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「とうちゃーく。」
「……」
名前ちゃんの住むアパートまで着くと、名前ちゃんはよろよろと荷台から降りた。
あはは、ちょーっとスピード出しただけなのにねぇ。でもやっぱりこうでもしなきゃ名前ちゃん、俺に触ってくれないしね。
本当に怖かったのか、予想以上にくっついてくれたし。胸当たってたこと気づいてるのかな?
「あ、あの…ありがとうございました…。」
一応お礼は言うんだ。顔は全然感謝してないけどね。律儀だなぁ。折角だし、もうちょっといじめちゃおうかな。
「喉かわいたなー」
「!」
「んー……久しぶりに運動したから疲れちゃった。」
「……」
これみよがしに肩をぐるぐると回してみるとわかりやすくおろおろする名前ちゃん。
ああ、やっぱり君は俺の期待を裏切らないよねぇ。
名前ちゃんは優しいけど、流石に苦手な男を家に上げるのはどうだろう?
「え、と……あの…お茶でも…」
「いいの?」
「は、はい…。普通のお茶でよければ……」
「もちろん。嬉しいなあ。」
どうやら苦手意識より義理の方が優先されるらしい。つくづく、損な性格してるよねえ、名前ちゃんって。
「あ、あの、紅茶でもいいですか…?」
「うん、いいよ。何か手伝おうか?」
「結構です!」
あはは、そんな力いっぱい拒否しなくてもいいのに。じゃあお言葉に甘えて大人しく座っていよう。
名前ちゃんの家は普通の大学生の一人暮らしって感じだ。キッチンがあってお風呂があってトイレがあって、リビングがある。学生にはこれだけあれば十分。
カーテンはオレンジで、ベッドはピンクかぁ。名前ちゃんらしい色だなあ。ベッドには大きめの熊のぬいぐるみが転がっている。
「ど、どうぞ……」
「ああ、ありがとう……って、何で立ってるの?」
「お、お気になさらず…」
名前ちゃんはカップを俺の前の机に置くと、自分はまたキッチンの方まで戻って立ったまま紅茶を飲んでいる。ここは名前ちゃんの家なのにおかしいなあ。
「この紅茶美味しいね。」
「! 静雄さんから、もらったんです…。」
とりあえず少しでも警戒心を和らげてあげようと当たり障りのないことを言ったら効果抜群だったようで、
名前ちゃんは嬉しそうにシズちゃんのことを語った。…うん、紅茶が少しまずくなった。
「名前ちゃんってさ、シズちゃんのこと好きなの?」
「えっ……」
名前ちゃんとシズちゃんは仲良し。その理由については調べてある。シズちゃんの方に恋愛感情は無いみたいだけど、名前ちゃんはどうなのかな?
「静雄さんは、優しくて、かっこよくて、強くて……いい人です…!」
……名前ちゃんの目が未だ嘗てない程輝いてる。酷いなあ、俺と話してる時はそんな顔してくれないのに。
まあ、名前ちゃんのシズちゃんに対する思いは尊敬とか憧れとかそんなんなんだろうな。
「……折原さんは…、」
「ん?」
「静雄さんのことが嫌い……ですか?」
「うん、大嫌いだよ。」
珍しく名前ちゃんが俺に話しかけてくれたかと思えばシズちゃんのこと。
折角聞いてくれたことだし、正直に答えたら名前ちゃんは言葉に詰まってしまった。
大体俺がシズちゃんを好きか嫌いかを聞いてどうするつもりだったんだろうね。
「し、静雄さんは本当にいい人なんです…!そりゃあ、人より少し力が強いかもしれませんが…、だからこそ、人を守れる、強い人で…」
「プッ……アハハハハ!!」
そしてしどろもどろ、シズちゃんの魅力を語り出した。
ああ、本当面白いなあ名前ちゃんは。俺がいくらそんな話を聞いたところで反吐が出るだけだっていうのに。
「俺はシズちゃんが大嫌いだ。」
「っ……」
飲み終わったカップを机に置いて立ち上がる。名前ちゃんが一歩後ろに下がった。
「でも人間を愛してる。世界中の人間……そう、シズちゃん以外のね。」
「………」
「その中でも名前ちゃん……君は特別だ。」
「…!?」
少しずつ距離を縮めて玄関先まで来た。
もう逃げ場はないから、俺と名前ちゃんの距離は縮まるばかり。名前ちゃんは肩をすくめて、大きな目にたっぷり涙を溜めている。そんな目で見つめられたら余計いじめたくなっちゃうじゃないか。
「笑わせたい、怒らせたい、泣かせたい……名前ちゃんは色んな感情で俺を満たしてくれる。」
「や……」
ここでキスしたら、名前ちゃんはどういう反応をしてくれるのかな?吃驚して動けなくなっちゃうかな?平手打ちが飛んでくるかな?それとも……
「……紅茶ありがとう。またね。」
名前ちゃんに嫌われるのは嫌だなあ。
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