第2話


「で、影山くんに熱烈直球ラブラブストレートをくらっちゃったなまえちゃんは一体これからどうするおつもりですか〜?」

 人の影が落ちて、前の席の椅子がガタリと音を立てる。視線を上げると、ニヤニヤ顔の田中くんがそこにいた。私をからかいにきたのは一目瞭然だ。別のクラスから休み時間にわざわざご苦労なことである。正直いまはなにをどう言われようとも全然笑えない。それほどに、私の心は穏やかではないのだ。

 影山くんに爆弾発言という名の告白をされたのはつい昨日の話なのに、西谷くんのお口の軽さには本当に呆れてしまう。田中くんが知っているということは、少なくともバレー部の二年たちには広まっているのだろう。なんとなく、次は木下くんあたりがやって来そうな気配だ。
 二年男子どもにイジられ慣れている私はともかく、影山くんはこれで良いのだろうか。普通、告白って周りにバレないようにこっそりしたいものなんじゃないか。少なくとも私はそう思うけど、昨日のあの感じなら、まあ、案外そうでもないのかな。
 だめだ。いくら考えようとも、影山くんのことはやっぱりよくわからない。

「田中くん、そうやって茶化すの良くないです」
「別に茶化してねーし。てか一応言っとくけど、気づいてなかったのお前だけだぜ多分」
「……ん? な、なにが」
「だーかーらぁ、影山がなまえのこと好きだって話」
「?! う、うそ」
「嘘じゃねえよ。お前がまじで鈍すぎてどうしようもねーから、俺らが一肌脱いでやったんじゃねえか」

 告白された時と同じくらいの衝撃がはしった。初耳だ。一体いつから、そんなことになっていたのだろう。え、え、と動揺しまくる私に、田中くんは心底呆れたような溜息をつく。


「ずっと見てたぜ、影山。なまえのこと」


 そう、至極当然のように言う。
 ずっと? 部活中のことを思い返してみても、そんな風に感じたことはない。でも、周りが気づいちゃうくらいのそれって、たぶん相当だ。しかもあの影山くんがである。今まで誰かに「鈍い」と言われてもいまいちピンとこなかったが、今回ばかりは納得せざるを得ないのかもしれない。

「どうしよう……いわれても全然わかんない」
「ま、お前だし。それに影山ってそういうアピールとか下手そうだもんな」
「影山くん、あんまり自分から喋らないし」
「でも一緒に帰ったりしてただろ? そんときは」
「それは、影山くんのトス練付き合ってたらたまたまそうなっただけで、別にそんな」
「……まったく意識してねーとそうなるんか」

 田中くんは腕を組んで、なるほどなーと頷いた。意識なんて、するわけがない。まさか影山くんのような男の子が、平々凡々な私に興味を持つなんて、絶対にありえないからだ。興味どころかまさか好意を持たれていたなんて夢にも思うまい。

「ていうか……影山くんが、わたしのこと好きになる理由がぜんぜんわかんない」

 影山くんは、とにかくすごい子だ。
 バレーについては言わずもがな。常人とは異なる能力を持っているし、それに対する意識もモチベーションも努力も人並外れている。私だけじゃなく、バレー部全員が思っていることだろう。
 とくに春高以降は、二年の女子の間でも良く話題に上がるほどの存在となっていた。皆が言うように顔は確かに整っているし、身長もそのへんの男子よりずっと高い。ほどよく筋肉のついた身体はスラっとしていて、贔屓目なしにカッコいいとは思う。バレーなんてちっとも興味ない、って子でも、影山くんのプレーを一目見れば、なにかしら惹かれるものがあるんじゃないかってくらい、魅力に溢れている。
 私は元々バレーが好きで、ほんの少しだけ齧ったこともある。だからこそ表面的な魅力だけじゃなく、影山くんのすごさが物凄く良くわかる。普通じゃない。彼は特別な人間だと。

 私なんか釣り合うはずがない。マネージャーとして彼を応援したり練習を手伝うことは出来ても、ただそれだけだ。そんな事は、誰にだってできる。
 影山くんはまだ一年生ながら、部の皆からとても頼りにされている存在だ。プレーにおいても何気ない日々の練習においても皆を自然に引っ張ってくれている。主将が持ち得るリーダシップとはまた別の意味で、人を動かすような力がある。
 そんな人から急に「好きだ」と言われて、真っ向から受け止められるような精神など私は持ち合わせていない。それに、好きだと言われても、一体私のどこが好きなんだ?と疑ってしまう。影山くんが私を好きになる理由があまりにも謎なのだ。

「わたしさあ、とくべつ美人とかでもないし」
「ま、潔子さんと比べたらなあ」
「頭もそんなに良くないし」
「影山よりは良いだろうよ」
「スタイルはまあ……どうなの?」
「それは俺に聞くな」
「わたしって……なんかいいとこあるのかな」
「いやいやお前、どんだけネガティブだよ」

 田中くんがゲラゲラと声をあげて笑う。
 私は大真面目に言ってる。だって潔子さんみたいなひとなら、惚れる理由もわからなくない。私が男子部員だったら、まあ間違いなく潔子さんに惚れている。美人だしお淑やかで優しいし、マネージャーの仕事もテキパキとこなすし、とっても頼りになる。入部した時からずっと憧れの先輩だ。
 後輩の仁花ちゃんだって、小さくて女の子らしくてすごく可愛い子だ。とても頭が良くて、影山くんや日向くんの赤点事件の時はものすごく親身になって頑張ってくれた。同じ一年生同士だし、私よりもずっと影山くんと仲が良いように見える。寄付金のポスターの件だって、仁花ちゃんが居てくれたからこその結果だ。誰がどう見たって、魅力に溢れている女の子だろう。

 私はまあ、全部そこそこ。
 特筆すべき点はないけどそれなりにやる、という無難な感じ。潔子さんや仁花ちゃんと違うところといえば、ほんのちょびっとだけバレーの経験があるという程度だ。でも今はプレーをするわけでもないから、実際なんのアドバンテージにもなってない。
 別にふたりと比べて劣っているからどうだとか、悲観しているつもりもない。ただ、こんなに近くに魅力的な女の子がふたりもいるのに、影山くんはなんで私?という気持ちになってしまうのだ。

「ま、俺は言えるぜ。お前のいいところ」

 田中くんがふふん、と鼻をかく。
 田中くんから見て私のいいところ、ふむ。それは確かに気になるしぜひ聞かせて欲しい。ぐ、と私が前のめりになったのに気がついたのか、田中くんは指を一本立ててなにやら得意げに喋り出した。

「バレー、すげぇ楽しそうに見てる。練習の時も、試合の時も」
「……それは、まあ、好きだし」
「あとよく笑うし。可愛いなって俺でも思う時があったりする」
「……な、なに?! 普通に照れる!」
「誰かが良いプレーしたとき、自分のことみたいにはしゃいで喜ぶ。あと応援が必死すぎてたまに怖いくらいなのと、負けちまったとき、死ぬんじゃねえかってくらい悔しそうに泣く」
「そんなの、あたりまえ」
「だからよ!案外、そういうとこなんじゃねえの」

 聞けば全部大したことはない。しかもそれって私に限ったことじゃない。潔子さんや仁花ちゃんだって、それぞれ表現の仕方が違うだけで感じてることはきっと同じだ。私ひとりが特別なわけじゃない。
 仮にもしそんなことが理由の一つだったとして、そうかそうかと納得できるようなものじゃない。

「そんな子、多分どこにでも」
「そんな子の中で、影山の一番近くにいたのがお前なんだろうが」

 びし、と頭にチョップを喰らう。
 軽い一撃だ。べつに痛くない。
 でも、どしんと重たい衝撃だった。

「お前ごちゃごちゃ考えすぎなんじゃねえの」

 田中くんは、少し呆れたような口ぶりだった。そう言われても、私は元々そういう性格なんだ。気になることは放っておけないし、いつまで経ってもずるずる引きずる。一日寝たら嫌なこと全部忘れるとかそういうタイプのひともいるけど、私はその真逆だ。
 日が経つたびにこのモヤモヤは蓄積する。だから余計なことであまり悩みたくない。ただ普通に告白をされただけなら、きっとこんなに悩むこともなかった。
 だって影山くんが、あんな風に言ってくるから。

「考えちゃうよ、そんなの」
「なんで自分なのかって?」
「いや、だって……あの、影山くんだよ?」
「お前は影山を神様かなんかだと思ってんのか?アッ、それとも王様か?」

 田中くんは半分からかっているつもりかもだが、案外それに近い感情なのかもしれない。彼氏の存在はもちろんあるが、そもそも影山くんという人が私にとって、恋愛対象に当てはまらない。決して上から目線で言っているわけではなく、釣り合うはずがないと引け目を感じているからだ。

「王様がなにゆえこんな庶民を……」

 情けない溜息しか出てこない。
 ぐでん、と机にうつ伏せになる。午後の授業が終わったら今日も当然のように部活がある。影山くんはもちろん来る。つまり顔を合わせる。話しかけられたら無視なんか出来ない。でも私、普通に会話できる自信がない。

「気まぐれ、とかかな」
「おい。そりゃ、影山に失礼だぜ」

 ごもっとも、だ。
 言われなくてもわかっている。現実逃避したくて、言ってみただけだ。だって影山くんのあの時の目は、冗談や嘘をついてるひとのそれじゃなかった。そもそも影山くんはそんな子じゃない。

「人を好きになるのに、特別な理由なんかいらねぇだろ」

 田中くんがニッと歯を見せて笑う。
 普段はうるさいお調子者のくせして、たまにすごくいい事を言ったりする。本来は私をからかいにきたのであろう田中くんをあしらうつもりだったのに、結局、恋愛相談みたいになってしまっている。田中くんは案外聞き上手だ。

「田中くんがいうとなんか説得力ある……」
「そりゃあお前、俺は潔子さんに一目惚れしてからずっと潔子さん一筋だからな」
「プロポーズ断られてるけどね」
「一回目はな!!何回だってするぜ俺は!」

 ごごご、と背後で闘志が燃えていた。この人もこの人で、呆れるほどに一途だ。この二年間、田中くんのこの様子をずっと潔子さんの横で見てきた。本気も本気。本気と書いてガチである。
 真っ直ぐな人はどうも苦手だ。嫌いというわけじゃない、むしろ好ましいと思うけど、自分がそうじゃないから臆してしまう。誰しも自分と正反対の人間を見ると、憧れと同時に恐れを抱くものだ。得体の知れないものは、とにかく怖い。
 影山くんもたぶん、田中くんと似たようなところがある。

「だからお前もさ、素直に受けとってやれよ」

 別に現実から目を逸らしているわけじゃない。むしろ向き合おうとしているからこそ、こんなに悩んでいるのだ。

「だって……彼氏のこと、伝えたのに」
「……ああ、アイツな」

 アイツ。あからさまに渋い声だ。
 田中くんの反応を見て、さらにモヤモヤしたものが膨らんでいく。

「ま、お前がどういう判断をするかは知らねえけどさ。俺はもちろん影山の方を応援する」     

 田中くんが悪気もなくきっぱりと言い切ったところで、タイミングよく予鈴が鳴る。
 相変わらず机に伏せてもんもんとしている私の頭を、犬へのスキンシップかの如くぐしゃぐしゃと撫でてから、田中くんは教室を去っていった。

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