黄と再会
海常高校は神奈川県にある高校で、バスケはもちろん野球やサッカーなど他のスポーツにおいても全国クラスのレベルを誇っているらしい。
……リコさん情報だ。「へー」と聞いていたらマネージャーなんだからせめてバスケの強豪校ぐらい知っておきなさいと怒られた。だって元々バスケ部のマネージャーになる気なんて無かったんだもん…。
校舎の綺麗さなら新設校の誠凛が勝つけど、広さに関して言えば完敗だ。見る限り体育館らしきものが3つくらい見えて、いったいどこに行けばいいのかわからない状態だったから私が様子を見に行きますと言って二つ目の体育館を覗いていたら……
「生まれた時から君のことが好きでした。俺と付き合ってください。」
「は?」
意味がわからない人に絡まれました。
この体育館がバスケ部のもので間違いないということはわかった。そのことを報告しに行きたいんだけど……手を握られて動けない。
一応言っておく。私とこの人は初対面である。
「ごめんね、急で驚いたかもしれないが……でも俺は確かに感じたんだ…!運命ってヤツを…!」
「………」
とりあえずこれだけは言える。私この人苦手だ。
多分これってナンパなんだろうけど、それにしても酷い。「運命」とか寒すぎる。きっと今、私、鳥肌立ってる。
ユニフォーム着てるのを見る限りバスケ部……つまり黄瀬っちのチームメイトなんだろうな。そう思うと無下に扱うこともできな……くもないか。
「君の名前を教えてぐはっ!!」
「森山ァ!テメー練習中にナンパしてんじゃねーよ!!」
いい加減握られている手を振り払おうと思っていたら、その人に向かって見事な蹴りが入った。もちろん私ではない。さすがに初対面の人に飛び蹴りはしない。
「だってしょうがないだろ笠松。運命が俺を動かしたんだ。」
「意味わかんねーよ!ったく、これから練習試合だっつーのに…」
ナンパの人を蹴り倒したのは笠松さんというらしい。イケメンだから覚えておこう。
「そういえばそのジャージ……君、もしかして誠凛のマネージャーさん?」
「あ、はい。体育館がいっぱいあってよくわからなかったので。」
「ん?確か黄瀬が案内に向かったはずだが……何やってんだアイツは。」
「そうなんですか?じゃあ、みんなを連れてまた来ますね。今日はよろしくお願いします。」
「お、おう……。」
すれ違いになっちゃったのかな。とりあえずみんなのところに戻ろう。
私は笠松さんに挨拶をして体育館を後にした。
「笠松……俺今日、あの子のために頑張る。」
「シバくぞ。」
名字さんがバスケ部の体育館を探しに行ったすぐ後、黄瀬くんが「お迎えにあがりました」と登場した。完璧に入れ違いですね。まあ、すぐに合流することになると思いますし、いいとしましょう。
「あの……名前っちは…?」
黄瀬くんは一通り嫌味と宣戦布告をし終わった後にそわそわしだした。どうやら名字さんの姿が見えないことに戸惑っているようです。
「あ、名前っち…!」
僕が名字さんなら体育館を探しに行きましたと言う前に、黄瀬くんが戻ってきた名字さんを見つけた。名字さんを見つけた瞬間、さっきまでうな垂れていた耳がピッと立ち上がったような気がします。
前に名字さんが行っていた「飼い主にじゃれる犬」という表現はなかなか言い得ていると思います。
「久しぶり、黄瀬っち。」
「ひ、久しぶりっす…!」
だけど、それはおそらく中学二年生の途中まで。
傍から見れば黄瀬くんは常に名字さんにつきまとっているように見えますが、僕は黄瀬くんを知ってるからわかる。名字さんを見つめる黄瀬くんの目は、いつからか色を変えた。
「黄瀬っちかっこよくなったねー。」
「!!」
名字さんが何気なく放った一言に黄瀬くんが赤面した。これがファンの女の子に笑顔で手を振るモデルと同一人物には思えませんね。
多分先輩方や火神くんも同じことを思ってるんでしょう。唖然として二人の様子を見つめています。
「名前っちも…!すっげー、可愛くなったっス…!」
「あははありがと。」
そして黄瀬くんの本気の言葉をサラっと流す名字さん。さすがです。
名字さんは人の気持ちに敏感な人だから、きっと黄瀬くんの気持ちには気付いてる。それを知ってて気付かないフリをしてる。それはきっと、黄瀬くんとの関係を壊したくないから。
それにしてもさっきから……というか、挨拶に来た時から黄瀬くんの様子がおかしい。名字さんに対してやけによそよそしいというか……緊張してる…?
「てかさ、名前っち……」
「ん?」
「何でメール、返してくれなかったんスか……?」
「……ん?」
「え? も、もしかして……」
「ごめん、忘れてたわ。」
「え……ええええ!?」
……もしかして、黄瀬くんがぎこちなかったのって名字さんからメールが返ってこなかったからですか?
黄瀬くんが意を決して出した言葉にあっさりと返す名字さん。……さすがです。
「俺が名前っちからメール来なくてどんだけ悩んだと……!」
「黄瀬っちのメールって長いし要点わかんないしでめんどくさいんだって。」
「ヒドッ!!」
黄瀬くんの日記みたいな長文メールを見てうんざりする名字さん……想像に容易いです。
黄瀬くんも名字さんの性格は充分知ってるだろうに、忘れてたんだろうとか思わないんですかね。
「でも……ま、嫌われてないんだったらいっスわ。」
問題が解決したところで黄瀬くんの雰囲気が変わった。
「俺、まだ諦めてねーから。」
「……」
バスケの時に見せるような鋭い目つきで名字さんを捉える。今度は名字さんに対しての宣戦布告だ。
おそらく中学の時に名字さんにフられているのは事実。それでもなお、黄瀬くんは名字さんのことが好きなんですね。
「だから今日の試合、かっこいいとこ見せて惚れてもらうっスよ!」
「……惚れるかどうかは置いといて、かっこいい姿は見せてほしいかな。」
「!!」
かっこよく決めた顔が、名字さんの一言であっという間に真っ赤に染まる。
…やっぱり名字さんの方が上手ですね。
≪≪prev