禍々しい紫を放つ、僅かに蠢く物体。
僕達はあそこに向かうための最終準備を進めつつ、それぞれやり残したことが無いよう、いろいろな街を訪れては自由行動をしていた。
カイルとリアラはずっと二人でデート、ロニはナンパで玉砕しているのを各地で見かけるが……(やり残したことなのか?)。
かく言う僕は、特にする事などないから一人でぶらぶらしていた。
……もうすぐ、この体の役目も終わる。
やり残したことなど、無いはずなのに。
――預かっててくれないか――
目を閉じれば、花に包まれた彼女の背中が瞼の裏に鮮明に現れて、消える。
この旅で街という街を巡ったが、結局、あの背中をもう一度見ることはなかった。
――持っていてほしいんだ――
会いたいとは思う。
会ったって仕方ないのに、でも探してしまう僕がいつもいる。
――必ず、また取りに来る――
あの日最後に見た笑顔が、リオン、と呼んだ気がして。
自嘲の意味も込めて、かぶりを振ってそれを消した。
宿に戻るべく、足を運び出す。路地裏を抜け出す、と――
「―――――!」
長い髪。
色とりどりの花に囲まれた、小さな体。
振り返る、笑顔。
「いらっしゃいませ!」
―――キオノ…!
そう、確かにそれは、ヒューゴ邸で専属の庭師をやっていた、キオノの笑顔で。
ショーケースや鉢に囲まれた彼女もまた、一輪の花のような、あの笑顔で。
僕を信じ、愛してくれた、確かにその笑顔で。
「―――……」
楽しそうに接客をして、花を選んでいるキオノを、僕は物陰から立ち尽くして見ていることしか、出来なかった。
花を購入していった客を見送ったキオノはくるりと振り返る。その時。
ドン。
「――!ご、ごめんなさい!」
「オイ!どこ見てやがんだ、あァ?」
如何にも雑魚なチンピラ、といった男四人組が、ぶつかったキオノの胸ぐらを掴んだ。
だが、僕は見ていた。
男達がにたにたと卑しい笑みを見せながら、自分からキオノの方へぶつかりに行ったのを。
「おーおー大丈夫かー?」
「こりゃ慰謝料もらっていいよなぁ」
「有り金だせやゴルァ!」
「ねェならカラダで支払ってもらうぜェ?ひゃひゃ、」
次の瞬間、男の笑いが引きつる。鳩尾に食い込んだ短剣の柄を戻すよりも前に、男が崩れ落ちた。
「…ンだてめぇ!!何者ンだ」
「立ち去れ」
「あァ"?ナメてんじゃねえぞクソガ―――…」
殴りかかってきた別の男の拳を容易く躱す。隙だらけの首に間髪入れず手刀を叩き込めば、またその男も低く呻いて倒れた。
「―――やりやがったなテメ……ェ………」
いきり立つ残りの二人を、軽く殺気を込めて睨めば、その表情はさっと青ざめる。フン、これだから雑魚は。
「いつまでそうしているつもりだ」
「………、……」
「聞こえなかったか?こいつ等を連れて失せろと言っている。そして二度とここに来るな」
用件を言い放てば、残りの二人は体を震わせながら倒れた男達を引き摺っていった。
「…………ふぅ」
思わず飛び出して来てしまった。まずいと言えばまずい。このまま早々に立ち去ろうと踵を返した、その時。
「―――あの!」
凜と染みる、懐かしい声。
足が重い。前に進めない。
「ありがとうございました」
「………僕は何もしていない」
「そんなことないです。何かお礼を」
「必要ない」
「じゃあせめて、お名前を…」
声に必死さが込められてきた気がする。
今なら顔を見られていない。このまま立ち去れば。
「…名乗るような者じゃない」
一度も振り向くことのないまま、僕は歩き出した。
「待って…!」
悲痛な声に応えぬまま、僕は足を進めた。
今すぐ振り向きたい。
名前を呼びたい。
―感情を無理矢理押し込めて、ひたすら歩いて。
と、背後から走る足音が追ってくるのが聞こえる。
誰か、なんて愚問だ。
撒こうと思えばそれも出来たが、今の僕にはそこまで出来なかった。
「――――――あの!」
息を切らしながら僕の手を掴んだキオノを、今すぐ抱きしめたい衝動に駈られながら、しかし振り向かない僕に、彼女が突きつけたのは一輪の花。
マーガレット。
あの日、庭にもたくさん咲いていた花。
彼女の好きだった花。
…そして、最後に僕が、君に渡した花。
「………前にも、…来てくれました、よね」
「……は」
「前にも、助けに来て、くれましたよ、ね」
「…!」
――おいお前、大丈夫か―――
―あ、あなたは…リオン様?―
―……魔物は全て一掃した。お前も安全な内に家に帰れ―――
―帰る場所なんて、ないです―
―……なら、僕についてこい―
キオノの言葉に、初めて会ったあの日の記憶が、弾けるようにして頭を駆けた。
そう、あの日魔物討伐に行った最中、襲われていた少女を助けて保護したのだ。
捨てられた少女は、庭師として置いてやると言った時、初めて笑ったんだっけ。
「……人、違いだろう」
「声を聞けばわかります!だって私はあなたをずっと―――」
限界だった。
ばっと振り向いて、キオノの両目を覆う。突然視界を奪われた彼女は驚き、花を落とした。否、落としたのは花だけではなかった。
ちゃりん、と音をたてたそれは、マーガレットと似たような金色に光る。
「――――!……これ、は」
「…………っ……わたし」
はっと彼女を見る。
長い髪に紛れていた、左耳に光る、金色のピアス。
落ちているそれと、全く同じ金色。
「ずっと、ずっと待ってたんですよ」
マリアンを助けるために、飛竜を持ち出しに行ったあの夜。
その直前に君の所に行って、これを渡したんだ。
片方ずつ持っていたこれを。
一輪のマーガレットの花を添えて。
―"やさしい思い出"
―"私を忘れないで"
――必ず、また取りに来る――
「…………―――」
「もう、預かりたく、ないです」
「……………」
「お返し、します」
必死に声を紡ぐキオノの涙が、僕の手の平を濡らした。
「……ありがとう」
自身を隠す骨に、空っぽのもう片方の手を掛ける。
「………リ……っ」
音もなくそれを外すと、彼女の優しい唇に、自身のそれを重ねた。
温もりが離れて、キオノが目を開けたとき、もうそこに仮面の少年はいなかった。
あれから暫くして、働いている花屋に直接届いた、差出人不明の荷物。
中に入っていたのは、たくさんのローダンセの花。
彼のくれた最後のメッセージ。
"変わらぬ思い"
(ただいま!あれ、ジューダスその花どうしたの?)(まぁ、綺麗なマーガレットね)(拾った、と顔を逸らす彼の手に握られた、二人を繋ぐ金色)
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ん ん ん ??
すっごくまとまんない話になってしまった………(泣)
花言葉ネタは前からやりたかったけど、ジューダスでやるべきじゃなかったかな…orz
あ、ジューダスて打ったの最後だけだ(笑)
名前呼ばないし呼んでくれないし…これ夢小説なのか?←
*ローダンセの花
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