*「あの一等星のように、」の続き
*フライングにつきキャラ崩壊注意
*明らかな捏造あり
信じられない。
キオノが、目の前にいる。
僕の故郷ル・ロンドの、広大な海と空をバックにして。
彼女は振り向いて、微笑みながら僕の名前を呼ぶ。
――わかってる、今行くよ――
「…………………」
目を開けると、見慣れた部屋の天井がおはようを言ってくれた。
――――――夢、か。
…そうだよね、当たり前。
だってキオノは、イル・ファンは愚か大病院からさえ出られないんだから。
叶わないのが悲しい反面、夢の中でのキオノの顔がとても嬉しそうだったせいか、なんだか不思議な気持ちになった。
「何……?」
医学校で授業を受けた後。
教室を出ると、明らかに大病院にいるスタッフの人達が、廊下を忙しなく歩いていた。
大病院の人達が来る授業もものによってはあるけど、その人達から発せられる空気は穏やかなものじゃなくて。
胸騒ぎがした。
「すいません、あの、どうしたんですか?」
顔見知りのナースさんがいたので声を掛ければ、「ジュード君!」と慌てた声を出される。
ざわざわ。頭の奥の方が沸々と黒く染まるような感覚。
ナースさんの口が、キオノちゃんが、と動いた。
「……キオノちゃんが――
―――外に出ちゃったかもしれないの!!」
続いた言葉に、思考回路が停止する。
…………今、なんて、
「患者さんが、外に出ていくのを見たって…!
病院内にも何処にもいなくって!」
その後何か早口で聞かれたような気がしたけど、僕には聞こえなかった。
気が付いたら大病院の入口に出ていて、行き交う人達の中に、一人立っていた。
「――、キオノ」
流れていく人を見ても、彼女の笑顔は何処にもなくて。
名前を呼んでも、その音は雑踏に掻き消されてしまって。
「――――キオノっ!!」
瞬間、駆け出す。
人混みをかき分け、頭をフル回転させて視神経に全精神を注ぐ。
上手く息が出来ない。嫌な汗が全身に吹き出る。
思い浮かぶのは最悪なシチュエーションだった。
――――…いない―――
今この瞬間、誰かに連れ去られていたら。
今この瞬間、体調を悪くしていたら。
今この瞬間、寂しい思いをしていたら。
――――キオノ…!
――と、視界の端で青く光ったそれを、危うく踏みそうになる。
「これ…」
落ちていたそれは、以前彼女の誕生日に上げた、お揃いのストラップ。
ジュードとお揃いの物が欲しい、といわれて買った、ストラップ。
…………あんなに大切そうに持っていたのに。
「―――――キオノ―!!」
街中を探した。
声が枯れる程、君の名を叫んだ。
(ジュードは、いつも私を見つけてくれるね)
二人で見上げた夜空は、どこにいってもそこにあるのに。
(……もし、私が…あの星に紛れちゃったら……)
無我夢中で走り続ける中、彼女の言葉が、笑顔が、頭にじりじりと焼き付いては、消える。
(ジュードは、私を、見つけてくれる?)
怖い。
君を失うのが。
君のいた景色が、欲しい。
君の温もりが、欲しい。
君の笑顔が、欲しい。
君の楽しそうな声が、欲しい。
焼け付く君の顔が、ぐねりと歪む。
あの日、芝生に寝転がった彼女から、徐々に色が抜け落ちてゆく。
伝う、二つの透明な筋。
(私、生きるよ。)
――その道を行くと、星がよく見える小さな原っぱがあるんだ――
――へぇぇ、ジュード、そんなに入りくんだ所、よく見つけたられたね――
――ふふ、教えたのはキオノが初めてだよ――
――そうなの…?えへへ、嬉しい!――
(私がいつか元気になったら、絶対連れていってね――――)
誰もいない、原っぱの草の上。
「――――キオノ」
彼女は、うずくまっていた。
恐る恐る近づく。
彼女の傍には、小さな血溜まりのあと。
「………キオノ」
しゃがんで、肩に触れる。
と、キオノの体がぐらりと傾いて、僕の方に凭れるようにして抱きついてきた。
今にも消えてしまいそうなそれにすがって、僕もキオノの体を包む。
繋ぎ止めるように、壊さないように。
「ジュード、」
「うん」
「……ごめんね、」
「…………うう、ん」
「信じてたよ」
鼓膜に響く君の声。
心臓がうるさいのは、これ以上無いほど走ったからなのか、その言葉のせいなのか。
「私ね、」
ぎゅっと服を掴んでいるキオノの手が、僅かに震えて、離れた。
「手術するの」
「え……」
「でも…もう手遅れかもしれないって、先生が……」
「――!」
「だから、どうしても来たかったの」
そっと顔を上げて、儚い笑みを浮かべながら、凜と彼女は言った。
その顔は、夜空と同じぐらい真っ青だった。
「一度でいいから、ここに来たかった。
ジュードが言ってた、満点の星空が、どうしても見たかったの」
彼女が見上げると一緒に、僕も空を仰ぐ。
視界に収まらない程の空。
四角なんかに切り取られていない、ありのままの夜空。
埋め尽くされた、無数の星屑。
「…………キオノ、これ」
翳した、青い二つのストラップを見ると大きな瞳が僅かに見開かれて。
その一つを弱々しい小さな手に握らせると、彼女はよかった、と僅かに口角を上げた。
と、その刹那。
「!!!」
彼女の体が、さぁっと色を薄めた。
途端、座ることさえ辛くなったキオノの体が崩れ落ちる。
―――マナ枯渇症。
それが彼女の患う病。
脳内から生み出されるはずのマナが、通常のヒトの半分は愚か、自らの体内を構築出来なくなるほど微量しか生み出せない、重い病。
最悪の場合、放っておくと数時間でその肉体は解離し、空間に消えて――――死ぬ。
そこには、意識は愚か、骨の一本さえも、残らない。
「キオノ!今病院に、」
「あのね、ジュード」
「もういい、もういいから喋らないで…!」
「ジュード」
捲し立てて首を振った僕に、諭すように掛けられる優しい声。
頬に伸ばされたキオノの指には、既に温度が無い。
「私ね、ジュードが、すき」
どくん、と血が動いた。
「もっと、ジュードといたい」
どくどくどく。
胸が熱くて、喉の奥が重くてじくじくと痛む。
聞きたくないと叫んでしまいたいけど、息が詰まってそれが出来ない。
「ジュードが、話してた、故郷にも、行って…みたい」
徐々に途切れる言葉。
早く、早く病院に連れて行かなきゃいけないのに、心臓とはうってかわって体が寒くて動かない。
「…………もっと…知りた、かった……いろん、な景色を、この…せかいを、…ジュードと、一緒に………」
もっと、生きたかった。
そう言って、彼女は泣いた。
胸一杯に、虚しさと切なさを溢れさせて。
その綺麗な雫の色に、じわじわと体を染めながら。
「……生きてよ」
必死に喉から絞り出した心の叫びに、彼女が僅かに反応した。
「………最後まで、生きるんでしょ…
………僕が死ぬまで……最後まで、生きてよ…っ!」
「……………!」
呟き、彼女を抱えた。
抱えたはずなのに、その体は有り得ない程軽くて、ぞっとした恐怖が全身に駆けた。
肺も足も心臓ももう限界だったけど、そんなのどうでもいい。ひたすらに地面を蹴る。
耳許で切っていく風のなかで、微かに届いた言葉なんて、聞きたくなかった。
―見つけてくれて、ありがとう
それはまるで、酷く優しいさよならに聞こえてならなかったから。
誰もいない、静かな病棟の廊下。
薄暗い廊下を煌々と照らす、緊急治療室の赤いランプが今、消えた。
立ち上がる僕。
開けられる扉。
「先生、キオノは――!」
そして、告げられた言葉。
僕の手から青いストラップが、涙の代わりに落ちていった。
眩しい景色。君のいない病室。
(信じられない。キオノが、目の前にいる。ル・ロンドの、広大な海と空をバックにして。)(ジュード、早くー!)(わかってる、今行くよ!)(君の元へと歩き出す。ストラップが気持ちと一緒に弾んだ――)
******
読み方によってハッピーエンドかバッドエンドか変わりますね、これ。当初は前者にする予定だったんですけど、これはこれでいっか!←
キオノちゃんの病気は完全なオリジナルです;;
…どういう病気なんでしょうね?(ぇ)自分もわかんないです(´^ω^`)
ジュード君、いっぱい走ってもらっちゃってごめんね!お疲れ様!!←終われ
[←]*[→]