06
『各クラス急いで整列してください。』
アナウンスの「急いで」なんてみんな無視で、ダラダラと適当に並んでいく。
今日はなんか進路講話っていうので、どっかの塾の先生が来て話しをしてくれるらしい。2年になるとこういうの増えるんだよなー。ぶっちゃけめんどくさい。だって1時間も何もしないで体育館の床に座ってるなんて逆に疲れる。まあ大半は寝てんだけどな。かくゆう俺もその1人だ。
「あ!」
「あ……」
「もしかして隣?」
「うん、そうみたいだね。」
自分の定位置に腰を下ろすとその隣に名字がいた。そっか、隣のクラスだもんな。ラッキー。
「寝ると思うけどよろしく。」
「ふふ、こちらこそ。」
実際名字が隣にいたら寝てらんないだろうけど。
「高瀬くんは進路考えてる?」
「うーん……まだあんまり。とりあえず行ける大学行って親安心させないとだな。」
「そっか。」
前回の模試の結果を見せた時「県立じゃなくて私立でもいいからどっかに入ってくれ」とため息混じりに言われた。いい加減志望校くらいは決めとかないととは思ってる。でも俺の頭で行ける大学なんかあるんだろうか。
「野球はやらないの?」
「んー……今んとこあまり考えてない。」
「……そっか。」
「それに俺、和さん以外のバッテリー考えらんねーし。」
「……」
「……今のは普通に尊敬する先輩としてだからな!?」
この前利央に「準さんと和さんっておしどり夫婦みたい」って言われたのを思い出して必死に弁解した。俺は普通に和さんを尊敬してんのにそう思われるのは心外だ。ましてや名字にまでそんなこと思われたら俺もうダメかもしれない。
「ぷっ……」
「え?」
「あははっ」
途端に笑い出す名字。なんかよくわかんないけど可愛い。
「そんなのわかってるよ……?高瀬くんおもしろいなあ。」
どうやら今の俺の弁解が名字にはウケたらしい。確かに今考えるとおかしいことを言ったかもしれない。これも全部利央のせいだ。今日しごいてやる。
「でもいいよね、そういうの。おしどり夫婦みたい。」
「夫婦はおかしいだろ!?」
利央に言われんのはまぁムカつくだけだけど、名字に言われるとリアルに落ち込む。
「信頼し合ってるねってことだよ。」
「そりゃどーも。」
そう言ってくれればまあ、普通に嬉しいんだけど。
「なあ、名字は……」
『口を閉じてください。』
「……また後で。」
「うん。」
進路講話が始まる時間がきたらしく、アナウンスが流れたと同時に周りが静かになっていった。さすがにこの静かな中喋る神経はないから、名字の進路聞こうと思ったけど仕方なく会話を止めた。タイミング悪すぎだ。
塾の先生が勉強について語ってはや20分。いつもなら長く感じるけど今日はやけに短く感じる。もう20分も過ぎたんだ。
それは隣にいる名字のせいだ。せいって言うとなんか名字が悪いみたいだが名字は何も悪くない。なら俺が悪いのかって聞かれるとそれも違うと思う。
とにかくすごく緊張する。だってじっとしてると名字のにおいがしてきて、今どんな顔してんのかすっげー気になるけど見れなくて、俺汗臭くねーかって不安に思って……雑念だらけだ。話は全然入ってこない。
つーか、俺の恋は見込みあるんだろうか。
名字って恋愛に関してはいまいちよくわかんねーんだよなあ。誰かと付き合ってたことはある……よな。高2だもんな、そりゃいるよな……俺だってまあいた。そう思うとなんだか気が滅入ってくる。生きてりゃ恋人の一人や二人ごく普通のことなのに。名字が誰かとデートしたりキスしてたりっていうのを考えるとやっぱヘコむ。たとえ終わったことでもヘコむ。
いやそれ以前に今彼氏いるのか?全然そういう話聞かないから知らないけどどうなんだろ。クラスの男子とは仲良いのかな。絶対狙ってる奴いるだろ。
考えれば考えるほど不安になる。いい加減やめよう。そして寝よう。
カクンッ
「!?」
視界の端に入っていた名字の頭がいきなり勢いよく下がった。
カクンッ
また落ちた……更には座りながらにしてフラフラ不安定に揺れている。
寝てる……?うわ、めちゃくちゃ可愛いんですけど……!名字が目を閉じてるのをいいことに心置きなく見られる。
きっと昨日も遅くまで先輩達へのアルバムを作ってたんだろうな。練習の時間だけじゃなく休み時間や昼休みも野球部のために使ってくれてるなんて頭が上がらない。今度昼休みに手伝うって提案してみよう。そもそも俺らの先輩なわけだし。他の1,2年にも伝えよう。名字と2人きりになれないのは残念だけどここは全員でやるべきだと思う。
まだお友達でいい。とりあえず今は夏大に集中したいし、告白するのはもう少し先だ。それまでにポイントを上げとく。
「!?」
そんなことを考えてたら、名字の体が俺の方に傾いてきた。反射的にそれを受けようとしたけど名字の体は俺に支えられることなく定位置に戻っていった。
惜しい……!俺にもたれてくれればよかったのに。とは思ったもののもし本当にそうなったらいろいろとヤバそうだ。
「!?」
「ちょ、ちょっと名前!」
そんな俺の馬鹿な期待を名字は裏切らなかった。裏切らなかったんだけど……
「ごっごめん澤口くん!」
「い、いや全然!」
そっちじゃない……そっちじゃダメなんだ名字……!ある意味ものすごく裏切ってる。
ちくしょう鼻の下伸ばしやがって……わかりやすいんだよ澤口!話したことないけど!俺だったらもっと顔緩んだだろうけど!
「恥ずかし……たっ、高瀬くん、見てた……!?」
「いや……」
「よかったー。」
いつもなら名字の目を見て話すのに見れなかった。声もちょっといつもより低かったかもしれない。
名字は何も悪くない。俺が勝手にヤキモチ妬いてるだけなのに嫌な態度をとってしまった。自分のガキっぽさが嫌になる。
「そういえば、さっきの何だったの?」
「……さっきのって?」
「ほら、始まる前に何か言いかけたじゃん。」
「ああ……」
結局1時間の講話中、俺は悶々とした時間を過ごした。
さっきのと言われて一瞬ピンとこなかった。確か名字の進路聞こうと思ったんだけど……なんかもういいや。
「昼休みもアルバム作ってんだろ?手伝うよ。」
「! ありがとう!」
今日の昼休みだけ、2人きりを堪能させてもらおう。
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