41:咬傷
(※ちょっと痛い表現があります。)
突然現れた兄弟子、ディーノは無人島で食材集めをした後自分の船に戻り自分の航路を進んでいった。
再びいつも通りの風景が船内に戻る。筋トレをする山本と了平、武器の手入れをする獄寺に、掃除と洗濯に励むランボとイーピン…そして、優雅にエスプレッソコーヒーを嗜むリボーン。
(そういえば……最近雲雀さん見てないな…)
いつものように朝ごはんの支度をしにキッチンに入った名前がふと思った。
元々雲雀は群れるのが嫌いなため、ほとんどを自室で過ごしている。それでもご飯時になればふらっとキッチンに現れたりするのだが……最近はその姿さえ見ていなかったのだ。
「風邪こじらしてるみてーだぞ。」
「え!?」
そんな名前の疑問にリボーンが答えた。心の声に反応されることに関してはもう突っ込まない。それよりも雲雀が風邪をひいてるという事実に驚かされた。雲雀でも風邪をひくのかと一瞬思ってしまったことは秘密だ。
「だ、大丈夫なの?」
「さーな。」
「さあなって……シャマルは?」
「あいつ男は診ねーぞ。」
「そうだった…!」
こんな時こそ船医の出番のはずなのだが……シャマルは「男は診ない」というポリシーを頑なに守っているし、雲雀も雲雀で大人しく看病されるような性格ではないだろう。
「名前が看病すりゃいいだろ。」
「私が!?そりゃ心配だけど…怖いよ!」
「船長として仲間の体調を気遣うのは当然だろ。」
「またそうやって…!」
最近リボーンは何かにつけて「船長」という言葉を強調してくる。
確かに心配ではあるが、あの雲雀の看病だなんて考えただけでも恐ろしい。
「飯だけでも持ってってやったらどうだ?」
「う……うん。」
しかし最終的には断れない名前だった。
コンコン
「雲雀さーん……入りますよー…?」
結局名前は簡単に作ったおかゆとシャマルから貰って来た風邪薬を持って雲雀の部屋を訪れた。この船で一番広くて立派な部屋だ。
控えめなノックに返事がなかったため、ゆっくり扉を開けて恐る恐る中の様子を覗いてみる。
「……何の用。」
「!」
雲雀はベッドの中で横になっていた。表情はいつもと変わらないが少し顔が赤い気がする。風邪をひいてるというのはどうやら本当らしい。
「あの…ご飯、持ってきました。」
「……そういえば食べてなかったな…。」
要件を伝えると雲雀はベッドから上体だけをむくりと起こした。思っていたよりも平気そうな様子に名前は安心した。機嫌も悪くはない。これなら咬み殺されることもないだろう。
名前が近くにあった椅子にお盆を置いて、最初にスプーンを渡そうとした時。
「……!」
カラン
雲雀がそのスプーンを取り損ねて落としてしまった。普段の雲雀ならありえないことだ。
吃驚して雲雀を見ると、雲雀はぼうっと落ちたスプーンを眺めていた。
「あの……し、失礼します!」
「……」
名前は殴られるのを覚悟で雲雀の額に手をあてた。
「あつっ!」
そこが平熱より遥か上の熱を持っていることは手で触っても明らかだった。普通の人間だったら起き上がることすらままならないだろう。
「雲雀さん、大丈夫ですか!?」
「……お腹空いた。」
まっすぐ見つめてみると雲雀の目はどこか焦点が合ってないかのようにも見えた。これは思ったよりも深刻なのかもしれない。
不安になる名前に対して雲雀はいつもと同じトーンで空腹を訴え、椅子の上に置いてあるおかゆをじいっと見つめている。しかし、動く気力はないのかそれだけだ。
「えっと……あの、失礼を承知でやるんですけど……」
「早く。」
「は、はい!」
本人の催促もあって、名前はお盆を置いてあって椅子に座って雲雀の口におかゆを運んだ。
雲雀はおとなしく口を開き、差し出されたスプーンをぱくりと受け止めて咀嚼した。
信じられないものを見た気分だった。あの雲雀に、自分が食事を与えているなんて。
「…熱い。」
「あ、すみません…」
熱いと言われたので今度は少し冷ましてから口に入れた。すると雲雀は何も言わなくなり、次を目線で催促する。
(ちょっと、可愛いかも…。)
こんな状況いつ咬み殺されてもおかしくないはずなのに、素直に口を開ける今の雲雀は名前の母性本能をくすぐったようだ。こんなこと口に出せばそれこそ咬み殺されるが。
「薬、飲めますか?」
「……」
おかゆをしっかり平らげた後は薬だ。
名前は薬を雲雀に渡そうとしたのだがやはり雲雀は手を出す気配がない。もしかして薬まで飲ませてもらう気なのだろうか。
名前が困惑していると雲雀が口を開けたので、意を決してその中に薬を差し込んだ。
「……!」
おかゆの時とは違って指が直接雲雀の唇に触れ、名前は急に恥ずかしくなった。
指に触れた柔らかい感触にドキドキしながらも次は水の入ったコップを雲雀の口元に持っていく。
「じゃあ、後は安静にしててくださ……」
「……」
「わっ…雲雀さん…!?」
看病としてやるべきことは全てやった。恥ずかしさもあって一刻も早く退散しようとした名前だったか、そんな名前に向かって雲雀が倒れてきた。
そのまま床に落とすにもいかないので名前は自身の体で雲雀を受け止めた。雲雀の顔が名前の肩口に埋まり、直に雲雀の熱が伝わってくる。
いろんな意味でドキドキと心臓が煩くなるが今は雲雀が心配だ。気を失ってしまったのだろうか。薬が体に合わなかったのだろうか……いろんな考えが名前に廻った。
「……」
「ひば……痛ッ…!?」
雲雀の顔が動いたことに安心したのも束の間、名前に激痛が走った。
一瞬理解できなかったがその痛みの信号は肩から送られてきている。
「ちょっ…い、痛い…痛いです雲雀さん…!」
段々と状況が理解できてきて名前は顔を青くした。雲雀に肩を咬まれているのだ。
甘噛みなんて色気のあるものではない。ぐっと容赦なく刃が亜未の皮膚に押し込まれて鈍い痛みが名前を襲う。
「う……ひゃっ…!?」
恐怖と痛さで大した抵抗もできないままその痛みを受け入れてると、痛覚とはまた別の感覚が名前の背筋を走った。流れ出てきた赤い血を雲雀の舌が舐めとったのだ。
舌の温かくてザラザラとした触感が今まで経験したことのない感覚で、名前の頭はもうパンクしそうだ。
そんなところでようやく雲雀が名前から離れた。
「う…あ……」
雲雀の鋭い眼光が名前を見据える。その目はまさに獲物を狩る獣の瞳。
「……」
涙目で震える名前はまさに狩られる小動物さながら。
そんな名前を見て雲雀は満足そうな笑みを浮かべた。口元についた名前の血を舌で拭うその表情は扇情的だ。
そしてそのまま、何もなかったかのようにベッドに体を沈ませるとすぐに静かな寝息が聞こえてきた。
「……ば、絆創膏……」
名前の震えた声が空しく部屋に響いた。
≪≪prev