安っぽいショッキングピンクのライトが目に痛い。
固いばかりで、やけに軋んだ音を鳴らすベッドの上に放り投げられたと思えば、彼は自分の財布からお札を抜き取り私に押し付けた。

「いくら払えばいい?時給で?それとも回数?オプションはいくら?」

早口で捲し立てられるが、オプションだとか何だとか私には全く分からない。
そもそもあのチラシだって最終手段ぐらいの考えで鞄の底にうずめたものだったのだ。今すぐそういった仕事に就こうと思っていたわけではないのに、こんなにも怒られる筋合いはない。

「ちょっと、私こんなことするつもりない!」

「はあ?客を選ぶんだ?こういう仕事始めたら俺みたいな若い男じゃなくて、きったないオッサン相手にすることになるんだけど」

私の意図が伝わらないらしく、彼は財布をその辺に放り投げると私の上に馬乗りになった。自然とシャルの顔越しに天上を見上げる形になったのだが、ギシギシと無駄に立つ音が酷く耳障りで耳を塞ぎたくなる。

「やだってば!」

足をばたつかせて見るが、ベッドが鳴るばかりで彼の体はぴくりとも動かない。
抵抗する私を疎ましく思ったのか、彼は私の口を無理矢理こじ開けるようにしてキスをすると、息をもらすように笑った。初めての口づけだったと思う暇も、余韻に浸ることもできないような乱暴な口づけだった。
兄のようで、いつも私がくっついて歩くのを許してくれていた彼がどうしてここまで私に辛辣に当たるのか理由は分からない。涙が零れそうになるのを必死に堪えて俯くと、頭上から声がかかった。

「初めてだった?…どうでもいいけどさ。ていうか、…舐めてよ」

耳元で囁かれた声に顔がぼっと熱くなる。男性経験はないがこの状況で何を、と聞き返すほど私は純粋ではない。彼はおもむろに自身の下ばきに手をかけて、そそり立つものを取り出すと私の目の前に近づけ、「ほら」と催促するように頭を掴んだ。

「ねえシャルおかしいよ!私こんなことしたくない!」

「うるさいなあ、いきなり下に突っ込まないだけ優しいと思いなよ」

必死の言葉も聞き入れる様子もなく、彼は私の口内にそれを突っ込むと頭を掴んで前後させ始めた。息が苦しくて、掴まれた髪が痛くて必死に彼を押し返そうとするが、力の差がありすぎて抵抗など何の意味もなしていない。
もう、歯を立ててしまおうと口に力をいれようとすれば、「歯立てたら名前でも殴るから」と冷たい声がかかる。
殴るどころか、彼は私を叩いたり傷つけたりするようなことは今までしなかったのだ。そんな過去を思い出すと、尚更今の扱いが悲しくて堪らない。こんな、彼が部屋に連れ込んでいた顔も名前も分からないような女達と同じ扱いをされていると思うと殊更に胸が痛くなる。
あの時、シャルがどういうつもりで彼女たちとの行為をわざと私に見せたのかは分からない。彼が部屋においでと言うから行ったのに、扉の前に立つや否や女の喘ぎ声とシャルの楽しそうな声が聞こえた時の私の心情は複雑なものだった。兄をとられた、とも違う心が痛くなるような気持ちは今考えれば『嫉妬』と名前をつけるのが一番正しいのかもしれない。
しかし、あの時逃げるように自分の部屋に帰った私はこの気持ちに名前をつけることができなかった。だから、情事の後女を殺したのだろう、傷みきったパーマのかかったブロンドの髪がついた首を外に捨てる彼と鉢合わせた時、「女の人とそういうことするなら部屋に呼ばないで」と告げることが精いっぱいで、彼がその時私をどんな顔で見ていたかなんて気にする暇もなかった。

私の嗚咽と、彼の口から洩れる短い息だけが聞こえるこの時間は私にとって永遠のように感じる程長いものだった。

私の中でどこか特別視されていた彼への気持ちがこの行為で、酷く穢されてしまったように思う。彼は当然のように口内に白濁を出すと、「飲んで」と短く告げた。
緩く首を振ると、頬を叩かれる。

「飲め」
そう言った彼の顔は、人間をゴミクズのように殺している時と同じ表情をしていた。

叩かれたショックもあり、少しずつ苦くて、気持ちの悪いそれを飲み込むとようやく彼は口内から自身を抜き取り、私の頭を撫でた。

「初めてにしてはよくやったじゃないか」

貼りつけたような笑顔を浮かべながら、強い力で撫でられる頭が痛い。彼は、呆然とする私の手にベッド周りに散らばっていたお札を握らせると「これくらいでいいでしょ?」と言って何もなかったかのように身だしなみを整えた。

「…そっちの初めては今度、ちゃんとお金用意するから」

窓から飛び降りて、出て行ってしまった彼は一度もこちらを振り向かなかった。
そんな姿に、彼の中での私の存在が酷くちっぽけで、大多数と同じになってしまったような気分になり虚しくなる。
最初離れていこうとしたのは自分なのだから、思い出を汚されたと私が怒るのはお門違いなのかもしれない。その点に関してはきっとシャルの方が裏切られたと思っているだろう。だからこそ私が別な道を歩もうとしていたことを妨害してきたのだ。
今は雲の上の存在程にかけ離れてしまった彼らと私が、唯一同じ場所で、同じ時間を過ごしたその過去をまるでなかったかのように過ごすことなど、私にはできないのだ。

綺麗な思い出だけを持って離れることを許してほしかった、そんなワガママを突き通そうとした自分に罰が当たったのかもしれない。

喉奥に、苦くて、粘着質なそれを感じながら、色んなものに取り残されてしまった私は一人泣くことしかできなかった。


 


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