寝してはいられない。今日は街コン、勝負の日なのだ。


***


今日の街コンは彼氏にフられて傷心の私を見かねて友達が誘ってくれた。男性は公務員限定という縛りがある街コンで、公務員だったらなんか大丈夫そうという安易な考えで応募した。
公務員と言っても幅は広いようで警察の人とか消防の人もいて、色んな話を聞けて面白かった。いいなと思った人は友達とカップル成立したから結果的には収穫は無かった。わかる、優子ちゃん可愛いもん。現実なんてそんなもんだ。知ってた。

「あの、名字さんこの後暇かな?」

ひとり寂しく帰ろうとした私に声をかけてくれたのは、一番最後にお話した区役所で働く2つ年上の鈴木さんだった。最後に話したってことで記憶に新しい。黒髪短髪の塩顔男子でトークも面白かった。特に断る理由もないし、とりあえず私は鈴木さんとご飯に行くことにした。
鈴木さんとのお食事は終始楽しかった。年上ということもあって私よりいろんなことを知っているし、私の上司や元彼への愚痴にも相槌をいっぱい打って付き合ってくれた。22時くらいに「そろそろ帰らなきゃだよね」と切り上げて、お会計も当たり前のように払ってくれた。鈴木さん、いい人かも。

「駅こっちですよー」
「名前ちゃん酔ってるでしょ?このまま電車乗るのは危ないからちょっと休憩してかない?」

居酒屋を出た後、鈴木さんは駅とは反対方向に私を誘導した。優しい提案のように聞こえるけどこの場合の「休憩」が何を意味するか、わからないほど鈍くも子供でもない。
どうしよう。確かに鈴木さんはいい人だと思うし一緒にいて楽しかった。でもなんていうか、そういうことは想像できない。今日初めて会った人だし。

「あの、そういうのはちょっと……」
「いやいや、名前ちゃんもそのつもりだったでしょ?」

そんなつもり微塵もありませんでしたが。ワンナイトOKの女に見えてたのかな。心外だ。

「後悔させないからさ」

本当に?このまま鈴木さんについていってセックスをして、後悔しないだろうか。私くらいの年齢だったらワンナイトから始まる恋ってのも別に珍しくはないと思う。友達からもたまに聞くし、ドラマとか漫画でもよくあるし。
最後にしたのはいつだっただろう。前の彼氏は完全にお金が目的だったからそういうことは一切していなかった。大事にされてるんだなんて勘違いしてたっけ。
せっかく忘れていた元カレのことを思い出してしまった。鈴木さんに身を任せたら、綺麗さっぱり忘れさせてくれるんだろうか。

「ダッセェ誘い文句」
「なッ……」
「!」

私と鈴木さんの空間に冷めた声が割って入ったのと同時に、リンと小さな鈴の音が聞こえた。一虎くんだ。誘い文句がダサいなんて明らかに喧嘩を売ってるようなセリフに、温厚な鈴木さんも眉を顰めた。しかしそれだけで何を言い返すわけでもなく、「また連絡するね」と去っていってしまった。一虎くんの顔面の良さに気圧されたんだろうか。

「あ、ありがとう」
「あんたさぁ……自暴自棄になってんの?」
「!」

自暴自棄……になったつもりはないけど、確かに鈴木さんに絆されそうになっていたのは事実だった。元カレのことを思い出して何かに縋りたいと思ってしまった。きっとそれは鈴木さんじゃなくても良かったんだろう。

「ろくな男じゃないことくらいわかるだろ」
「一虎くんはわかったの?」
「ケツばっか見てた」

全然わからなかった。ていうか一虎くんは私と鈴木さんをいつから見てたんだろう。

「えっと……」

昨日は千冬がいたから楽しくおしゃべりできてたけど、こうやって対峙すると改めて顔の良さを認識してもじもじしてしまう。周りのお姉さま方の視線が一虎くんをチラチラ見てるのが私でもわかる。かっこいいもんな。もしかして、一虎くんが私の寂しさの穴を埋めてくれるって言うんだろうか。え、どうしよう。

「……じゃあな。まっすぐ帰れよ」

僅かな期待を込めて見上げたら逸らされてしまったし送ってもくれなかった。ですよね。まっすぐ帰れよって、昨日千鳥足だった一虎くんに言われたくない。とりあえず今日はハーゲンダーツを食べよう。



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