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12

「な、ない……!?」


翌日、名前は自転車の鍵が無いことに気がついた。










そう、自転車の鍵を盗んだのは俺だ。
だってせっかく名前ちゃんの家に行ったんだ、タダで帰るのは勿体無いだろう?
名前ちゃんは家から大学まで自転車で通っている。大体20分くらいかな。地下鉄を使えば10分くらいで行けるのに、わざわざ自転車を使ってる理由……十中八九、満員電車に乗りたくないからだよね。
名前ちゃんは極度の男性恐怖症みたいだから、知らない男の人と体が密着するのなんて耐えられないんだろう。
でも、毎週火曜日は1限から授業。しかも必修で単位を落とせない教科だ。そんな大切な授業に遅刻するわけにはいかないよねェ?
俺の期待通り、名前ちゃんは駐輪場でしばらく固まった後、意を決したように駅に向かって歩いていった。



平日の朝8時は通勤通学のピークだ。
日本ならどこに行ってもその事実は変わらないけど、ここまで人が多いのは東京だからこそだよねェ。スーツケースを持ったサラリーマンに、スカートを短くした女子高生……老若男女、いろんな人間が集まる。
これほど面白い場所が他にあるだろうか。いや、ない。だから俺はここが好きなんだ。
…っと、それは置いといて、名前ちゃんは………ああ、早くも構内で行き詰ってるみたいだね。隣を男の人が通るだけでビクビクしてる姿は小動物の様だ。可愛いなァ。


やっとの思いで構内に入って、やっとの思いで切符を買って、やっとの思いで列に並んで……一本乗り過ごしちゃったけど、うん、名前ちゃんにしてはよく頑張ったじゃないか。
さあ……ここからが最大の難関だ。電車が来て、人の波に流されて電車の中に押し込まれる名前ちゃん。
俺は隣の乗車口から塁ちゃんが見えるギリギリの場所を確保した。名前ちゃんの周りは誰が仕組んだわけでもないのに、男の人が囲んでいた。
もちろん顔を青くする名前ちゃん。でも電車はもう発車していて逃げ場はない。名前ちゃんは唇を噛み締めて恐怖に耐えている。ああ、その顔たまらないなァ…。


「……!!」


名前ちゃんの表情が更に強張った。大きな目にたまっていく涙は瞬き一つで零れてしまいそうだ。普段からオドオドしてる名前ちゃんだけど、流石に様子がおかしいと思ったら……痴漢だ。後ろの男の手が塁ちゃんのスカートの中に入っている。
滅多に乗らない電車で痴漢に遭うなんて……名前ちゃんも運が悪いなァ。
れにしてもこんなシチュエーション……俺の期待以上だよ。だから人間って面白い。
さて、名前ちゃんはどうするかな?


「っ……」
「………」


名前ちゃんは俯いてしまって表情が見えない。でも、身を縮ませて震えているのはわかる。そんなに怖いなら抵抗すればいいのに。そういう態度が男を煽るってわかんないのかなァ。
案の定痴漢は、名前ちゃんが抵抗しないのをいいことに、手をもぞもぞと動かし続けた。
簡単だろ、「この人痴漢です」って言えばたとえ無実だろうと逃れることはほぼ無理なんだから。なんで名前ちゃんが泣いて震えてまで我慢する必要があるのさ。


「この人痴漢でーす。」
「!!」


気がついたら俺は痴漢の腕を掴んでいた。













「っく……うう……」


大学の一つ手前の駅の公園のベンチで泣く名前ちゃん。かれこれ10分くらいかな。
痴漢は俺が証拠映像とともに駅員さんに渡したから今頃警察の方に引き渡されているだろう。
それにしても……泣き止まないなァ……。これじゃあ俺が泣かしてるみたいだ。慰めようにも、男の俺が頭を撫でたところで余計泣かしちゃうだけだろうしなぁ。さっきから子連れの奥様方の視線が痛いんだよねェ…。


「何か飲み物買ってくる…」
「っ…!!」


視界の端に自販機を見つけたから飲み物でも買ってこようと立ち上がったら、名前ちゃんに服を掴まれた。
何かと名前ちゃんを見れば、潤んだ瞳で懇願するように見つめてくる。


「あ、の…っ……行かないで…ください……!」
「…!」


潤んだ瞳に震えた声でそう言われたら断れる男はいないと思う、うん。
だって男性恐怖症の名前ちゃんが、男の俺に対して「傍にいてほしい」って願ってるわけだろ?これほど優越感を感じることはない。
今だって服の端だけど、名前ちゃんから俺に触れてくれたのは初めてだ。少しは頼りにされてると思っていいのかな?それってすごく気分がいいなあ!


「怖かった?」
「………はい…」


俺の服を握る名前ちゃんの手を包み込むと、ピクリと肩が動いたが拒絶はされなかった。小さくて細くて白い、女の子の手だ。


「……学校、間に合わないね。」
「……はい…。」


隣に座る名前ちゃんとはまだ拳3個分くらいは距離があったけど、大分近づけたんじゃないかな。






end≫≫
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