27:露天風呂
川で溺れていた女の子ハルを助けたことによってずぶ濡れになった名前は、町の温泉へ案内されていた。
「ここの露天風呂からの景色は最高にビューティフルなんです!」
「へー、楽しみだなあ。」
最初こそ桃の被り物をしていたから変な子だと引いてしまったが、話してみればハルは純粋でいい子だった。
京子に続いてまた同い年の女の子と仲良くなれたことが名前は嬉しかった。
「……」
一方、和気あいあいと歩く女子2人の後ろをすごい形相で歩く獄寺は正直怪しかった。
話を聞いてみれば敬愛する名前がずぶ濡れになってしまったのはどこの馬の骨ともわからない女…ハルの所為だったのだ。獄寺からしてみればまだ警戒を解くわけにはいかない。
「えっと…獄寺くんも入る?温泉。」
「!」
くるり。名前が気を利かせて獄寺を振り返った。
その途端に獄寺は顔を赤くする。自分のシャツを羽織ってるから幾分はマシになったが、びしょ濡れになった女の子というのは思春期の男の子をドキドキさせた。
獄寺の場合、名前に特別な感情を抱いてるから尚更なのかもしれない。
「いえ!自分は外で見張ってますのでゆっくりしてきてください!」
「み、見張らなくていいから!」
「おいアホ女、10代目に変なことすんじゃねーぞ!」
「ハルはアホ女じゃありません!」
どうやら獄寺とハルは根本的に合わないようだ。
「わー、すごく綺麗!」
「夜になるとまたロマンチックなんです〜。」
ハルが言っていた通り、小高い丘の上に作られた露天風呂から見る景色は絶景だった。
温かい温泉に素晴らしい景色…名前は心身ともに癒された。
こうしてると鬼ごっこ大会だの海賊だの、嫌なことは全て忘れられる気がした。
…が。そうさせてくれない男が一人。
「今日は獄寺の特訓だな。」
遠く離れた場所から温泉施設を臨むのは黒いスーツに身をまとったリボーン。
その手には手榴弾があり、ピンを抜いて宣言通り外で見張っている獄寺に向かって投げつけた。
ちゅどーん!
「!?曲者…そこか!?」
リボーンが向けた殺気に気付いて手榴弾は弾かれた。
臨戦態勢に入った獄寺は視界の端に捉えた黒い影に向かってダイナマイトを投げつけた。
ドカーン
「わわっ!」
「はひぃっ…何事ですか!?」
獄寺が投げたダイナマイトは名前達が入っている露天風呂の一部を破壊した。
いきなりの衝撃に怯える亜未とハル。
「と、とにかく逃げよう!」
「はいいっ!」
何が何やらわからないが、とりあえずここにいては危険だ。
名前はハルの手を引いて風呂から上がった。
「10代目お怪我はありません…がはッ!!」
「ご、獄寺くん!?」
丁度そこに名前の身を案じた獄寺が飛び込んできた。
名前とハルはフェイスタオルで前を隠してはいるが、獄寺には刺激が強過ぎたみたいだ。赤面していろんなショックで倒れてしまった。
ポロ…
「……!ハルちゃん危ない!!」
「へっ…」
その際に獄寺のポケットから小さ目のダイナマイトが零れ落ちた。
それが偶然、同様に獄寺の口から落ちたタバコによって着火されてしまった。
名前は咄嗟にハルを突き飛ばした。
ドーン!
「わあっ!」
どうやら威嚇用のダイナマイトだったようで火薬の量は大したことがなかった。
その代わりに爆風と煙がすごくて、名前は柵の方まで吹っ飛ばされてしまった。
「いてて……」
思いっきり背中を打ち付けて名前は涙目だ。服を着ていないから余計に痛い。
「オンセン!オンセン!」
「あれ、この鳥……」
倒れた名前のお腹に見覚えのある黄色い鳥がとまった。
そういえば先日リボーンが勝手に飼い主の名前をもじって「ヒバード」と名付けていたような気がする。
ヒバードがここにいるということは、つまり……
「…君達、こんなところでまで群れて何してるの?」
「ひっ…雲雀さんーー!?」
名前が吹っ飛ばされた先にあった柵は男湯と女湯を隔てるためのもの。そしてそれは今ダイナマイトによって壊された。
名前は目を疑いたくなったが、目の前には間違いなく腰にタオルを巻いただけの雲雀が不機嫌そうに立っている。
「わわわ…」
初めて見る男性の裸を名前は恥ずかしくて直視できない。
しかしここで重要なことに気付く。裸なのは何も雲雀だけではないということに。
「は……ああああ!!」
「……」
ようやく雲雀の前で裸を晒していたことに気付いた名前は羞恥心で死ねそうだった。
前を隠していたタオルも爆風でズレてしまって下半身しか隠せていない。つまり上半身は丸見えだったのだ。
間違いなく雲雀には見られた。しかし雲雀の表情が変わることはない。
羞恥心もさることながら、咬み殺されるという恐怖も大きい。
一応同じ船に乗ってるとはいえ、雲雀の目的はあくまで強い者と闘うこと。仲間意識なんて微塵もないはずだ。
そして何よりも今名前達は"群れて"いる。
(か、咬み殺される…!)
真っ裸で咬み殺されるなんて滑稽な最後だった…と半ば自暴自棄な名前を見て、雲雀は軽くため息をついて脱衣所に行ってしまった。
「へ…」
見逃してくれたのだろうか。そう考えたが甘かった。
どうやら脱衣所には武器を取りに行っただけらしい。戻ってきた雲雀はトンファー片手に好戦的な笑みを浮かべている。
「わっ…」
そしてばさっと名前に投げつけられたのは雲雀のシャツだった。
もしかして気を遣ってくれたのだろうか。表情を変えないからわからないが、なんだかんだでやっぱり雲雀は優しいのかもしれない。
「…で、どいつを咬み殺せばいいんだい?」
「か、咬み殺さなくていいですから!」
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