05
それから学校で何回か名字さんとすれ違ったけど、例の事件のせいでなんとなく気恥ずかしくていつも挨拶だけで終わってしまう。
でも今日は見逃せなかった。
「名字さん…!その腕……」
ある日、名字さんの腕に包帯が巻かれているのを見た。
聞いてみると転んだ時に擦りむいてしまったんだと恥ずかしそうに話してくれた。
なんでも、昨日の帰り道急に突風が吹いてバランスを崩して土手へ転がり落ちたんだとか。
昨日はいい天気だったし風も大人しかった。そんなバランスを崩してしまうほどの風が吹くわけがない。
きっと妖の仕業だ。あの子どもの妖だろうか…。
タチの悪いいたずらをするだけだと思っていたけど、実際に怪我をさせてしまってるとなると放っとけない…。
今日は名字さんを家まで送ることにした。先生が聞いたらまたおせっかいだと怒られそうだ。
「でね、うちのおばあちゃんってば昔ヤンチャしてたみたいで…」
…伊倉名字さんはお喋りだと思う。
学校からここまでいろいろなことを話してくれた。それは主にクラスでの出来事だとか名字さんのおばあさんのことか。
話してる時の名字さんはすごく楽しそうでにこにこしていて…こっちまで笑顔にしてくれる。
「あ、夏目くん見て!あの木の上…」
「え……!?」
見てと名字さんが指差したその先には、一本の木……そしてその上に乗っている鎌を持った妖怪……多分、この前のヤツだ。
いやそれよりも今は何で名字さんが……今までの様子からして見えてないはずなのに……
「燕の巣がある!」
「………」
…ああ、そっちか……。
「ひな鳥がすごく鳴いてる。どうしたんだろう……」
「ッ、ダメだ名字さん近づいちゃ…!!」
『美味そうな人間が2人…』
「!!」
「夏目くん!?」
木の枝に座っていた妖が腰を上げたのを見て、おれは咄嗟に名字さんの腕をつかんで走った。
「はぁっ、はぁ……」
無我夢中で走っていたらいつの間にかニャンコ先生が封印されていた神社まで来ていた。
あの妖の気配はしない。どうやらまけたみたいだ。
「つ、疲れた……急にどうしたの?夏目くん…」
「う、うわあごめん!!」
ふと振り返ると息を切らして不思議そうにおれを見つめる名字さん。
おれは慌ててつかんだままだった名字さんの左腕を離した。
しまった……またやってしまった……!急に腕をつかんで走り回って……名字さんはどう思っただろうか…。
変だと…気味が悪いと、思っただろうか…
「……夏目くんって面白いね。」
「…え?」
「久しぶりに全力疾走したなー!」
何を、言ってるんだ?
急に腕をつかんで意味もわからないまま走りまわさせた相手に「面白い」って……
名字さんは気持ち良さそうにうんと腕を伸ばして、またにっこり笑った。
「夏目くん、葉っぱ付いてる。」
「あ……」
名字さんの手がおれの髪を掠める。
その時撫でられたような錯覚を感じて、その感触は……ひどく心地よかった。
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