ガラス細工の町
「エース隊長!お待たせしました!」
「よし、行くか!」
エースの熱中症事件から数時間後。小さなリュックを背負ったナマエがエースに駆け寄ってきた。
約束通り、これからエースとナマエは一緒に島をまわる。2人が島で一緒に行動するのはこれが初めてだった。
エースはだいたい一人で食事をしに行くし、ナマエもいつもは雑用仲間かナースたちと買い物を楽しんだりしていた。
「わああああすっ、すごいですねエース隊長!!」
一歩町の中に入ると、そこからずっと商店街が続いていた。
マルコが言っていた通りここはガラス細工がさかんな町。
立ち並ぶ屋台にはガラスで作った装飾品、インテリアなどがズラリと並んでいた。
ナマエはそれに目を輝かせて忙しそうに視線を巡らせている。
「あ!あれはもしかしてアルパカさん…!」
「馬だな。」
「じゃああれが…」
「キリンだな。」
「エース隊長物知り…!」
「いや、至って普通だ。」
本当に楽しそうに店内を駆け回る姿は子供のようだ。
ナマエのアルパカに対する執着はよくわからなかったが、エースはそんなナマエの様子を見て微笑んだ。
「エース隊長!あれものすごく綺麗ですよ!」
ふと、ナマエがエースの腕を引っ張った。エースは不意打ちにドキっとしながらも平然を装って「どうした」と聞く。
ナマエが向かった先には大きな広場があって、巨大なガラス細工がいくつか並んでいた。
「わあああ…」
「よぉ兄ちゃん、デートかい?」
「ん?」
更に目を輝かせてうっとりしているナマエに追いつくと、知らない男に声をかけられた。
その男は頭にタオルを巻き、腰にはたくさんの工具をつけている。格好からしていかにも職人って感じだ。
「これ、おじさんが作ったんですか?」
「まあな!」
「すすすすごい!神ですか!」
「がははは彼女面白いねェ!」
「……」
とりあえず職人の男には勘違いをされているが、当のナマエがまったく気にしてない…というより、まったく気づいてないようなのでエースは特に否定しないことにした。
「夜になったらまた来るといい。ライトアップされてそりゃーすげェことになるぜ!」
「なななんと…!」
「これ全部か?」
「もちろんだ!」
何でも、今日は年に一度のガラス細工コンテストらしい。
毎年町中の職人たちがこの日のために何ヶ月も前から準備をし、その美しさを競っている。
コンテスト開始時間は8時から。勝敗は投票形式で行われるそうだ。
「エース隊長…」
「…わかったわかった。」
「やったー!」
それを聞くとまた一層目を輝かせてエースを見つめるナマエ。
言いたいことはわかっている。エースが頷くとナマエは満面の笑みで喜んだ。
「キスする絶好のチャンスだぜ!」
「…そりゃどーも。」
喜ぶナマエを脇目に、職人の男がエースを肘でつついた。その表情はしたり顔。
やっぱり勘違いをしているが、エースに否定する気はなかった。
「じゃあまた夜に来ますねー!」
「おう!楽しんできな!」
職人の男に手を振って、2人は商店街に戻っていった。
「すてきな町ですね!」
「そうだな。」
再び商店街を歩き始めた2人だが、相変わらずナマエの視線はあっちにいったりこっちにいったり。
エースに合わせて足は前に進んでいても、気になるお店があれば顔だけそちらに向けて思う存分眺める。
「おいナマエ。」
「ほ?」
すると急にエースに腕を引っ張られた。
何かと思うとさっきまでナマエが歩いていた場所を2メートル以上の巨体の男が通り過ぎていた。
エースが引っ張ってくれていなければ、正面衝突していただろう。
「前方確認はしとけ。」
「も、申し訳ないです…!」
そうは言ったものの、やはりお店は気になるようでナマエの視線はあちこちに奪われる。
気になるのなら寄っていけばいいのだが、やはり隣に隊長のエースがいると勝手に行動できないらしい。
そんなナマエの心情を察してエースは呆れたように笑った。
エース自身としては別に買い物に付き合うくらい何の問題もないのだが、どうせナマエは気にして遠慮するに違いない。
「…おれァあそこで飯食ってるから、気が済むまで見てこいよ。」
「!」
「何かあったら呼べよ?」
「はい!」
エースがそう言うと、ナマエは元気に返事をした。
そして数時間後。ナマエは商店街の気になるお店すべてをまわり終わったあと、ひとつのお店を目指していた。
「よーしあれに決めた!」
ここで少しナマエルールというものを説明しておこう。
ナマエはこういった島についたとき、必ず自分用のお土産を一つ買うことにしている。
1000ベリー以内で、その地方特産のもの。これが鉄則である。
気になるお店をまんべんなく見たところで、これからお目当てのものを買いに行くところだ。
「…?」
ナマエが目指していた店に入ると、一人の男の子がじーっと商品を見つめていた。
それはガラスで作られたウサギの置物で、まさしくナマエが買おう思っていたものだった。
少年は商品を見ていた視線を自分の手のひらに移した。少年の手の上には4枚のコイン。ウサギの置物は800ベリー。
「……」
ナマエは少年の後ろから手を伸ばしてウサギの置物を手にとり、それをそのままレジの方へ持っていった。
少年は瞳を揺らしてナマエの背中を見つめる。
「お姉さん、これください!」
「!」
「はいよー800ベリーね。」
ウサギの置物が綺麗に包装されてナマエに渡されると、少年は俯いて店を出ていった。
ナマエは商品を受け取ってから、その少年のあとを追いかけた。
追いつくと、トントンと少年の肩を叩く。
「…?」
「あげる!」
「へ…」
振り向いた少年にナマエが差し出したのは、さっき買ったばかりの買い物袋。中身はもちろん、ウサギの置物だ。
少年は目を丸くして、袋とナマエを交互に見た。
「欲しかったんでしょ?」
「で、でも…」
「いいの!」
「…あ…ありがとう…」
最初は遠慮していた少年だが、ナマエに袋を押し付けられると素直にそれを受け取った。
はにかんだような幸せそうな笑顔に、思わずナマエの表情もほころぶ。
「お姉ちゃん、ガラス祭りに行くのか?」
「うん!」
「じゃあいい場所教えてやるよ!」
一方エースは、商店街の中にあるアクセサリー店で商品を眺めていた。
ナマエとは飲食店で落ち合う予定だったのだが、ナマエの買い物があまりにも長いものでエースは食事をすっかり終えてしまったのだ。
その場で待っているだけというのもつまらないからナマエの行きそうな店をまわって歩いているところだ。
(…これ、ナマエに似合いそうだ…。)
ふと、店頭に並んだ髪飾りが目に入って、エースは無意識にそれをつけたナマエを頭の中で想像した。
「どうしたよいエース、こんなところで。」
「!? 別に…」
そんなところで背後からマルコの声。
マルコはエースが入りそうもない店と、エースの反応を見てニヤリと笑った。
「…ナマエにあげんのかい?」
「うるせーほっとけ!」
「がんばれよい。」
どうやら図星だったようで、エースは顔を赤くしてそっぽを向いた。
マルコは一層ニヤニヤしてさっさと踵を返す。どうせサッチらへんに今のことを報告しに行くんだろう。
「お兄さん、彼女にプレゼントですか?」
それを阻止しようとしたら、エースの前に店員が立ちはだかった。
マルコとの会話を聞いて勘違いしたらしい。やけに高いテンションで聞いてきた。
エースは店員の肩越しにマルコの背中を恨めしそうに見つめる。
「…彼女じゃねェ。」
「てことは今夜決めるんですね!?」
「は?」
エースが無愛想に言うと、店員は更にテンションを上げた。
彼女じゃない=今日告白する、という風にとらえてしまったようだ。
「それならこの指輪なんてどうですか?とっても可愛らしいでしょう!周りの光に反射して光るんですよ!」
「……」
店員は満面の営業スマイルでキラキラした指輪をエースにすすめてきた。
確かに凝った装飾に光を映す指輪は女性なら誰でもうっとりするものだろう。
だがエースの頭の中でそれをつけたナマエを浮かべてみても、あまりしっくりこない。
「あ!マルコ隊長!エース隊長を見ませんでした?」
「エース?」
「!?」
そんなことを考えていたらすぐ近くでナマエの声。
まずいことに、エースを探しているうえマルコにそれを聞いている。
マルコがニヤリと笑ったのが、見ていなくてもわかった。
「おい、これくれ!」
「こちらですか?しかしお客様、こちらはあまりプロポーズには…」
「いいから早くしろ!」
「はっはい!」
こんな店でこんなものを眺めている姿なんて絶対に見られたくない。
エースはマルコがナマエに変なことを吹き込む前に、ひったくるように一つの商品を手に取り、乱暴に金を置いていった。
「あ!エース隊長!」
「よ、よぉヒヨ。」
そして偶然道で会ったかのように、平然を装ってナマエの前に出る。やっぱりマルコはニヤニヤしている。
「ありがとうございますマルコ隊長!」
「ああ。楽しんでこいよい。」
「マルコ隊長は行かないんですか?」
「おれァ船に戻って一杯やってるよい。」
「そうですか…じゃあまた!」
「しくじるなよい、エース。」
「さっさと行け!」
最後にマルコはエースの肩に手をぽん、と置いて囁いた。
エースはそれを振り払って、マルコとは逆方向に歩いていく。
数歩歩いたところでナマエがエースの前に出た。
照れ隠しで深くかぶった帽子の縁の下から、ナマエのキラキラした目がエースの目を捉える。
「エース隊長聞いてください!」
「なんだ?」
「すごい穴場教えてもらったんです!」
「穴場…?」
「すっ…ごーーい!!」
「おーー…」
ナマエが少年に言われた通りの道を進むと、広い丘の上に出た。
最初はどんどん町から離れていって不安になったが、そのおかげで町一帯を見渡すことができる。
もちろん、ガラス細工コンテストの会場も。
「綺麗ですね!」
「…ああ。」
見下ろすとライトアップされたガラス細工が光を反射してキラキラと輝いている。
ナマエとエースはそれが視界に入る位置で腰を下ろした。
「私、今すごく幸せです!こんな綺麗なものを、エース隊長と一緒に見れて!」
「!」
ナマエのストレートな言葉に、エースは思わず赤面。
ナマエのことだから、特別な意味なんて含んでいないのはわかってる。
それでもこうも直球な言葉をもらうと嬉しく思ってしまう。
「こんな楽しい上陸初めてです。」
極めつけに、この笑顔。
エースは赤くなった顔を隠すように帽子を深くかぶりなおした。
「ナマエ。」
「はい?」
そしてナマエの前にぽん、と小さな袋を置いた。
ナマエが不思議そうにエースを見るが、視線を合わせてくれない。
「…これは…」
「やる。」
「え?」
「今日助けてくれた礼だ。」
そう、これは熱中症で倒れたときのお礼。特別な意味は、ない……エースは自分にそう言い聞かせた。
自分でも幼稚な言い訳だと思ったが、ナマエは簡単にそれを信じてくれる。
「そ、そんなお礼だなんて……まさかご当地名産のショコラまんですか!?」
「ぷっ…食いモンの方がよかったか?」
そんなナマエの様子に変に気を張っていた自分がおかしくなってきた。
最初は遠慮していたものの、なんだかんだで嬉しそうに袋を受け取るナマエ。
「わあ…!」
「……」
袋の中に入っていたのは、ガラス細工の飾りがついたヘアゴム。
反応が気になって帽子の縁からそっとナマエの顔を覗き込むと、ナマエは本当に嬉しそうにそのヘアゴムを見つめていた。
「綺麗…」
別に何百万のダイヤをあげたわけでもないのに、ナマエはうっとりとそれを眺めている。
期待を裏切らないナマエの反応にエースは口の端をあげて、ナマエの手の中にあったゴムを手に取った。
「?」
「つけてやるよ。」
「えっ…」
さっきまでの不安はすっかりなくなり、エースはニカッと笑った。
今度はナマエの顔が赤くなるが、気づかずにエースはナマエの背後にまわり、ゴツゴツした指でナマエの柔らかい髪の毛を集めた。
「……ふふ、できるんですか?」
「できる!」
その手つきがあまりにも不器用で、ナマエは思わず笑ってしまった。
それでもエースは大きな手で、できるだけ優しく、痛くないように髪の毛をまとめていく。
「…できたぞ!」
「……ありがとうございます!」
いつもより髪の毛がでこぼこしてたり、はみ出したり、とても綺麗な仕上がりとは言えなかったが、それでもナマエは嬉しそうに笑う。
ナマエが頭を傾けると、ガラス細工がシャランと音をたてた。
その後、船上にて。
「なッ……こんな絶好のチャンスにプレゼントまで用意して何の進展もナシってお前アホか!?」
「…進展ならあった。」
「ほォ…何だ、言ってみろい。」
「………髪、結んだ。」
「「はあ?」」
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パソコン仕様だから長かったかも。すみません。
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