陰陽恋恋 4





無言で手を引かれ走り続け、やっと止まったのは屯所から離れた京町の路地道。
ずっと背中しか見えなかった人物が振り返る。

「大丈夫か?風間」

菫色の瞳が心配そうに見詰めてくるのに、風間は頷くことで返した。

「あー…なんか…その、すまねぇな」
「………いや」

後ろ頭を掻き申し訳なさそうに眉を寄せる土方に、風間も罰が悪そうに俯いた。
互いに奇妙な沈黙が落ちる。

「あのな…風間…」

ぽつりと切り出したのは土方だった。

「隠してたみてぇだけどよ。皆、てめぇに惚れてんだよ…」

風間はただ俯いているだけだった。
あの騒ぎの中、ただ一人、何も発さず、参加もしていなかったのは目の前の土方だけだった。
胸の奥がじくりと痛む。

「まあその、なんだ。…てめぇも大変だとは思うけどよ…」

ぽつぽつと響いてくる土方の声に、耳を塞いでしまいたくなるのを必死に堪える。

「あいつら本気みてぇだしな…」
「……土方」
「ん?なんだ?」
「…もういい」
「風間?」
「もういい。何も言うな」

続いていく言葉をやはり聞き続けることが出来なくて、風間は俯いたまま言葉を遮った。

「風間…」
「何も言うなと言っている」
「いや、聞けって」
「煩いっ、黙れ!」
「あいつらだけ好き勝手てめぇに言えて、俺だけ言えねぇのは不公平だろがっ!!言わせろ!!聞け!!」

唐突に肩を掴まれ、直ぐ側で声を荒げた土方に思わず顔を上げた。
真剣で、真っ直ぐに見詰めてくる綺麗な紫苑の瞳とぶつかる。

「俺だってなあ、ずっと前からてめぇが好きなんだよ。あいつらになんか負けねぇぐれぇてめぇに惚れてんだ。だからな、覚悟しとけよ?風間」

静かに、それでいてよく通る声は耳に心地好く響く。
肩を掴んでいる土方の手に篭る、離すまいという力強さが、土方がどれだけ真剣に心内を伝えてきているのかを物語る。
途端に風間は、顔が熱くなっていくのがわかった。

「てめぇが誰を選ぶかはわから…」
「俺が惚れているのは貴様だっ!!」

続く土方の言葉など意味を成さないとばかりに、己の心をそのまま吐き出した。
またもや訪れた沈黙は、今度はお互いに真っ赤になったまま、なにやら随分と気恥ずかしくも暖かいものだった。





土方と風間が互いに想い合っているのならば、この騒動に早々に決着が着くだろう。と、二人は屯所に引き返した。
向かえた面々の鋭い視線にめげることもなく、土方は風間との仲を宣言した。

「ってぇことでだ。悪ぃが風間は俺のものだ」
「さっさと自分だけ風間の事連れ出しといてなにそれ?」
「抜け駆けかよ?土方さん」
「ずりーよ!」
「騒動から助けてみせて、そこで一人ゆっくりと風間君に告白ですか…」
「連れ去りってありなのかよ」

冷ややかに不満を口にする者に、静かに沈黙する者、どちらも不服というのを如実に現すもので、土方は内心溜め息をついた。

「あのなぁ。風間も俺を選んだんだからな」

さっさと納得してくれと言わんばかりの土方の声に続き、ふと上がったのは千鶴の声だった。

「…そういえば、世の中には略奪愛って言葉もあったりするんですよね?」

何の気なしに千鶴が溢した、ぽつりとしたその言葉に空気が一変した。

「千鶴ちゃんいいこと言うね!」
「考えてみりゃあ、風間だって混乱してたもんな」
「一時の気の迷いということもあるだろう」
「じっくり吟味してもらえりゃあ、俺達の良さだってわかってもらえるだろうしな」
「そもそも風間は鬼です。我らと共にあるのが当たり前です」
「鬼は鬼同士の方がいいって気付かせてあげるよ!」

俄然勢いを取り戻した一同が、諦めるどころか己から奪う気満々の意欲に、土方は背中に冷たいものが走った。

「風間は誰にも渡さねぇからなっ!!!」

冗談じゃないとばかりに、土方は更に強く決意を固めるのだった。







おまけ





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