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「……」
3分くらい経っただろうか。依然として僕から離れようとしない。
僕としてはまあ嬉しいんだけど……名前から抱きついてくるなんて、絶対おかしい。何かあったんだ。多分、昨日…僕が帰ってから。
「名前…どうしたの…」
「……」
そろそろ落ち着いてきたみたいだから聞いてみた。
名前は何も言わないで、僕の胸におでこを押し付けたまま首を横に振った。それじゃあわかんないよ。
でも、泣いてはいないと思う。震えてないし…。
「……」
「ご、ごめん、ね…雲雀…」
もう少し待とうと思ったら名前から少しだけ、体を離した。だけどその手はまだ僕の学ランを掴んだままだ。
「ごめん」なんて言葉は別にどうでもいい。聞きたいのはそんな言葉じゃない。
「名前…」
「恭弥ー、入るぜー。」
「!」
「……」
もう1回「どうしたの」って聞くつもりだったのに邪魔が入った。数日前に指輪とかわけわかんないこと話してきた人だ。名前…忘れた。
その人の声が聞こえた途端、5センチくらいだった名前との距離が一気に30センチくらいに引き離された。
…こんなことが前にもあった気がする。この人は絶対咬み殺そう。
「…やっぱここにいたか。」
「ディーノ…ごめん…。そ、それから…ありがとう!私、大丈夫だから!」
「……そうか。」
何勝手に解決してるの。僕はまだ納得してないよ。
何で名前が泣きそうだったのか、何でいつもでは考えられない行動をしたのか…。
この人は知ってるみたいだね…。
「そうだ恭弥!いい加減リングの話を…」
「…いいよ。僕もあなたに話がある。」
「…け、けんかはダメだよ…?」
「喧嘩じゃないよ。」
よかった。まだちょっと違和感あるけど、さっきまでの不安な感じはなくなったみたい。
「名前、仕事。この書類を校長に渡してきて。」
「え、でも…」
「今まで随分サボってるからね。ちゃんと働いてもらわないと。」
「わ、わかりましたよー!」
本当は草壁とかに頼もうと思ってたけど名前がいたら話しにくい。
名前はちょっと口を尖らせたものの、いつもより素直に言うことを聞いた。
「………で、何だ?話って。」
名前が離れていく足音を最後まで聞いてから、向こうから口を開いた。
この顔は絶対、僕の「話」が大体予測できてる顔だ。
「…昨日、名前に何があったの。」
「………それを話すには…あいつが子供のときの話をしなきゃな…」
「……話してよ。」
何でこの人が名前の昔のこと、知ってるの。なんかムカつく。
「…名前にはオレと同い年の兄がいてな…」
「……」
ふぅん……そういえば名前の口から家族のこととか聞いたことがない。…まああんま興味はないけど。
「…そいつが自分の家族……つまり、名前の家族を惨殺したんだ。」
「!!」
「名前だけ、残して…な。」
目の前の人が言ったことは、僕の想像をはるかに超えたものだった。
そんなの、小さいときの名前にトラウマにならないわけがないじゃないか。
道理で強いくせに、争いを嫌うと思ったら……
「そいつがこのリング争奪戦に参加していて…しかも名前の対戦相手だったんだ。」
「!」
なるほど……それで、か…。
戦いが嫌いな名前が……その元凶となった人物と戦えるわけがない。
「その対戦、僕が代わることはできないの。」
「…できない。対戦は同じリングを持つ者同士で既に決められてる。」
「……」
何それ。それじゃあ名前が傷つく。
いい加減前々からしつこく言ってくる「リング争奪戦」について、聞いといた方がいいのかも。
「…何でそのリング争奪戦ってやつに名前が参加しなくちゃいけないわけ?」
ついでに言えば僕もだ。聞けば2年の沢田を中心としたチームで戦ってるそうじゃないか。そんな群れの中に入れられるのはごめんだよ。
「んー……簡単に言えば、名前が働いている組織のボスの後継者がツナでな。」
「関係ないよ。」
「…そのボスが、家族惨殺事件のあとの名前を救った人物だとしても…か?」
「!」
「名前もその人に恩を感じて忠誠を誓っている。」
「……」
「このリングをもらったときも、喜んでた。」
「……」
「ただ…向こうの風の守護者がアイツだったってのは誤算だ…。」
結局、名前はこの戦いを望んではいないんじゃないか。
それだったら僕が絶対戦わせない。ルールなんて知らないよ。
「だが、名前のためにも今回の戦いは絶対避けちゃいけないんだ。」
「……」
「だから、変なこと考えるなよ、恭弥。」
こう言われるのも2回目だった。
名前のために僕がそいつと戦うのが、変なことだって言うのか。
「…もしお前がルールを無視して行動すれば……名前の身に何が起こるかわからねー。」
「!」
「それほど今相手にしてる組織は大きいんだ。」
「全員咬み殺せばいい。」
「恭弥。」
「……」
「お前にできることは1つ…。名前のそばにいてやれ。」
「……」
「…名前はお前のこと、頼りにしてるみたいだから…な。」
「!」
そう言って、目の前のこいつは目を細めて…優しく、笑った。
優しく笑うというのがどういうものかはわからないけど……とにかく、名前のために笑ったんだと思った。
「…もう1ついいかな。」
「何だ?」
「名前とあなたは、どういう関係?」
「……はは、気になるか?」
「……」
「っと、睨むなって!そーだな………ボスに救われたあとの名前の面倒を見たのがオレだったんだ。」
「……」
「つまり……兄貴分…ってとこか。」
兄貴分…ね。まあ、見た感じもそんな感じだね。…ちょっと仲が良すぎだと思ったけど……所詮は兄貴分だ。
「だが……オレは兄貴で終わらす気はない。」
「……」
「…じゃーな。あ、これ名前に渡しといてくれ。」
そいつから渡されたのは真っ白の携帯。不在着信3件、と表示されていた。
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