海に落ちたら
やばい…。
「………」
何がやばいって、おれがやばい。
「おい見ろよ…エースさん、フォーク持ったまま動かねェぞ…」
「ああ…まさか目ェ開けたまま寝てんのか?」
この間、マルコとサッチに言われてようやくナマエが好きなんだと気付いた。…我ながら人に気付かされるなんて不覚だ。
だって、なんつーか…ナマエはおれにとって妹みたいなもんだと思ってたから…。
つい目でおうのも、ちょっかい出したくなるのも、妹だからだって思ってた。
でも他のやつがナマエを見つめたりちょっかい出すのは気にくわねェ。…よく考えりゃ、わかることだったのにな…。
いや、おれは自分の好みはキレイ系だと思ってたからよ…正直、ナマエみたいなのは可愛いとは思うけど、タイプではないはずなんだ。
……理想と現実は違うものだって誰かが言ってたが、まさしくそれか?
「………」
あ、トマト落とした。
…あ、そんで拾って食った。
ナマエは今、おれの一つ向こうのテーブルで雑用仲間と一緒にメシを食ってる。
皿に大量に盛られたサラダがなんともナマエらしい。…あとオレンジジュースもだ。
「!」
な…!隣の奴がナマエをこづきやがった!!
何だよナマエも楽しそうに笑いやがって……ちくしょー何の話してんのか気になる…!
「!?」
ふと、ナマエがこっちを向いた。おれと視線が合うと、にっこり笑うナマエ。
おれはそれを直視できなくて、咄嗟に顔面を皿に突っ込んだ。
「おお、寝た。」
「まったく食事中まで寝れんのはエースさんくらいだな。」
何なんだあの可愛さは……反則だろ!絶対今顔を上げたら、赤い顔が見られちまう…!
「エース…」
「……」
背後からサッチの声が聞こえた。悪ィが今はとても顔が上げられそうにない。
「耳、赤いぞ。」
「!!」
ボソッと呟かれた言葉におれの心臓が跳ね上がった。
サッチはそのまま食堂を出て行ったみたいだが……なんか、悔しい。
照れ隠しで寝たフリをしてたらいつの間にか本当に寝ちまっていたようで、次に目を覚ましたら食堂はガラガラだった。
今、おれは甲板に出てきて、てすりの上に乗っかって二番隊隊員たちの手合わせを見ている。
「………」
………フリをして、その奥で洗濯物を取り込んでいるナマエを見ている。
昼食を食べたあとは仕事をするナマエを眺めたり、話しかけたりするのが、いつの間にかおれの日課になっていた。
木箱を台に、一生懸命背伸びして洗濯物に手を伸ばす姿がなんつーか……可愛い。
つい手を貸してやりたくなっちまうが、このまま頑張ったり困ったりするのを見てるのも悪くねェ…。
そう思った自分に気づいて、なんか気持ち悪いと思った。変態か、おれは…!
「!」
あ。パンツが一枚吹っ飛んだ。今日は珍しくジョズのじゃなくて……おれのだ。
ナマエが慌ててそれを追いかけると、通りすがりのマルコがそれを拾ってナマエに渡した。
おれのパンツを握って笑顔になるナマエ。多分マルコにお礼を言ってるんだろう。
………しかし、やばい。おれのパンツってところが、やばい。そして笑顔。あーだめだ、また顔が熱くなってきた。
…それにしてもナマエは毎日毎日野郎共の服やら下着やらばかり干してて…よく嫌がんねェよなァ…。汚いもんばっかだろうに。
嫌なら嫌って言ってもいいんだが……というか、おれが嫌だ。なんか。
だって男の下着をせっせと洗うナマエなんて……やめてくれ、穢れる。隊長の権限で何とかできねェかな…。
「エースさん!どうでしたかおれのパンチ!?」
「ん?ああ、いいんじゃねェか?」
「ありがとうございます!!」
「………」
部下に適当に返事をして、またナマエを見てみると、山積みになった洗濯物を運ぼうとしていた。
これを運ぶ時のナマエの足取りがヨロヨロしてて、やっぱり可愛くて手を貸したくなるがその姿を見てたい気もして…。
ああなんでこいつはいちいち可愛いんだろうか…。
ナマエはこの船ではみんなの妹として扱われているし、ナマエ自身がものすごく妹気質だ。
でも最近気づいたことがある。ナマエは別に顔が幼いわけじゃねェ。
多分表情の作り方とかが感情そのままで、実際よりも若く見られるんだと思う。黙ってりゃ普通に19歳の女の顔だ。
たまに見せる色っぽい表情とかが…やばいんだよなァ…ギャップっつーかなんつーか…とにかくやばい。
それに刺繍を見せられた時思ったが…結構、くびれがある。
船にいる時はいつもTシャツ短パンっつー格好だからわかんねェんだけど。
胸も大きいとまでは言えないが、形はいいらしい。(ナース談)
…いや、総合して何が言いたいかというと、おれは決してロリコンっていうわけじゃねェってことだ。
実際1つしか歳は違わねェしな。だから……アリだ!!ナマエは妹じゃねェ!
「サムさんもトムさんもすごいですねー。」
「ああ…」
「あっ痛そう…」
「ああ…」
「……エース隊長…?」
「ん?……ってうおわっ」
「!?」
ドボーン!!
「ええええエース隊長ーーー!?」
エース隊長が海に落ちた。
私が洗濯物をいざ運ぼうとした瞬間、ジョズ隊長のパンツが見事に飛んでって、エース隊長の足元に落ちた。
エース隊長はそれに気づいてないみたいだったから、私は組み手をしている二番隊隊員、
サムさんとトムさんを大幅に避けてジョズ隊長のパンツを取りに行った。
私がすぐ隣に来てもエース隊長は気づかなくて、ただひらすらぼーっと前を見ていた。
きっと部下達の組み手を真剣に見ているんだろうな…なんてったって、隊長だもん!
でもそのまま行くのはどうかなって思ったから、とりあえず話しかけてみた。
それでもエース隊長から返ってくるのは生返事で…多分、私のことが眼中に入ってなかった。
そして心配になって顔を覗き込んで目が合った瞬間、エース隊長は後ろにまっさかさま……
てすりの上に座ってたから、後ろはもちろん海。
ドボーンと波が大きな音をたててエース隊長の体を飲み込んでいった。
「エース隊長…!!」
しばらく海面を見つめていたけどブクブクと泡が出てくるだけでエース隊長本人は浮かんでこない。
…そういえば…悪魔の実の能力者はカナヅチになるって、サッチ隊長が言ってたような…!
「エース隊長ーーー!!」
私は数秒おろおろしたあと、海に飛び込んだ。
「っぷはあ!」
飛び込んでから思ったけど、私も別に泳ぎがうまいわけじゃなかった…!
なんとか沈んでったエース隊長を海面の上まで持ってこれた。
…ここからですよ。ここからどうやって船まで戻るかですよ。
とてもじゃないが、エース隊長を担いで船に戻れる自信がない…!
実際私はエース隊長を支えて浮かんでるだけで精一杯なのだ。
海面下では私の足がものすごい死闘を繰り広げているよ!見えないのが残念だけどこれ、なかなか壮絶だよ!
しかしどうしようかな…。エース隊長は気を失ってるみたいだし…。
「おーいナマエー!!大丈夫かー?」
「サッチ隊長!」
あああ天の助け…!サッチ隊長が見つけてくださった!
「大丈夫じゃないです」って素直に答えたらサッチ隊長は華麗なフォームで海に飛び込んでくれた。
「エース隊長!しっかりしてください!!」
「ゲホッ…」
そして甲板の上。
肩をゆさゆさ揺らすと、エース隊長は苦しそうに眉をひそめて少しの水を吐いた。
そしてゆっくり、目蓋があがっていく。よかった…!
「……」
「大丈夫ですか…?」
話し掛けると、エース隊長はうつろな目で私を見つめた。
「あの、ごめんなさい!!私のせいで、海に落ちちゃって…」
「……」
「いや、でもあのですね、まさか声をかけただけでひっくり返るとは思わなくて…」
「……ナマエ…」
相変わらずうつろな目をするエース隊長に名前を呼ばれた。
何ですかと返事をする前にエース隊長の大きな手が私の頬を包み込んできて、何も言えなくなった。
やっぱりエース隊長は私をガン見してるから、なんか…ものすごく恥ずかしい。
「……ってナマエ!?」
「…はい!」
あ、正気に戻ったみたい。
相当驚いたみたいで、エース隊長はがばっと勢いよく体を起こした。
いつも眠たそうな瞼が思いっきり開いていたから、なんだか面白くて少し笑ってしまった。とにかく大丈夫そうでよかった。
それにしても悪魔の実を食べた人はカナヅチになるって、本当だったんだ…。
どうせサッチ隊長がまたからかったんだと思ってた。だって、あんなに強いエース隊長がカナヅチだなんて思わなくて…。
…ん?悪魔の実を食べた人……ってことは、マルコ隊長とかジョズ隊長も…?…あああオヤジ様も!?みんなカナヅチということに…!!
「………エース隊長、私決めました!!」
「え、な、何を…だ?」
「泳ぎの練習をします!!」
「……は?」
洗濯ぐらいでしか役に立たない私だけど、もし万が一エース隊長やマルコ隊長達が海に落ちた時は、私が救出するんだ!
泳げるには泳げるけど、人並みだし…もっとすいすいマグロみたいに泳げるようにならないと!
あ、泳げるだけじゃダメだよね、船まで運ぶ力もないと!
エース隊長で根を上げてたらジョズ隊長とか…ましてやオヤジ様とか、絶対無理じゃん!
「……あと、腕立て伏せやります!毎日!」
「……は?」
「海に落ちたら、私がエース隊長を助けますね!!」
「!」
■■
ばかわいいは正義。
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