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04

「お願いです。このことは誰にも言わないでください…!」


震えたか細い声は確かに目の前のうさぎの小さな口から出ていて、確かにその声は眼鏡の女性…ナマエの声だった。
今までナマエがビクビクしていたり、丸眼鏡で素顔を隠していたのもこの特異体質を知られたくなかったからなのだと合点がいった。


「悪魔の実の能力者か?」
「…いえ。」
「じゃなけりゃ何で…」
「…あなたには、関係ありません。」


能力者でないのなら一体どうして人間がうさぎの姿に変身できるのか。
サボのその疑問に答える気はないようだ。ナマエの瞳ははっきりと拒絶の意志を表していた。


「エト族…」
「!」
「昔文献で読んだことがある。ある条件下で動物に変身できる一族がいると。」
「……」


ただ、サボは少し心当たりがあった。
昔、何気なく手に取ってみた本にそんなことが書かれていたのを覚えていた。
ナマエは肯定も否定もせず沈黙している。
おそらく、サボの言っていることが合っているからだろう。


ボフン!


その沈黙を破ったのは突然の煙だった。


「な…!?」
「ーッ!」


煙の中に現れたのは人間の姿のナマエだった。うさぎの姿から元に戻ったのだ。
戻ったのはいいのだが……真っ裸である。
制服はうさぎになった時に脱げてしまったので当たり前と言えば当たり前だが。


「あの!服を…!」
「あ、ああ悪い!」


お互いにドギマギしながら制服を渡し、受け取る。
サボはできる限り見ないようにして、すっと個室の外へ出ていった。








外で待機すること約5分。
控えめにどうぞと声が聞こえて、サボは再び個室に入った。
するとそこにはしっかりと制服に身を包んだ人間のナマエの姿があった。


「あの、メガネがなかったのですが…」
「あ…悪い。踏んづけて割っちまった。」
「!!」


ひとつ、変身する前と違うのは眼鏡をかけていないこと。
ナマエは居心地が悪そうに視線を泳がし、眼鏡がないことを知ると絶望の表情を浮かべた。


「そ、そんな落ち込むなよ!別に目が悪いわけじゃないんだろ?」
「無理です…!眼鏡がないと、仕事できません…っ!」


どうやらあの眼鏡はサボが思っている以上にずっと、彼女の精神的な支えになっているらしい。


「綺麗なんだから隠すの勿体無いのに。」
「なッ…!そ、そういう問題じゃないんです!」


言われ慣れていないのか、サボのストレートな誉め言葉にボンっとナマエの顔が赤くなる。


「どうしよう…」
「…じゃあ仮病つかって帰るっていうのは?」
「へ…?」







…というわけで、サボがうまいこと同僚に説明してくれたらしく、ナマエは体調不良ということで早退が認められた。
自分一人ではうまく伝えられなかっただろう。ナマエはサボの口のうまさに感謝した。
道中もナマエのことを気遣って、瞳を隠せるようにとサボが被っていた帽子を被せてくれた。
正直、図書館スタッフの制服にハットなんて不自然極まりないのだが、あの丸眼鏡を愛用していたナマエにとってそんな違和感は大したことないようだ。


「家、ここです。ありがとうございました。」
「ああ。」


程なくして家についたようで、ナマエは借りていたハットをサボに渡した。


「あの…」
「ん?言わねェよ。知られたくないんだろ?」
「!」


まだ何か言いたげなナマエの言葉をサボが読み取った。
しっかりと肯定はしなかったが、ナマエがエト族であることはもう言い逃れできない。
サボには何故そこまで隠したがるのかがわからなかったが、少数民族には彼女らにしかわからない苦労があるのかもしれない。


「ありがとうございます。」


漆黒の瞳がサボをまっすぐ見つめる。
サボは吸い込まれそうな感覚を感じながら、おそらく見納めになるであろうその瞳をしっかりと目に焼き付けた。






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