陰陽恋恋 3





奇妙な空気の中、からりと音をたてて引戸が開いた。
静かに部屋に入って来たのは、これまた複雑な表情を浮かべた渦中の鬼、風間だった。

「……その、世話になったな」
「あ、いや…」
「風間、その悪かったな…頭まだ痛むか?」
「いや、もう大丈夫だ」

屯所まで運び、手当てまでしてもらったことに一応礼を口にすれば、土方は困ったように眉を寄せ、吹き飛ばしてしまった永倉は申し訳なさそうに謝り、心配してくる。
さすがに女に手を上げたとあらば罰が悪いのだろう。
とにかく座れと、土方は空いている自分と沖田の間に風間を座らせた。

「それにしても、風間君が女性でしたとは。驚きですね」

皆が切り出しにくそうにしている核心部分を、いきなり口にしたのは山南だった。
当然のごとく、一気に空気が固まり、張り詰める。

「さ、山南さんっ!」
「核心に触れなければ話は進まないでしょう?」
「そりゃそうだけどよ…」

慌てる藤堂に、眉間を押さえて溜め息を吐くのは土方だ。

「誤解してもらっては困る。俺は男だ」

直ぐ様反論したのは当事者の風間本人で、皆一様に風間に視線が集まった。

「何言ってんだ。てめぇは女だろうが」
「いいや。男だ」
「はぁ?」
「俺が男なのは貴様が一番よく知っているではないか」
「あー…この前会った時は男だったな…」
「貴様馬鹿にしておるのか!」

呆れ混じりな土方へ、風間がさも不愉快だ、と全面に出した表情で向き直る。

「馬鹿になんざしてねぇよ」
「ならば何故聞き入れん」
「てめぇ鏡みたのかよ!」
「朝から嫌気がさすほど見たわ!!」
「で?結論がてめぇは男だと!?」
「無論」
「てめぇはどこ見てたんだよっ!!」
「ならば貴様は俺のどこを見てるのだ!!」
「………………」

言い争いを始める二人を幹部一同は見守るしかない。
風間の問いに思わず土方が言葉を飲んだ。
視線の先は、男物の着物を何時も通りに着ている風間の胸元。
体の線が出にくい着物でも分かるくらい、ふっくらと盛り上がっている。
僅かに頬を染めると、ふいっと土方は顔を逸らした。

「と、とにかくだ!てめぇは男かもしれねぇが、今は女だろうが」
「…………」

その言葉には異論はないようで、風間は口を継ぐんだ。

「あのさ…鬼って、途中で性別が変わったりすんの?」

不毛な言い争いが一段落ついたところで、藤堂がおずおずと手を上げて質問を投げ掛けた。

「そんなことは…聞いたこともない」
「でも今は確実に女性ですよねぇ?」
「あ、朝…起きたら、こうなっておったのだ」
「へ?」
「ともかく相談を…と思い急いでいたら永倉達と鉢合わせてしまって…」
「そこからはお話しした通りです。副長」
「ああー…」

本日朝から、風間の身に起こった事の次第が明確になれば、土方は眉間を押さえて唸るしかなかった。

「元に戻るってことはねぇのか?」
「……わからぬ…」

さすがの風間も我が身に起こった事が事だけに、すっかり落ち込んでしまい、優しく問い掛けてきた原田の言葉に弱々しい声と共に項垂れてしまった。

「戻るかどうかもわからないってわけねー」
「!?」

こんな騒動に一番食い付きそうな沖田が、初めて口を開いた。
と、同時に、横に座っていた風間の腰に両手を回して後ろ向きのまま抱き寄せた。

「わあー、柔らかいねー。本当に女の子だ」

にっこりと微笑む沖田と、何が起こったのか理解が遅れ、おとなしく沖田の腕の中にいる風間。
そして固まる一同。

「じゃあさ、男の鬼の風間千景は、僕たち新選組が殺したってことで、今ここにいるのは異性同名の女の子の風間千景ってことだよね」

相変わらずの笑顔を浮かべ、いとも簡単に言ってのける沖田を皆が凝視する。

「あ、皆には言ってなかったけど。僕、風間の事、実は前から好きだったんだよね。風間は一応敵ってことになってたし、皆の手前、そう振る舞ってきたけどもうやーめた」
「??」
「ねえ、風間。男に戻れるかわからないし、このまま女の子ならこの先色々大変でしょ?僕がお嫁さんに貰ってあげるね」

次いでの爆弾発言に、広間の空気は一瞬にして緊張感が張り詰めた。

「はあぁ!!?何言ってんだ総…」
「ちょ!!ずりぃっ!!総司がそうやって暴露すんなら、俺だってばらすし、もう敵とかやめた!!俺だって風間が好きだ!!」

土方の言葉を遮って名乗りを上げたのは藤堂だった。
はあやれやれ、と首を降った原田がまたもや爆弾を落とす。

「風間。総司はやめとけ。幸せになら俺がしてやる」

沖田に抱き締められたままの風間に原田が近付くと、すっとその手を取った。

「それをあんたが言うのは解せんな。こやつは島原通いの常習犯だ」

その原田にぎろりと牽制の蒼い目が向けられる。

「だが、総司というのも問題だ。風間…俺も敵などとは思わん。その…俺は不器用だが悲しませるような真似だけはしないと…」
「一君。しっかり僕まで貶したよね。今」

ずいっと近付いた斎藤に、沖田の翡翠の瞳が冷ややかに細まった。

「いや!風間を吹っ飛ばしちまった俺が、ここは男として責任を取ってだなっ!!」

原田と斎藤の間に、今度は永倉が割って入ってきた。

「女の子に手を上げた人なんて論外じゃないの?」
「ーーっ!!あ、あれは、気付かなくてだなぁ…」
「でも事実は事実だよね」
「んなら!平助だって斎藤だってあの場にいたのに止めなかったんだぜ!?」
「なっ!!」
「あー!!新八っつあんひでぇ!!俺ら捲き込むなんて!!」

ぎゃあぎゃあとあらぬ方向へと話が発展してる中、沖田の腕が緩んだのを見計らい、風間はそっと腕の中から抜け出すと、四つん這いのまま広間の出口を見定めた。
その瞬間、目の前に人影が現れる。

「風間君」
「!!?」
「いきなりそんな体になってしまっては混乱しているでしょう?何時また変化が訪れるかも知れませんし、そんな時はあの人達では頼りになりませんし、対処も出来ません。ここは私が風間君と一緒になった方が、今後も安心して頂けると思うのですが」

行く手を阻んだのは穏やかな笑みを浮かべた山南。
目の前に座した山南に、風間はそのままの格好で固まっている。

「山南さん!!」
「さりげなーく、僕たち全員役立たず発言してくれちゃって」
「おや、間違ってましたか?」
「いやいやそれより、知識振りかざすのは俺達不利じゃねぇか」

気付いた藤堂に名を呼ばれそちらを向けば、先程迄言い争いをしていた沖田に原田、永倉、斎藤と皆の目が向けられている。
山南迄もが争いに巻き込まれ始めた事に、風間は更にそっと移動を開始すれば、ふと真横に気配を感じて横に顔を向けた。

「ーーっ!!!」

途端びくっと体がまたも固まる。

「あの、この度は本当に申し訳なく…」
「…い、…いや……」

真横に正座で居たのは、すまなそうな顔をした山崎だった。

「俺があの時もっと早く異変に気付いて永倉さんを止められていたら……」
「…気にせんでいい」
「いえ、こんな事態を招いたのは俺の責任です!」
「…違うと思うぞ?」
「ここは俺が責任を取って、あなたを!!」

風間の両手を取ってぎゅっと握り締め、山崎は真剣な眼差しで見つめてくる。
己が身が女になっただけでも大層な打撃を受けていると言うのに、訳の分からない方向へと敵陣で話が転がっていくばかり。
ともすれば、このまま誰かの元へと嫁がされそうな勢いで、さすがに風間の心は折れ掛かっていた。

「風間ーー!!」

その時だった、勢いよく引戸が開かれると同時に、今朝一番早くに聞きたかった声が響き渡った。
現れたのは千姫と、それに天霧と不知火。
よく知った面々にぱっと顔を上げた風間の表情が明るくなる。

「あんた達!!あたしの同胞になにしてくれてんのっ!!」

仁王立ちで睨みを効かすその後ろには、これまた攻撃的な空気を纏った同胞達。

「風間は返してもらうぜ!」
「風間は純潔の鬼です。それに、風間家の由緒ある高貴な血。ましてや貴重な女鬼となったならば、その身に貴方方が触れるのは許しがたいですね」

不敵な笑みを浮かべ、今にも躍り掛かりそうな不知火と、いつも冷静な天霧の顔は険しく歪んでいる。

「文を読んだわよ。大変だったわね、風間。さあ、帰りましょ」

ふっと表情を緩めた千姫が風間に微笑む。
天霧が近付いて手を差し伸べた瞬間、今度は逆側の引戸がこれまたけたたましい音を立てて開いた。

「風間が女鬼になったっていうんなら、人間なんかじゃなくて、俺の妻になるべきだよね!」

口端を引く笑みを浮かべて現れたのは、薫だった。

「はあ?何言ってんの!?お子様が出る幕じゃないんだけど!!」
「そーよそーよ!!」

間髪入れずに反撃したのは沖田だ。
そして何故か千姫がそれに便乗している。

「そっちこそ何言ってんだよ!俺は雪村の血を持つ男鬼なんだからな!」
「確かに雪村の血は素晴らしいですが、私は認めません。風間にはもっと相応しい相手を…」
「当たり前だってぇの!!風間は俺が娶ってやる」
「貴方も論外です」
「ちょっ!?てめぇ天霧!!」

新選組から今度は薫へと鋭い眼光を向けた天霧の横で、当然とばかりに声を上げる不知火を、天霧は見る事もせずに一刀両断に斬り臥せる。

「内輪揉めは見苦しいぜ!鬼さん方よ!」
「そっちだって意見揃ってねーじゃんか!」
「だいたいこぞって乗り込んでくるたぁいい度胸じゃねぇか!!」

三馬鹿が息もぴったりで構えるように向かい合う。
風間といえば…せっかく同胞の助けが来たかと思った矢先の、己が仲間内から飛び出す数々の暴言にすっかり心が砕かれてしまい、床に猫のように蹲ってしまっていた。
女になって心まで弱くなってしまったのか、もう泣きたい…とじわりと込み上げてくるものにそのまま流されてしまおうかと思った矢先だった。
不意に手を掴まれて騒がしさが増してくばかりの広間からそっと連れ出された。














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