*フライングにつきキャラ崩壊注意






「はぁっ…はぁ…っ――キオノー!!」


いない。


ここにも、


いない。


ここにも――


いない。


「っはぁ…っは――わぁっ!」

「!――ジュード!病院内を走るとは何事だ!!」

「す、すみません!本当にすみません!」


がらっがらに渇いた喉で全力で謝ったら、ぶつかりそうになった先生はこれ見よがしに盛大な溜め息をついてから、――たぶん悟ってくれたのだろう――すぐに僕を解放してくれた。

僕はもう一回礼をして、息も整わない内にまた走り出す。……背中に突き刺さる視線に罪悪感を抱きつつ…

まぁ理由なんて恐らく、このイル・ファンの大病院にいる殆どの医師が知っているだろうけど。



彼女が、また脱走したのだ。






「―――……い…いな、い…」


がくんと両膝に手をついた。こ、ここにもいないのか。ぜぇぜぇと肩で息をする度、ぎんぎんに冷えた喉に押し入る空気がびりびり痛い。

病院中を駆け巡っても、彼女の姿を見ることすら出来なかった。
…この病院ホント広い、広すぎる…なんて場違いなことを、酸素の足りない頭で思ってしまう。

まぁ最初から、この見晴らしの良すぎる中庭にはいないだろうとは思っていたけど、もう他は探し尽くしてしまったし。


(またトイレとかに籠ってたらどうしよう……)


いやいや、そうだったらナースの人達が今頃引きずり出している……は、ず。



「はぁ…げほげほっ……は…ぁ…あ…」


ちょっと、もう、限界。ひょっとすると本当に、ナースの人達がとっくに見つけてくれているかもしれない。…僕にやれることはやった、と思う…。

最後の力を振り絞るように、中庭に何本も生えている発光樹へとよろよろ足を運ぶ。
その太い根本に、糸が切れたように座り込み、体を幹へと預けた。


息を整えながら、何気なく上を見上げる。――……と。


「……………っえ!?」


発光樹の枝の中を、何かががさがさと動いている。


――――こちらに捲れたスカートを向けながら。




「ッ!!…ちょ…っキオノッ?!」

「ふぇ?」


枝葉から覗いたのは、ずっと今まで探していたその顔で。

慌てて顔を逸らして捲れたそれを指差せば、あぁ、と納得したような声を出して、キオノはゆっくりと幹を伝って降りてきた。


「えと、その、ごめん」

「え?何でジュードが謝るの?」

「え、や、だって…!」

「顔、真っ赤だよ?」


指摘されて、また顔が燃えるように熱くなる。
するとまた君は可笑しそうに笑った。


驚いた。キオノは生まれつきの病で体が弱く、外に出られる程の体力もない。ましてや木に登るなんてして大丈夫なのか、と思ったが、何か不調があるわけでもなさそうで。

見つかっちゃったー、とそこまで残念そうではない声を出すキオノの顔を窺えば、なんだかとても嬉しそうな顔をしていて。

酷く優しい表情だった。


目が合うと、またにっこりとして、ねぇジュード、といつものように僕を呼ぶ。


「空、綺麗だね」

「え?」

「空」


頭上を指差しながら見上げるキオノ。
それにつられて僕も、空を仰ぐ。

夜域にあるイル・ファンには、いつもと変わらない夜空が、吹き抜けの天井のガラスに四角く切り取られて今もそのまま広がっている。



ふとキオノは、四角い空しか知らないのだと気付いた。

ここで産まれてからずっと、キオノはこの病院から出たことがない。
つまり、何ヶ月か前からこの病院にインターンに来ている僕よりも、ずっとここのことに詳しい。

だからいつも、脱走されると見つけるのが本当に大変なのだ。
院長でも知らなかったような隠れ場所を知っていたり、実はギリギリのところで見つけられていなかったり、と何度も骨を折らされている。

今回ももう駄目かと思った………――と。空を眺めながら、僕は漸く思い出す。




――――――検査

―――検査に呼びに来たんだったっ!!!



そうだ。担当の医師が顔を真っ赤にして怒っているなか、逃げ出すように部屋を飛び出したんだった。…早く行かないと…!!


「キオノ、」すぐに連れていかなきゃ、と慌てて名前を呼ぶ。
……でも、キオノを見て、続きが喉につっかえてしまった。



キオノは未だにぼうっと四角い天井を見上げている。その瞳は空を眺めているのか、全く別の何かを見据えているのか、はたまた何も見ていないのか、僕にはよくわからなかった。


ただ、それはいつもの明るい雰囲気とは、少し違くて。



「ねぇ、ジュード」


僕の名を呼ぶ声も、いつもと違う響きに聞こえる。



「…ジュードはいつも、私を見つけてくれるよね」

「…………え」


思いも寄らなかった突然の言葉に、思わず虚をつかれる。


「私、小さい頃からずっと隠れてるけど、初めてなんだよ」

「……何が?」



キオノは首を上に向けたまま、小さく微笑んだ。


「私を見つけてくれたの。
ジュードが初めてなんだ」


ジュードが来るまでは皆結局見つけられなくて、最終的に自分から出て行ってたから。キオノはそう続けた。

初耳だった。病院中がずっと君に手を焼いていたのは知っていたけど…ちょっと前に来たばっかりの僕が初めて、だって?



「嬉しかった。見つけてもらえて、名前を呼んでもらえて。」

「――――………」



何も言えない僕を置いて、キオノはそのままぱたりと芝生に倒れて寝転がった。



「ねぇねぇ、空って、これよりもっと広いんでしょ?」


投げ掛けられたのは、子供染みた、知らないが故の問いかけ。


「星もたくさん、あるんでしょ」

「そう…だね」

「凄いなぁ。このなかだけでも数えきれないのに、これの何倍も広がってるなんて」



嬉々とした声。
でも、



「ねぇ、ジュード」



僕を呼ぶ声は、すがるような、拗ねたような、どこか切ない寂しさを漂わせていて。



「………もし私が、あの星のなかに紛れちゃったら……」

「え?」

「ジュードは、私を、見つけてくれる?」

「……………」



――ねぇジュード、人は死んだら星になるのかな?――


前に君から発せられた言葉が、頭で再生された。



「キオノ」

「あはっ、ごめんね?
何でもない、気にしないで」

「……何かあったの?」

「ホント、何でもないってば」

「キオノ」

「………………」


話すことはない、とでも言いたげに、キオノは口をつぐんでしまった。

彼女の隣に座る。そして、おんなじように芝生に寝転がった。


四角い夜空が、ガラスの向こうを流れていく。




「見つけるよ」

「………え」

「キオノの星、すぐに見つける」


横を向けば、彼女の瞳と僕の瞳が重なった。



「一生懸命光って、一番綺麗な星だろうから、きっとすぐに見つけるよ」

「……ジュード」



体調の悪い時は真っ青になる頬が、今は桃色に染まって、キオノははにかみながらありがとう、と言った。


「―――さて、」


僕は起き上がって、キオノに手を差し伸べる。


「さ、検査に行こう。今日も先生カンカンだよ?」

「………うん!」


手をとった彼女を立たせて、手を繋いだまま、検査室へと向かう。



「あのね。ジュード」

「ん?」

「わたし、精一杯生きるよ。」



その時見たキオノの横顔が、酷く真っ直ぐで、でも触れたら今にも壊れてしまいそうで。



「最後まで、生きる。」



確かめるように繰り返された言葉に、心臓が鷲掴みにされたような、ぞっとした寒気が体を走って。



「………うん」



繋いだ手に力を込めた。






あの一等星のように、




(時々、怖くなるんだ)(ねぇ、あんな手も握れないぐらい、遠くに行ったり、しないよね?)




******
TOX欲しいぃぃぃっ!!←PS3無い
ジュード可愛いようふふ。
キャラ崩壊凄まじいだろうけど書くの楽しかった…!

…続いちゃうかもしれない。


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