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13

「はあ……」
『どうした夏目、陰気くさい顔して。また妖にでも絡まれたか。』
「………はあ…。」


ニャンコ先生が言った通り、今日、体育が終わった後変な妖に絡まれた。
でもそれはおれにとっていつものことで、もう流石に慣れてしまっている。妖に絡まれたぐらいでここまで落ち込みはしない。
問題はその場面を名字さんに見られたっていうことだ。田沼と一緒にノートを運んでいるようだった。
気付いたときにはもう遅くて……バッチリ見られていた。眉間に皺が寄っていた。絶対に変なヤツだと思われた。
そう思われることにも慣れていると思っていたのに、相手が名字さんだと胸が痛い。
まあ……変なヤツだと軽蔑しておれに近寄らなくなれば、名字さんが妖に狙われることもなくなる。そう考えると良かったのかな…。


ピンポーン


「……はーい!」


家のインターホンが鳴って、塔子さんはおれと入れ違いで買い物に出かけたことを思い出した。


「こ、こんにちは……。」


玄関を開けると、名字さんと……小熊がいた。










「えっと……」


とりあえずおれの部屋に入ってもらったけど……どうしよう…。というか、どんな状況なんだ、コレ。
名字さんの隣には相変わらず小熊がいる。背筋を伸ばしてきちんと正座している。ペット……なわけないよな……


『夏目さま!僕の名前を返してください…!』
「………は!?」


思わず大きな声を出してしまった。
だって、名前を返してくださいってことはつまり、こいつは妖ってことだろ?何で名字さんと一緒に?それ以前に名字さんにもこいつが見えてるのか?


「あの、私はよくわからないんだけど、この子の名前を返してもらえないかな…?」
『名前…!』


間違いない、見えているんだ…。
でも何で……今までの名字さんを見る限り彼女には見えていなかったはずなのに…。
急に見えなくなったり、急に見えるようになったりするって聞いたけど、それなのか?


「夏目くん…?」
「……あ…うん、名前は返すよ。お前の名前は?」
『ありがとう!僕はヒヅキ。』
「わかった……」


友人帳を取り出してハッとした。
名前は返してやりたい。でも、名字さんの目の前でやっていいのだろうか…。
もちろん名字さんが友人帳を悪用しようとか考える人じゃないことはわかる。
でも、友人帳のことは今まで誰にも話したことがないから……


「その前に名字さん……その……妖が見えるのか…?」
「えっと…ね、はっきり見えたのはこの子が初めて…かな…」
「え…じゃあ以前はボンヤリと…?」
「ううん、全く。この前…、夏目くんが紙をくわえてこう…フーってやってるのを見ちゃって…」
「!」
「ご、ごめんなさい、覗き見するつもりじゃなかったんだけど、夏目くんの悲鳴が聞こえたから…。その時は一瞬だけ夏目くんの正面に変なのが見えて…。あと、今日は夏目くんと話してるのがボンヤリと……。」


どうやらおれが妖に名前を返しているところを見ていたらしい。
もしかしてそれがきっかけで見えるようになってしまったのか…?それってつまり、おれのせいで……


『夏目さま…名前……』
「あ……ああごめん、返すから。」


小熊が不安げな声をあげた。とりあえず詳しい話は名前を返してからにしよう…。
おれは友人帳の1ページを口にくわえ、両手を合わせた。


「ヒヅキ―――君に返そう、受け取ってくれ。」










「………」
「………」


気まずい……。
名前を返し終わると、ヒヅキはとても嬉しそうにはしゃいで、おれの手を握ってブンブン振り回した後帰っていった。
部屋にはおれと名字さんと……ニャンコ先生は寝ている。居心地の悪い沈黙が続く。


「あの……夏目くんは、妖怪が見えるんだね…。」
「あ………うん。」


どうしようかと考えていると名字さんが先に口を開いた。
ここまで来て隠すわけにもいかない。おれは正直に頷いた。


「…もしかして……初めて一緒に帰った時、急に走り出したのは妖怪がいたから…?」
「……うん。」
「畑仕事を手伝ってくれた時も……途中でどこか行っちゃったのも妖怪がいたから…?」
「……うん。」
「じゃあ……最近私のこと避けてるのは……」


だんだんと名字さんの声が消えそうなくらい細くなっていった。
ああ、名字さんを傷つけないようにと思ってしていたことが逆に彼女を傷つけてしまっていたんだ。拒絶される悲しみや苦しみは十分理解しているはずなのに。


「ごめん…。おれが傍に居ると妖が寄ってくるから……名字さんを危険な目に合わせたくなかったんだ。」
「………」
「……でもそれは建前で……本音は、名字さんに拒絶されるのが怖かっただけなのかもしれない…。」
「わ、私だって…!夏目くんに拒絶されたくなかったよ……」
「……ごめん。」


顔を上げた名字さんの目には今にも溢れそうな涙がたまっていた。
その目で睨まれても全然怖くなかったけど、本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。


「……でも、これからはいいよね。」
「え…?」
「私だって見えるようになったんだもん。これからは秘密ナシだからね!」
「…あ……ごめん、名字さんが見えるようになってしまったのは、多分おれのせいで……」
「何で謝るの?私嬉しいよ!夏目くんと同じ景色が見られるようになって。」
「!」


おれが関わって「嬉しい」なんて初めて言われた。
真っ直ぐな名字さんの目を見れば、それがお世辞なんかじゃないことは伝わってくる。


「……ありがとう。」


だから精一杯の笑顔でおれも感謝の気持ちを伝える。
おれを拒絶しないでくれてありがとう、嬉しい言葉をありがとう――全部、これで伝わればいいな。


「……あ!晩ご飯作らなきゃ……じゃ、じゃあね夏目くん!」
「ああ、……また明日…一緒に登校してくれるか?」
「! もちろん!」








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