「もうやめたらどうだ」
「何を?」
携帯をいじりながらこちらを向かずに答える様子に、何度目か分からないため息が出る。いい加減あの弱く可哀想な少女を自分達から解放してやりたいと思う。おそらく旅団外の人間に対し最初で最後になるだろう、精いっぱいの慈悲がどうしてこの男は分からないのか。
クロロは頭を抱えるしかなかった。
「名前を手放したらどうなんだと言っている」
「嫌だよ。絶対に連れ戻す」
「…シャルナークこれは命令だ。旅団外の人間に肩入れするな」
クロロ=ルシルフルとしてではなく、あくまでも団長命令であり蜘蛛の命令であることを強調すれば、シャルナークはようやく携帯から顔をあげてこちらを睨んだ。
「名前は仲間じゃないっていうのか」
「そうだ。同郷の人間だが”仲間”ではない」
その言葉を皮切りにシャルナークは酷くいらついたようにテーブルを叩きつけ部屋を出て行く。廃墟の階段がやけに五月蠅く音をたてて遠ざかっていくのを聞きながら、きっと彼女に一番甘いのは自分なのかもしれないと自嘲した。
***
「きっとそれは選択の問題だよ」
「せんたく…」
ヨークシンのとあるカフェで、ようやく呼び出したその男は珍しくフェイスメイクをしていない顔でわざとらしい笑顔を作りながら答えた。
「そ、簡単な二択だよ。君の人生か、他人の人生かどちらかを選ぶだけ、簡単だろう?」
くつくつと笑みを深める男に選べないから困っているのだと、じとりとした目線をやれば気味の悪い視線で私を見返してきた。途端に感じる悪寒に肩をさすれば、「まあボクをこんな話のためだけに呼び出す時点で、君は相当普通じゃないと思うけどね」と彼はウインクをして見せた。
お会計はボクがするから、と早々に席を立ってしまう彼を呼び止めようとするが、腕に触れるか触れないかの所でトランプの切っ先が私の首にあてがわれた。
感じた事のない気分の悪さに思わず目を見開く。今までに見た事の無いような表情で私を見据えるヒソカを、初めて恐ろしいと思った。彼の本気の殺意をもろに肌で感じ、声も出せないでいれば彼は表情を緩めて甘ったるい声で囁きながら私の首筋を爪でなぞった。
「君はとっくに選択しているのに決めていないフリをしているだけ。本当に彼らと縁を切りたいならボクとも会ってはいけない、この街だって早々に離れるべきだよ。ね、本当は気づいてるんデショ?」
バイバイ、また会うと思うけど。と言い残して去っていく彼の姿を見つめながらもう一度私は考える。
私はどうやって生きていきたいのだろう。
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