1月。保育士資格試験の合格通知が来てひとまず安堵した。合格したことをまず両親に報告した後、無意識に三ツ谷くんとのトーク画面を開いていた。今までのトーク履歴を見返していると会いたいという気持ちがどんどん膨らんでいく。私の気持ちはもう否定できないところまで昂ってしまっているみたいだ。 三ツ谷くんが好き。ていうか三ツ谷くんに迫られて落ちない女なんていないと思う。気がかりなのは、それが私でいいのかって話だ。 元ヤンだけど怖くない人だとはわかった。夢に向かって地道に頑張ってるのも知ってる。私が知らない三ツ谷くんの魅力は花垣くんから嫌という程聞いた。 「……!」 いくら考えたところでこのぐちゃぐちゃな気持ちが整然とすることはない。とりあえずは資格試験に合格したことを伝えようとスマホを手に取った瞬間、三ツ谷くんから電話がきた。 「合格したよ」 『! 連絡こねーから心配したじゃん。おめでと』 「ありがとう」 挨拶を省いて真っ先に結果を伝えると、三ツ谷くんは優しい声で祝福してくれた。 今日が合格発表の日だと憶えていてくれたこと、私の合否を気にかけていてくれたことが嬉しい。こういうことの積み重ねで、私は三ツ谷くんのことを好きになったんだ。そう思うと少しだけ自分の気持ちに自信が持てたような気がした。 『今から会えない?』 声が聞きたい時に電話をかけてきてくれて、会いたいと思った時に会おうと言ってくれる三ツ谷くんはエスパーなんじゃないかと、最近よく思う。 スマホの向こうで笑う三ツ谷くんの顔を直接見たい。断る理由なんて無かった。 待ち合せ場所は家の近所の公園。小学生ぶりに来た気がする。昼間とはなんだか雰囲気が違っていて、パンダかアザラシかもわからない古びた遊具がなんともいえない怪しさを放っている。 私が到着した時、既に三ツ谷くんはベンチに座っていた。三ツ谷くんの家からは遠いはずなのに何で私より先にいるの。電話をかけた時、いったいどこにいたの。疑問に思ったことはいろいろあったけど聞くのは野暮な気がしてやめた。 「これ、合格祝い」 「え……ありがとう」 私の姿を確認して立ち上がった三ツ谷くんから小さな紙袋を受け取る。中に入っていたビニールのラッピングに包まれていたのはハンドクリームだった。 「……何で私の欲しい物わかるの?」 「この前言ってたし」 毎年この季節は手の乾燥に悩まされる。確かにそんなことを言ったような気がするけど、何でそんなことまで憶えていてくれるの。 「すげー悩んだよ」 「え?」 「本当はネックレスとか身に着けるものあげたかったけど重いと思われたら嫌だし」 よく見たら渡された紙袋には、妹ちゃんの誕生日プレゼントを買いに一緒に行った雑貨屋さんのロゴが入っていた。ああいう可愛いお店に行くの、一人じゃ抵抗あるって言ってたのに。どんな顔でこれを選んでくれたんだろう。そもそも、私の合格を信じて前もって用意してくれてたってことになる。そう思うとまたぶつけどころのない気持ちが溢れてきた。この小さなプレゼントひとつでこんなにも心が揺さぶられるなんて。この中身がネックレスだったとしても、極端な話チロルチョコだったとしてもきっと同じ気持ちになっていたに違いない。 「改めて言うけどさ……」 「!」 「名字さんのこと本気で好きだから、信じてほしい」 三ツ谷くんが本気だということはその言葉からも視線からも、そして何より今までの言動からひしひしと伝わってきた。 私も三ツ谷くんのことが好き。三ツ谷くんにとって特別な女の子でありたい。答えはとっくに出ていたはずなのに、すぐに頷けなかったのは覚悟ができてないからだった。 「オレと付き合って」 少し待ってほしいのに三ツ谷くんの言葉は止まらない。ついにこの瞬間がやってきてしまった……私はこの告白にイエスかノーかで答えなくちゃいけない。 頷いていいんだろうか。何人かと交際をしてきて、付き合うことがゴールじゃないことは理解してるつもりだ。恋人になった後、私は三ツ谷くんに幻滅されないだろうか。付き合っているうちにかっこいい三ツ谷くんと吊り合わないことが辛くならないだろうか。私達はまだ21歳。いつか訪れるかもしれない別れが、怖い。 「名字さん」 「!」 次々と出てくる不安要素に頭を支配されていると、三ツ谷くんの手が私の両頬を優しく包んで上を向かされた。どんより暗くなっていた視界に三ツ谷くんの顔が映って一気に明るくなる。その瞬間、頭のてっぺんからつま先まで、三ツ谷くんを好きだという気持ちでいっぱいになった。 「名字さんの気持ちを教えて」 まるで子供に言い聞かせるように言われた。その優しい表情と声色に涙が出そうになった。三ツ谷くんはきっと全部受け止めてくれる。こんなうじうじした私とも真正面から向き合ってくれる、優しい人。 三ツ谷くんが好きだと言ってくれている私を肯定したい。三ツ谷くんを好きだと思った自分の気持ちを大事にしたい。 「好き……!」 気が付けばその二文字が溢れていた。言葉では足りない分は触れ合った体温から伝わればいい。三ツ谷くんの背中にまわした腕に、今まで募らせてきた想いをぎゅっと込めた。 「やーっと言った」 三ツ谷くんは胸元にある私の頭をぽんぽん、と優しく撫でた。 三ツ谷くんが好き。言ってしまえばあっけなくて、少し冷静になると三ツ谷くんの心音が聴こえてきた。その速さを感じて、伝えて良かったと心から思った。 「……キスしていい?」 「だ、だめ」 「2回目は聞かない」 「え……!」 2回目ってどういうこと。その質問を口にすることは出来なかった。 ■■ 閲覧、応援コメントありがとうございました! ( 2021.11 ) prev top next |