14
ズガンッ
ある朝、ツナは銃声で目を覚ました。
普通の家庭で銃声が聞こえるなんて事、日本ではありえないことだ。
しかし、残念ながらここ、沢田家にはもはや“普通”という言葉は通用しない。そう、リボーンが来たあの日から。
「朝から銃声かよ。日曜ぐらい寝かせろよ。」
銃声で起こされたツナは寝ぼけ眼で音の元凶であろうリボーンに言うが、返事が無い。
その目をこすってリボーンの姿を探すがどこにも見当たらなく、代わりに目に映ったのは怪しい男の姿だった。
更に部屋を見渡すと、いつもそこまで綺麗な部屋とは言えないが、明らかに荒らされて散らかっていた。
ツナはこの怪しい男を泥棒だと認識し、一気に目が覚め、同時に肝も一気に冷めた。
「ひいっ!」
ツナがベッドの上で焦っていると、男がツナの方に振り返った。思わず悲鳴を上げるツナ。
怯えるツナにお構いなしで男はどんどんツナに近づいてくる。
「お助けぇええ゛え゛!!!」
ドサァ
「あぁあぁ…」
男はツナがいるベッドの目の前までくると、ツナに向かって倒れてきて、ツナは「今度こそ死んだ」と心の中で叫んだ。が、いつまで経っても体に変化はない。
「あ…あのぅ…」
男はツナの膝の上に倒れたままビクともしない。ツナが恐る恐る声をかけても返事はない。
そこで顔を覗き込んでみると、男の口の端から一筋の赤い液体が流れ出てきた。
「うわあぁああぁ!!」
「どうしたんですか綱吉さッわわ!!」
ツナが盛大に叫んだのとほぼ同時に、名前が部屋の扉を開けた。
そして扉付近に転がっていたゲーム機に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
今まで熟睡していたのだろう。髪の毛は面白いくらい寝癖でハネていて、目は眠たそうだ。
「ひいいいいい!!死んでるぅ〜!!!」
しかし今のツナに、名前にツッコミを入れる程の余裕はなかった。慌ててベッドから飛びのいて頭から床に落ちる。
「とーとーやったな。お前の自己防衛本能が殺しの才能を目覚めさせたんだぞ。」
「な!?何わけのわかんないこと言ってんだよ!見ろ!ドロボーが何者かに銃で…………!?」
そう言ったツナの手にはいつの間にか銃が握られていた。一瞬最悪の事実がツナの頭を横切る。
「その銃でツナが撃ったんだぞ。」
「オレーー!!!?」
すぐにその考えはリボーンによって肯定された。
ちなみにこの時、名前は足に絡まったゲーム機のコードを解くのに必死だった。
「覚えてねーのか?寝ながらオレの銃をうばって撃ったじゃねーか。」
「うそーー!!!」
リボーンはそう言うが、ツナは全くもって身に覚えが無い。だが自分が今銃を持っているのは紛れもない事実だ。
「やっとマフィアっぽくなってきたな。」
「少し見直したわ。これで一人前ね。」
「大丈夫です綱吉さんこれはぎゃあ痛いっ!!」
やっとコードを解いた名前だが、発した言葉はリボーンの蹴りによって止められてしまった。
その痛みで名前は昨日リボーンと約束したことを思い出す。
「つつつ綱吉さん、また1つマフィアに近づきましたね!私は嬉しくもあり悲しくもあり…」
「もう何も言わないでーー!どぉぉしよーーっ!!人をあやめちゃったよーー!!」
明らかに様子がおかしかったが、それ以上にツナの方がテンパっていた。
そりゃあ、今までマフィアとは何の関係も無く過ごしてきた、普通の中学男子だ。動揺するに決まっている。
「ツーナさん!見てください!文化祭の演劇でハル、屋形船やることになったんです!」
そんなところにハルが何の許可も無しに入って来た。
おまけに文化祭が近いせいか、いつもより少しテンションが高い。しかし演劇で屋形船の役というのはいかがなものか。
「こんにちは、ハルちゃん!」
「はひ!こんにちはです名前さん!」
名前とハルは体育祭前に一緒にケーキ屋へ行ってから、甘味好きの仲間意識が芽生えたようだ。
1人空気を重くするツナに構わず2人は「また今度あそこのケーキ屋さんに行きましょう」などと和やかに話している。
「あ、ツナさん達も劇の練習ですか?すごーい!リアルな死にっぷりですー!」
名前の肩ごしにベッドに倒れている男を見てハルが言うと、ツナの周りの空気は一層重くなった。
わなわなとツナが口を開く。
「ちがうよ。オ…オレが、本当に殺しちゃったんだ…」
「はひっ!?」
がしゃーん
一応一般人であるハルにこの告白は衝撃的でハルは思わず腰を抜かしてしまい、頑張って作った屋形船も粉々にしてしまった。
「なんでおめーがココにいんだよ!」
「今日部活ねーからおまえと同じヒマ人なんだ。」
そんなところにまたもや人の声。獄寺と山本だ。呼び鈴を鳴らしたくせに変事は待たずにズカズカと中に入って来た。
ツナとハルはあたふたとするがどうしようもない。そうしているうちに2人はツナの部屋に入ってきてしまった。
咄嗟に机の下に隠れたが隠れきれるわけがなかった。
「うう…オレの人生は終わったんだ〜〜!!もーー自首するしかないーー!!?」
「ツナさんが刑務所から出るまでハル待ってますーーーー!!手紙いっぱい出しますーーー!!!」
「は?」
「へ!?」
泣き叫ぶツナとハルの代わりに名前が説明をした。
「落ち着けよ。まだツナがやったって決まったわけじゃないだろ?」
「そーっスよ。だいたいこいつ本当に死んでんスか?」
「だ……だって……血が……」
「おい、起きねーと根性焼きいれっぞ。」
「ひぃ〜〜!!獄寺君なんてことを〜〜!!」
獄寺が自分の咥えていたタバコを男に近付けると、心なしか男の顔がピクッと動いた。
「ぎゃあああぁ動いたあぁ…」
「救急車です!救急車呼びましょーっ!」
「その必要はないぞ。医者を呼んどいた。」
再びテンパるツナとハルを静めるようにリボーンが言ったが、ツナはリボーンの言う「医者」には、心当たりが1つしかなかった。
「Dr.シャマルだ。」
「ヒック」
「(酔いどれー!!!)」
やはり。Dr.シャマルだった。しかも朝っぱらから酒を片手に酔っ払っている。一体いつからいたのだろうか。
「Dr.シャマル!早く患者を診てくださいよ!!」
「そーだったそーだった。死にかけの奴がいるんだってな。んーー、どれどれ…」
真剣な表情でシャマルが触ったのは倒れた男ではなく……ハルの胸だった。
即座に悲鳴をあげてシャマルの顔を容赦なく殴るハル。シャマルは部屋の隅まで一気に吹っ飛んだ。
「この元気なら大丈夫だ。おまけにカワイイときてる。」
「誰診てるんですか!!!」
「んあ?じゃー名前か!そーだろ!よーし、今診てやるぞー。」
「顔の形が変わってもいいならどうぞ。」
「んだよ、つれねーのー。」
「(名前さんDr.シャマルと知り合いなの?!)患者はこの人です!」
懲りずに再び立ち上がったシャマルを、名前は適当にあしらった。流石、扱いが慣れている。
「何度言ったらわかんだ?オレは男は診ねーって。」
「そーいえばそーだった。」
「知ってたよなあ!!」
だったらシャマルはいったい何のために呼ばれたのだろうか。
「てか本当にそいつ生きてんのか?瞳孔開いて息止まって心臓止まってりゃ死んだぜ。」
「ドーコー開いてます。」
「息も止まってる……。」
「心臓…止まってる。」
シャマルに言われた通り、ハルが瞳孔を、山本が呼吸を、獄寺が心臓をそれぞれ調べた結果、死んでいる事がわかった。
「オレがふざけてる間に仏さんになっちまったのかもなー。仏さんにゃ用がねーや。」
「(うぉい!!)」
医者とは思えない程軽快な口調で言うシャマル。
そのまま「じゃっ」と言って部屋を出て行ってしまった。本当に何のために来たのだろうか。
「あ〜〜やっぱりダメだ〜〜!!人殺しちゃったーー本当に殺しちゃった〜!!!」
「こんな時のためにもう一人呼んどいたぞ。」
再び泣け叫ぶツナを、再びリボーンが静めた。
それと同時に家の近くに大きなバイク音が。リボーンが呼んだという人物だろうか。そのバイクは沢田家の前に止まったようだ。
「やあ。」
「「「「「!!」」」」」
それから間もなく窓から雲雀が現れた。
つまり、玄関は通らずに塀を飛んで屋根に乗って、窓から入ってきたというわけだ。…土足で。
「ちょちょちょリボ…ッな、何で……」
「今日は君達と遊ぶためにきたわけじゃないんだ。赤ん坊に貸しを作りにきたんだ。ま、取り引きだね。」
そう言う雲雀の目は、間違いなく名前を捉えている。
名前は驚きながらも、その眼を鋭く見返した。
「ふーん。やるじゃないか。心臓を一発だ。」
雲雀はそんな名前の視線も気にせず、ベッドに倒れている男に近づいて男を足で転がし、そして一言。
「うん。この死体は僕が処理してもいいよ。」
「なっ、はあ〜〜!!?何言ってんの〜〜!!?」
「死体を見つからないように消して殺し自体を無かったことにしてくれるんだぞ。」
「いろんな意味でマズいよそれは!!」
ツナの言う通り、確かにいろんな意味でまずい。
死体を消すこともまずいし、それを中学生がやるということもまずい。
「じゃあ名前は連れてくね。」
「いいぞ。」
「えええ何言ってんの?!何で私連れてかれるの?!」
「そういう約束だからだ。」
「納得できるわけないじゃない!!」
ここにきてやっと、名前は先日のリボーンと雲雀のやり取りの内容を理解した。
「こういう事だったの…」と、小さく呟きながら肩を落とす。
リボーンの表情を見れば拒否はできないという事ぐらいわかっている。わかっているが、名前は本気で嫌だった。
「無理!!本当に、心の底から、無理!!」
「お前が今日1日ヒバリと過ごすことでツナの一生が助かるんだぞ。」
「!!」
しかしツナの一生がかかっているとなれば話は別だ。
「名前が来ないなら死体処理はしないからね。」
「!!」
追い詰めるように言う雲雀。
つまり、名前が今ここで大人しく雲雀についていかなければ、ツナはブタ箱行きという事だ。
「名前さん…」
最後には、ツナの不安げな声がとどめとなった。
「行きます!行かせてもらいますよ!綱吉さんに3食カツ丼生活なんてさせません!!」
「(名前さん…何かを勘違いしてる…!!)」
自分に言い聞かすように、名前は叫んだ。(しかも刑務所ではカツ丼しか食べさせてもらえないと思い込んでいるらしい)
それを聞いて、リボーンと雲雀が口の端を上げた。
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