今日の宿に腰を落ち着けて、それぞれが思い思いに過ごす中、ぼくは軍から持ってきた書類を片付けていた。
「ただいまー」
「ただいま、ヒューバート」
「ソフィ、シェリア。買い出しお疲れ様です」
「あれ……アスベル達は?」
「兄さんはマリク教官と夜の修業に行っています。パスカルさんはシャトルのメンテナンスだそうです。
キオノは―――……」
と、ガチャリと扉を開けたのは、先程風呂に行くと言っていた彼女だった。
「あ、二人ともお帰り!」
「キオノ、ただいま。」
シェリアはそう微笑む。ソフィはぱたぱたとキオノに駆け寄ると、彼女にぎゅうと抱きついた。
「……キオノ、いい匂い」
「あはは、ソフィ達も入ってきなよ」
キオノはそう言って、ソフィの頭を優しく撫でた。
「そうね。じゃあソフィ、一緒に入りましょうか?」
「うん。」
行ってらっしゃい、の声と、パタンと閉じた扉の音に、再度書類に目を戻すと、ギシリ、座っていたソファが弾んだ。
「………―――っ」
左隣を見れば、すぐ目の前に彼女の睫毛があって、思わず仰け反りそうになる。
が、ぼくの肩にはキオノの顔が乗っているので、下手に動けない。
微かに鼻を擽る、シャンプーの香り。
頬を掠める彼女の毛先がくすぐったくて。
その一つ一つが、ぼくの鼓動を確実に速めていく。
キオノはそんなぼくにはお構い無しで、その目はじっと、ぼくの手にある書類を眺めている。
「………………なんですか」
軍事機密とか、知られたらまずいような内容は書いていなかったので、あまり咎めずにそう言うと「んー」とか気の抜けた返事をした。
「ヒューって頑張り屋さんだよね」
「……はい?」
「ほら、戦いでどんなに疲れてても、いつも部下とかに任せないでちゃーんとお仕事をしてるでしょ?だから偉いなーって」
――………突然何を言い出すんだこの少女は。
呆気に取られていると、
ぽん
頭に何かが乗った。
キオノが、自分の手をぼくの頭に乗せたのだ。
するとキオノはそのまま、「偉い偉い」とか言いながらぼくの頭をわしわしと撫で始めた。
優しく、ゆっくり、でも結構広範囲を豪快に、ぼくの頭をキオノの掌がかき混ぜる。
ぼくは髪が短いので、彼女の細い指がかなりダイレクトに地肌に触れてくる。
…何だろう、この感じ。
何だか、くすぐったい。
嬉しいような、もどかしいような。
気持ちいいような、恥ずかしいような。
嫌なようで、やっぱり嫌じゃないような。
…………よくわからない。
キオノの行動も、それを受けてのぼくの反応も。
「………何、するんですか」
顔が熱い中、何とかそう言えば、彼女は少し驚いたようにその手を止めた。
「ちょっと意外」
「何がですか」
「もうちょっと嫌がるかなと思った」
あ、でも、これ言ったら怒るかなぁと、彼女はぼくの頭を撫でるのを再開した。
「ほら、さっきソフィが抱きついてきて、私、頭撫でてあげてたでしょ」
「………それがどうしたんですか」
「うん。あの時、」
キオノは一端そこで言葉を切ると、ぼくの肩に顎を乗せたままニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
………何だか嫌な予感がした。
「撫でられてるのを、ヒューが随分羨ましそうに見てたから、さぁ」
「―――――な、何言ってるんですか!!」
肩を揺らして怒鳴れば、キオノはあははと心底楽しそうに笑って、ぼくから体を離した。
そんなわけないじゃないか、と訴えても、はいはいとか言って流された。
……このままは、ちょっと………いやかなり口惜しい。
ソフィと同じような扱いをされたようだし、それに若干(…えぇ、本当に少しだけ)ときめいてしまったのが何だかやるせないし、撫でられる手が離れてしまったのが何故か(本当に少しだけ!)寂しいとか思ってしまってる自分がいるのがやっぱり口惜しい。
というわけで、ぼくは離れたキオノの肩を引き寄せ、今度はぼくが彼女の頭を撫で回すことにした。
「…………、……えーと…」
「………やられたので、お返しです」
目の端の彼女は、驚きながらも大人しく撫でられていた。
ぼくは彼女の頭の感触に驚いて、胸がどきんと高鳴った。
思えば、誰かに撫でられたことも親以外になかったし、誰かの頭を撫でるなんて生まれて初めてだ。
キオノの、思っていたより柔らかい髪が、さらさらとぼくの指を包む。
余計に鼓動が早まる。
小さな頭を包むようにかき回したり、長い髪を鋤くようにしたり…………………
「…………綺麗な髪、ですね」
「……………えっ」
―――――――ってぼくは何を言ってるんだ!
と思ったら、キオノがボンッとでも音が付きそうなぐらい、一気に顔も耳も真っ赤にしてくれた。
――――――か、可愛い。
「…わっ、ちょ…ひ、ヒューくすぐった……」
あまりに可愛い反応だったのでまた彼女の肩を抱き寄せ、反対の手でその頭を抱き込むようにした。
キオノの首筋の辺りにそっと顔を埋めると、シャンプーの香りが先程よりずっと強く鼻に浸透する。キオノ自身の甘い香りもする。
思わず深呼吸をすると、吐息が首筋にかかってくすぐったかったのか「…ぅ………」と彼女の恥ずかし気な声が漏れた。
あぁ、愛おしいってこういうことなのか、なんて思いながら、からかい半分でその地肌に直接唇をつけてみた。
するとキオノはこれまた面白いぐらいに体をびくっと震わせた。
彼女の表情が見たくて唇を離して顔を覗き込むが、俯いていてよくわからない。
やり過ぎたかと思い体を解放した、その時。
彼女は無言のままぼくの胸の辺りの服をぎゅっと掴んできた。
その手に驚いて、見ると、彼女の手はプルプルと震えていた。
お互いに黙ったまま、暫く沈黙の時間が流れる。
………そろそろ、キオノ、と声を掛けようかと思った、その時。
「…………―――こ、」
「―――はいっ?」
キオノが漏らしたような声を出したので、半ば反射的に聞き返してしまった。
と、彼女はばっと顔を上げると、自身の唇を指差して、言った。
「…………こっ…ここには、してくれないの……っ?」
「―――――!!!」
上気した頬。
指された柔らかそうな唇。
指した細い人差し指。
上目遣いの、大きく潤む瞳。
「………………」
「………………」
茹でタコが二匹ほど
(本当、貴女には敵いませんね………)
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ウブにはウブ←
前の夢が悲恋過ぎたので砂糖吐きまくってみましたごめんなさい(^P^)ドバー!←
ドアの向こうの会話
ア「教官?宿、入らないんですか?」
マ(青春だな…………)
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