新しい就職先を探すために斡旋所へ向かうが、どの広告を見ても心は動かされない。
私が働き始めたらこの人達も殺されてしまうのかな、歯を大きく見せて笑顔を作るその人達の写真を見ては死体を思い浮かべてしまうのだから、私の精神状態は良いものではないだろう。

ヒソカに言われた、もう選択しているという言葉。これはかなり核心をついていて、自分が認めたくない部分を曝け出されてしまったという思いだ。彼のような人の心の機微に敏感な人間に話を持ちかけた時点で、彼らの元から結局は離れられないのだという深層心理を、第三者に言葉にしてほしかったのかもしれない。
しかし、彼らから離れなくてはいつまで経っても私は、いつ切り離されるかも分からない彼らの付随品でしかなくなるのだという気持ちは嘘ではない。

いっそのこと彼に殺されないぐらい強い人の所で働けばよいのではないか、と考えるがそんな求人を出している所なら自分にも同様の強さが求められるのは必然である。
はあ、と大きくため息をつくと、斡旋所のおばちゃんが「辛気臭いねえ」と嫌な顔をするのだから余計に気分が落ち込む。

「アンタさあ、こないだも来てたよね?仕事決まったと思ってたんだけど辞めちまったのかい?もったいない」

「あ…いやあ、ははは」

同僚全員知人に殺されたので無職になりましたとは口が裂けても言えない。苦笑いをしながらどう言ったものかと考えあぐねていると、おばちゃんは一枚の紙を差し出した。

「ここなんてどうだい。若い女なら誰でも雇ってくれるだろうよ」

明らかに色を売る仕事だろう人目で分かるその紙をとりあえず受け取ると、おばちゃんは「これだから若いモンは」とブツブツ呟きながら窓口の奥へ戻っていってしまった。
流石にこの手の仕事に就くのは早すぎる、と苦笑しか漏れない。しかし、これから先仕事を妨害し続けられ、貯金にも底がつけば仕事を選ぶようなワガママは言っていられないに違いない。
鞄の奥底に押し込んで斡旋所を出れば、「久しぶり」と声をかけてくる彼――シャルナークがいた。

「…」
思わず体を固くしてしまうのは仕方ないだろう。

あの日血にまみれていたことなど嘘だったかのような姿を見て、やはり彼にとって殺しなどは何てことない行為なのだと実感する。彼の能力ならば自分の手を汚さずに全てを終わらせることもできるのに、あえて自分の手を使ってまで、あの時私を庇うように抱きしめた同僚の首をへし折ったのは何故だったのだろうか。
…物わかりの悪いこの頭で考えて分かることではないだろう。思考の海から目を逸らし、目の前の彼に視線を移すと、彼はやはり笑っていた。

「まだ仕事探してるの?名前って本当に何がしたいのかな」

「前から言ってるけど仕事して、お金稼いで、普通の生活がしたいの…人殺しなんてまっぴら」

「仕事がしたいなら俺の手伝いをしてよ。お金がもらえなくて嫌だって言うなら給料だってちゃんと払うよ?それに名前に回す仕事は直接殺しには関係ないやつにしてあげる」

「…そういうことじゃないよ」

「そういうことだよ。何に感化されたのか知らないけど、普通の生活”ごっこ”がしたいんでしょ。いいよ、俺が付き合ってあげる。だから戻っておいでよ」

シャルは蕩けてしまいそうな甘い笑顔を見せながら私の手を取るが、その力は言葉に反して力強い。痛みに顔をしかめるが、緩める気はないようだ。骨を折るつもりなのだろうかと恐怖に駆られて、精いっぱいの力で押し返すと反動で私だけが地面に転がった。

「何してるのさ」

鞄から飛び出た小物を彼が拾い集め、一点で動きを止めた。
不自然な動作に彼の視線の先を見れば、先ほど嫌味なおばちゃんに渡された所謂風俗店の広告だ。明らかに変わった空気に、まずいと思うが時すでに遅し。

「次はこういう仕事がしたかったんだ?知らなかった」

彼はぐしゃりと握りつぶした広告を地面に落とすと、地面に転がったままの私の腕を引き上げ、笑顔を見せないまま言い放った。

「俺が一番最初のお客さんになってあげるよ」
先ほどの比ではない腕に込められた力に、私は成すすべなく彼に連れられるしかなかった。


 


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