34:逃避行
ユースタス・"キャプテン"キッド……最近南の海で悪名を轟かせているルーキーだ。懸賞金は現時点で4500万。同世代ではぶっちぎりの額だった。
彼らも名前達と同様、グランドラインを目指す途中船の強化の為にこの島に立ち寄った。
そしてふらりと入った喫茶店で働いていたウエイトレスが、キッドはどうしても気になっていた。
「…今日も行くのか、キッド。」
「ああ。」
彼女は小さな歩幅で店内を忙しなく歩き回り、一生懸命働いていた。
そんな彼女の姿をまた見たいと思った。笑顔を向けられたいと、思ったのだった。
「…惚れたのか。」
「ちっ……げーよ!パスタが気に入っただけだ!」
キラーの言葉を否定するキッドだったがその顔は真っ赤だ。
その後姿を見てキラーは仮面の下で笑った。小さい頃から一緒だった船長の好みはよくわかっているのだ。
「はああ……」
この島について4日が経った。グランドラインには行きたくないけど、私は一日でも早くこの島から出ていきたい思いでいっぱいだった。
何故なら獄寺くんが暴れたせいで喫茶店でアルバイトすることになって……まあ、それは百歩譲っていいとして……その喫茶店に、あの悪名高いユースタス・"キャプテン"キッドが来店した。実物は手配書の何倍も怖かった。
1回だけならまだしも、その次の日も、またその次の日も彼はやってきた。暴れるわけでもなくお代もきっちり払っていくんだけど、なんか見られてる気がするんだよなあ…。
そう、つまりめちゃくちゃ怖いのだ。
今日はマスターが食材が足りないと呟いていたから率先して買い出しに行きますと手を挙げた。
とりあえず買い出しは終えたけど足取りは重くなる。どうか…どうか、私が買い出しに行ってる間に来店してますように…!
「ひっ……」
「……」
そう願った矢先、その会いたくない人と鉢合わせした。お、思いっきり目が合ってしまった…!思わず立ち止まって両手に持った袋を落としそうになった。
お、おおお落ち着け。大丈夫、向こうは私のことなんて知ってるはずが……
(ひいいい!!)
…ない、はずなのに、何でだろう……私を見つめてその場を動かない…。え、何この状況ものすごく怖いんだけど…!
「……おい。」
「ひっ…」
は、ははは話しかけられたーーー!!
え、うそうそ何で!?私!?周りをキョロキョロ見回してもキッドさんの仲間っぽい人はいない。町の人達が遠巻きに見てるだけだった。
「…それ、よこせ。」
「へ……」
私が理解する前に両手の重みがなくなった。気付いたらキッドさんが買い物袋を2つ持っていた。
え…えええもしかしてこれ…かつあげ!?かつあげされたーーー!!
どっ、どどどうしよう!?取られたら困るけど、私が海賊相手に取り返せるわけがないし…!
「……行くぞ。」
「え……あの…」
「こっちだったな。」
しかしキッドさんはこの場を去ることなく、喫茶店に向かって歩き始めた。「早く来い」と言わんばかりにチラチラと固まっている私を振り返る。もしかして……
「も、持ってくれるんですか…?」
自分でもありえないことを聞いてしまって後悔した。あの悪名高い海賊がそんなことするわけないのに……ああ私死んだ…
「…女には重てェだろ。」
「…!?」
…と思ったら、まさかの肯定に私は再びフリーズした。え…つまり今の状況って、あの悪名高いユースタス・"キャプテン"キッドが荷物持ちをしてくれてるってこと…?
「あ…あの…っ……ありがとうございます…!」
「……」
恐る恐るお礼を伝えてみるとキッドさんは何も言わずに前を向いて歩きだした。
前を歩くキッドさんの少し後ろをついていく。本当は歩幅ももっと大きいだろうに私に合わせてくれてる気がするし、時折チラっとこちらを振り返る。
もしかして……噂みたいな怖い人じゃないのかな…?そ、そうだよね。人を外見で判断しちゃあダメだよね。
「あの……私、沢田名前です。」
「!」
「えっと…いつも、食べに来てくれてますよね。」
「…キッドだ。」
小走りでキッドさんの隣に追いついて話しかけてみると普通に返事をしてくれた。
「名前……は、ここに住んでんのか。」
「えっ……と…は、はい。」
「…そうか。」
思わず嘘をついてしまった。だって、ここで「実は海賊(仮)なんです」なんて言ったらそれこそ殺される…!
「…!!」
そんな時、今一番会いたくない人の姿を見つけてしまった……獄寺くんだ。
幸いまだこっちには気づいてないけど、もし獄寺くんがキッドさんの姿を見たら……間違いなく乱闘騒ぎになる…!
「あっ、あの!キッドさんっ、ちょっと寄り道しませんか!?」
「!?」
このまま進んだら獄寺くんと鉢合わせしてしまう。私は咄嗟にキッドさんの腕を掴んで横道に入った。よし、これでなんとか乱闘騒ぎは回避できた……
「はっ…!!」
と思ったのに、入った横道の先にあるベンチには頭にヒバードを乗せた雲雀さんが…!
きっと雲雀さんのことだ…賞金首のキッドさんを見つけたら戦いたくなってしまうに違いない…!それに雲雀さんもこの前手配されちゃったし、もしかしたらキッドさんも雲雀さんのこと知ってるかもしれない…!
「や、やっぱりこっちにしましょう!」
「お、おい…」
私は雲雀さんがキッドさんの視界に入る前にまた別の道に向かってキッドさんの背中を押した。
よくよく考えると悪名高い海賊にすごいことしてるけど…今はそんなこと気にしてはいられない。
「あ…!!」
しかしまたもや入った道の先に見知った顔……リボーンだ。
リボーンは私とキッドさんの姿を見てニヤリと笑ったかと思うと、こちらに銃口を向けた。死ぬ気弾撃たれる…!!
「ごめんないやっぱこっちですーー!!」
「!」
そんなのキッドさんの前で撃たれたら言い訳できなくなってしまう…!
私はキッドさんの腕を引いて全力で街中を駆け抜けた。
「はあ、はあ……」
必死で走り回って、気付いた時には喫茶店の近くにいた。周りにリボーンや獄寺くんの姿はない。よかった……なんとか鉢合わせせずに済んだみたい。
「おい……」
「はっ…!ご、ごめんなさい!!」
声をかけられて慌てて掴みっぱなしだったキッドさんの腕を放した。
落ち着いて思い返してみると私はとんでもないことをしてしまった…!
いくらキッドさんが意外といい人でも、見知らぬ町の女にわけもわからず連れまわされた嫌な気分になるはずだ。
「……また明日。」
「!」
殺される……!覚悟して俯いた私の頭にキッドさんの大きな手が乗せられた。あれ…痛くない…?
「…はい!」
そっと見上げたキッドさんはなんだか柔らかい表情をしていて私は安心して気の抜けた顔をしてしまった。
■■
しかし翌日には出発してるので会うことはありません。
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