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松野千冬



 
「お〜」
「それ美味しいの?」
「ん、飲んでみろよ」

夕飯を外食した帰りに寄ったスーパーで千冬が衝動買いしたのはよく買うシリーズのチューハイ。新しい味を見つけた時は必ずチェックしてる気がする。今回買ったのはパピクルワサー味というやつで、名前だけ聞いても何味かはよくわからない。千冬から受け取った缶に口を付けるとなんだか懐かしい味が広がった。子供の頃によく飲んだ乳酸菌飲料のような、そんな味。不味くはないけどとにかく甘かった。一口だけ飲んですぐに自分のレモンサワーで口直しをした。

「そういえばアメちゃん飼い手見つかったんだね」
「おー……ぐすっ」

私が勝手に名付けたアメちゃんというのは千冬の店にいたアメリカンショートヘアの猫ちゃんのことだ。今日店まで千冬を迎えに行った時チラっと見たらショーケースが空になっていた。

「ううう〜……幸せになれよぉ〜〜」

アメちゃんはとても人懐っこくて、でもたまにそっけなくて、千冬もたくさん可愛がっていた。経営者として飼い手が見つかったことは喜ばしいことなのに、千冬はテーブルに項垂れてめそめそと泣き始めてしまった。アメちゃんの幸せを願いつつも涙が止まらないその様はまるで娘を嫁に送り出した父親みたい。

「そろそろやめときなよ」
「嫌だ、今日はとことん飲むって決めたんだ」
「でももう限界でしょ。千冬は弱いんだから」

千冬はそこまでお酒に強くない。少なくとも私よりは。アメちゃんのことがあったからか、珍しく今日はラーメンと一緒に生ビールを頼んでいた。今飲んでるチューハイがいくら度数3%でもこのまま飲み進めるのは危険だ。

「オレは弱くねぇ」

ずいっと迫ってきた千冬の顔は明らかに赤くなっていて目は焦点が合っていない。

「はいはい、わかってるから……」
「いーやわかってねぇ」

千冬の肩を押そうとした両手を掴まれて床に押し倒された。背中が痛い。普段できてる気遣いができない程度には酔っ払ってるみたいだ。

「ちょっと千冬」
「オレは弱いんだろ?」
「そういう意味じゃ……」

千冬は抵抗してみろよと言わんばかりに、起き上がろうとする私を強い力で押さえ込んできた。「弱い」ってそういう意味じゃない。力で敵うわけないじゃん。押し返すのを諦めた私を千冬は満足そうに見下ろして、ぺろりと舐めた唇を私に落とした。

「ん」
「っ、はあ……」

何度も重ねて離れてを繰り返した後、ぴったりとくっついて口の中を蹂躙される。舌を奥に隠しても意味はなく、すぐに千冬の舌に絡めとられてしまった。角度を変える時にできる僅かな隙間で息をするのがやっとで、お互い酸素が足りない脳で求め合った。くらくらする。欲しい。

「名前がその気にさせたから、責任とって」
「……最初からそのつもりだったくせに」

今日はそういうつもりでご飯に誘ったくせに、私のせいにするなんてズルい人。もちろん責任はとってあげるけど。


( 2022.11 )

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