うたプリ | ナノ



トキヤはこの日の前日からドラマの撮影が入っており、都内のとあるスタジオに赴いていた。いつも通りに与えられた役を演じ、何の問題も無く撮影は順調に進んでいた。あとワンシーンでこの日の撮影終了というところで、異変は起こった。突然、嘔吐感がトキヤの身体を苛み、うずくまってしまったのだ。
彼の不調の訴えに、現場は一時騒然となった。だが、丁度そこに居合わせていた、トキヤの友人の一人であり、今回のドラマの共演者でもある聖川真斗が医術の心得があったことが幸いし、彼の妊娠発覚へと繋がることとなったのだ。
トキヤの回復を待って撮影は再開され、この日の仕事は無事終了した。
その後、トキヤはちゃんとした検査を受ける必要があった為、真斗付き添いの元、彼の知り合いの病院へと向かった。診断の結果、現在妊娠中と判明。そして、何か外的な要因により自身の身体が中性体へと変化してしまったという驚くべき真実を、自らも知ることとなった。

「――と、いう訳なんですが…」

トキヤが全て話し終っても、音也は相変わらずで、ずっと押し黙ったままだった。

「……音也?」
「……うん」
「………」

明確な反応を示さない音也に対して、やはり話さない方が良かったのかもしれない、とトキヤは聞こえないくらいの小さな声で呟き、自嘲気味に笑った。
それから、一つ小さな息を漏らすと、ふと顔を上げて、吹っ切れたような――でも、何処か切なげな表情を音也に傾ける。

「すみません、いきなり変な事を言って…。こんな話、ただ貴方を混乱させるだけですよね…」
「………」
「…私、生みませんから……」
「……生、…まない?」

弾かれたように見つめ返してきた音也に、その瞳は途端に曇り、耐え切れぬ様子で顔を逸らしてしまう。

「生まない、ってどういう事だよ、トキヤ」

生まない=子どもを堕ろすという意味であることは、幾ら自分の思考回路が正常に機能していなくても容易に理解出来た。
音也が分からないのは、その理由だ。
トキヤは何故生まないという選択を、自分に何の相談も無く出してしまったのか。
その理由をちゃんと伝えてくれなければ、こちらは何も分からないままだし、納得のしようもないではないか。
顔を逸らしたまま何も言おうとしないトキヤに、音也が答えを促す。

「ねぇ、トキヤ。お願いだから、俺にも分かるように説明して。じゃないと、俺、お前の苦しみも分からないままになる。不安も理解出来ないままになる。そんなの、俺は嫌なんだ。だから…」
「……音也」

音也の真っ直ぐな瞳と言葉に促される形で、トキヤは意を決した表情で、その重い口を開いた。

「……お腹の子が、貴方の子だとは、…限らないからです」

苦しげに発したトキヤの一言に、音也ははっとする。

「音也、この話は、以前、貴方にも話したことがあると思うのですが」
「……もしかして、あの時の」
「…えぇ」

二人が付き合い始めた頃、これだけは貴方に告げておかねばならない、とトキヤに打ち明けられたことがあった。彼がHAYATOとしてまだ活動していた時期、番組プロデューサー等から個人的に様々なことを強要されていた事実があったらしい。
無理難題を与えられたり、セクハラされることもしばしば。果ては、身体を要求されることも…。
勿論、このようなやり方は彼が所属している、社長の意向では無かった。というより、社長やマネージャーは何一つ知らないことだった。それも事務所には告げぬよう、相手側から固く口止めをされていたのだ。
言うことを聞かねば、もし社長に告げ口をするようなことがあれば、事務所を潰し兼ねない――と、そのような脅迫を受けて。そんな事を言われたら、トキヤはもう相手の要求を呑む外無かった。
幼い頃から世話になっている事務所。恩も義理もある。これ以上、自分のことで迷惑を掛けたくはなかった。当時のトキヤに、圧力を跳ね退ける力も、他の選択肢も残ってはいなかったのだ。


- 3/4 -
back next



←Back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -