2 My pleasant home



南極大陸に遍在する都市は地下に集中していた。
核戦争後に急造した地球人の地下都市と比べて水や空気は安全に使う事ができ、地上部分は耐熱性植物の穀倉地帯になっていることもあった。

海洋観測塔も地下交通網からの出入口があり、フェイズとケイは「家」に帰るために自動運転の小さなトロリーバスに乗った。
車体の大きさと定員数の違い毎に水棲生物の名前が付けられていて、流線型のボディには魚の名前が多く採用されていた。
8人乗りの「こりどらす」の最前列にふたりは並んで座り、フロントガラスから運転手気分を楽しむ。
尤も、帰路も能天気なのはフェイズだけで、ケイは早くも受験のプレッシャーを感じていた。


少年達は住居兼学舎の「家」に到着すると、出迎えたエルダー人の成人女性に「ただいま戻りました」と挨拶をした。
「家」は40人以下の子供達と10数人の教育の専門家が共同生活をしていて、他人同士が大人数で暮らす形態がこの惑星では一般的だった。


子供達で賑わう共有スペースを通り、ふたりはフェイズの個室に向かった。
総合科学研究所の受験要項を確認するために。

「数学基礎と応用、化学、生物学、古典物理、現代物理、地理、現代史、現代文……試験科目多くない?
子供は子供らしくもっと遊ばなくていいの?」
ケイはモニターを見るのをやめ、机に突っ伏してフェイズを見た。どれだけ大変な試験を受けようとしているのか、フェイズには分からないのだろうかと。
「ケイだって選ばれし者なんだから、なんとかなるよ」
「せめて受験は5年後にしない?」
「大丈夫だって。分からないところは僕が教えるから頑張ろ」
僕が教えるから、の言葉にケイは返答に困った。
「どうしたの?耳が赤いよ」
「赤い?知らない。それよりフェイズってこんなに優しかったっけ?」
「え…今まで優しくなかった……?」
しかしまだケイの不安は拭えなかった。そんなに急いで勉強して、急いで大人になって、後悔しないのだろうか。
フェイズも多少無理のあるチャレンジだと感じていた。それに勝手に進路を押し付けるのも彼に悪いと思った。
「分かった。調査団になりたいのは僕だけだから、僕だけ受験するよ…」
慌てたケイは上半身を机から離した。
「や、やだよ。こうなったらフェイズよりいい点数で合格してやる」
「……あ、うん、ありがとう」
フェイズは少し引きながらも、試験の詳しい資料を集め始めたのでケイは横で眺めていた。
「(星間調査団か…宇宙に出るなんて危ないし、もっと安全な仕事がいいのに。でもなりたいものが決まってるなんて凄いなぁ…)」



極夜明けのお祝いの為に、ふたりも共有スペースで準備に加わった。
いつもバラバラに配置されているテーブルを中央に集めて椅子を並べ、皿やグラス、花とキャンドルも子供達自身が整えて置いていく。
準備をしながら、本当にケイを巻き込んでいいのかフェイズは考えていた。
そもそもどうしてケイと進学したいと思ったのか、言葉でうまく説明出来なかった。ひとりで北極圏に行っても、新しい友人なら簡単に作れると思っていた。


一通り準備が終わると、最年長の少女が古くから伝わる感謝の祝詞を述べ、普段より少し豪華な食事が始まった。
席順は特に決まっていないため、他の子とも仲良く食事をするのも大事なことだと、ふたりはお互い少し離れた席に着いた。

やがて31人の子供のうち殆どが皿を空にすると、調理室からアプリコットを使った直径40cmの円形のケーキが出てきて歓声が上がった。
数日前にこれを31等分に食べやすい形で切る方法を教師から出題されていたので、フェイズは解いた答えのメモを持ってケーキを切る係の子に近付く。
丸くて大きなデザートの上には、長い髪の太陽の女神が剣を構えている姿の砂糖菓子が飾られていた。
去年はチョコレートケーキだったが、それにも同じ砂糖菓子が載っていた。一昨年も、その前も、種類は違えどいつもこの日のケーキと女神はセットになっていた。
海洋観測塔で聞いたケイの話を思い出し、これが数千年の誤解の原因の一端と気付いて、少し可笑しくて遠くにいたケイに思わず目配せをしてしまった。
フェイズが砂糖菓子に注意を引かれた様子を見ていたケイは、彼が自分の方を見た意味が分かり、笑いながら2回小さく頷く。

まるでケイに心を読まれたかのような感覚に、フェイズは少しの恥ずかしさとそれ以上の嬉しさを覚え、こんな日々がずっと続けばいいのにと願った。
そして、このささやかな願いが理由なのかもしれないと、彼は気付き始めた。





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