06
"今日の夜めし行かん?"
お買い物の日から1週間。侑くんからお食事のお誘いがきた。
あれから毎日連絡はするものの、内容は今まで通り部活のこととか何でもないこと。あまりにも普通でなんだからかわれたのかって今更ながらに気付いた。単純な私は侑くんに言われた通り、貰ったマグカップを使う度侑くんの顔が思い浮かんでドキドキしてしまうからコーヒーを飲む頻度が減ってしまった。
ノヤくんともご飯とか行ってたし、そんな身構えるこもないよね。"部活終わりでよければ"と返して部活へ向かった。
+++
「お疲れさん。」
「あ、あれ!?」
部活が終わってそういえばどこで待ち合わせようかとスマホを出したところで、侑くんがいらっしゃった。
「学校まで迎え行くって入れといたんやけど……部活中やし見れんよな。」
「……あ、本当だ。ごめん見てなくて。」
「そーやろと思てたから気にせんでええよ。」
トークアプリを開いてみると、私が送った文の数分後にそんな内容が送られていて申し訳なく思った。いつから待ってくれてたんだろう。
「えっ、名前の彼氏!?」
「イケメン!」
「てかアレ宮くんじゃない?」
私と宮くんが話してるのを見て、一緒に駐輪場へ向かっていた友達がそわそわしてるのがわかった。
「彼氏じゃないから!」
「まだ、な。」
「「「!?」」」
侑くんが付け足すように呟いた言葉に私を含めてみんなが反応する。「まだ」って、これからそうなるような言い方……!
文句を言おうと侑くんを見たら楽しそうににこっと笑うものだから言葉を飲み込んでしまった。
「ほんじゃみなさんお疲れさん。」
「あ、侑くん……」
「名前ちゃんが好きそうな店見つけたんよ。」
みんなが見てる前で手を引かれる。こんなの、勘違いされちゃうよ。
+++
(侑視点)
名前ちゃんを連れてきたのは夜はバーにもなる落ち着いた雰囲気のカフェ。しっかりリサーチ済みやで。名前ちゃんは気に入ったようでキョロキョロで店内を見まわしてる。かわええ。
「明日試合はどことやるの?」
「……赤学。」
何で明日試合があること知っとん、と思たら治の部屋に前泊するついでにっていう口実やったと思い出した。ぶっちゃけ朝家出たって間に合うんやけどな。
「あ、黒尾さんがいるとこだ。」
「……音駒の元主将のこと知っとんの?」
「うん。」
「何で?宮城と東京やん。」
名前ちゃんの口から意外な人物の名前が出てきて戸惑う。聞いてみると、烏野と音駒は昔から繋がりがあって、そのよしみで年に何回か合同合宿をやってたらしい。
名前ちゃんは中2でバレー辞めて、高校では女バレには入らんと男バレにたまに顔を出してたってのは聞いとったけど、東京勢と交流があるなんて初耳や。
「……他には?」
「え?」
「他に知っとる奴。」
「えっと……音駒の人は大体面識あって、あとは梟谷の木兎さんと……あ、赤葦くん。うちの男バレのセッターの。」
「あー……。」
宮城から東京に来たから元からの知り合いなんてそんなおらんやろって勝手に思てたのに。
音駒なんてレシーブが売りのチームやからリベロの名前ちゃんにとってたまらんとちゃうん。元主将の黒尾なんて、アレ絶対腹どす黒いやろ。梟谷の木兎は……まあ煩いだけやから心配せんでええとして、赤葦も女子に人気ありそうな顔しとったな。
どの男が名前ちゃんを狙てるかもわからんと思うと、なんだか急に焦りを感じた。
「名前ちゃんてどういう男がタイプなん?」
「えっ……どうなんだろう……?」
前に好きな芸能人を聞いたらテレビあまり見ないからわからないと返された。好きなバンドの名前は聞いたけど、アレは顔じゃなくて純粋に曲が好きなんやと言うてた。
「顔は?どんなん好き?」
「え、えー……?」
正直、おとんとおかんから受け継いだこの顔は割と評判が良い。けど、名前ちゃんのタイプやなかったら意味がない。聞いてみても名前ちゃんは首を傾げるだけやった。考えたことないんやろか。
「理想とかないん?」
「うーん……あ!バレーの話はしたい……かな。」
「ブレへんな!」
どこまでも歪みない名前ちゃんについ関西のノリでつっこんでしまった。
まあ……ええか。実際のところ俺も好み聞かれてもようわからんし。年上のセクシーなお姉さんが好きやと思ってたのに、今夢中になってる女の子は笑顔が可愛らしいバレーバカな子やし。
「そんなら俺はアリってことで。」
「えっ……あ。」
そんなん言うたら黒尾も赤葦もみんなアリになってまうけど、わざわざ教えたる必要はない。ここで照れられるってことは、この前の成果もあってちょっとはそういう風に考えてくれとんのやろ?それだけで一歩リードや。
「俺はな、笑顔が可愛い子が好きなんよ。」
「へえ……。」
「名前ちゃん、いろんな笑顔見してくれるから飽きへんよ。」
「え、そうかな?」
「けどな、まだ俺に見してくれとらん笑顔があんねん。」
「?」
「それを引き出すんが当面の俺の目的や。」
おそらく理解できていない名前ちゃんを置いてけぼりにしてどんどん話を進める。
あの笑顔を引き出して、それでようやく烏野のリベロくんと同じスタートラインや。燃える。
「名前ちゃんは気にせんといていつも通りにしたってな。」
「う、うん。」
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